第120話 前略、またねと出発と

「元気だねぇ」

 

 ピーピー、小鳥か何かのように鳴くプレジール。

 母親と同じように、真っ黒かと思いきや。白い……とゆうより薄い。色が。


 手のひらサイズとはいわないけど、小さなシトリーが布と一緒に抱え込めるくらいの小ささ。

 …………これがいずれあの大きさになるって、冷静に考えればスゴイことだよね。


「プレちゃん……プーちゃん?」


 あだ名も考えてあげなきゃね。ここ最近、どうにも壊れ気味の涙腺を締め直して目線を合わす。

 ここには悪いお手本しかいないけど、是非ともおしとやかなネオスティアガールに育ってほしい。


「セツナ、今失礼なこと考えなかった?」


「考えてないよ。人を吹き飛ばしたり、爆破したり、両断したりしない。そんなおしとやかな女の子に育ってほしいだけ」


 それはささやかな願い。


「何を言ってるんですかー、プーちゃんは男の子なんだから、それくらいのわんぱくは許されますよー」


「えぇ……女の子でしょ、見てよこのつぶらな瞳。可愛らしさと優しさを感じる」


「男の子ですよー。顔つきの勇ましさ、翼の力強さ。どれをとっても男の子ですよー」


 んん、この不審者め、どこまでもあたしに立ちふさがるわけだな?


「ねぇ、リリアンはどっちだと思う?」


 だがあたしは大人だった。こういうときは他の人に意見を求めるのが良い。

 いつの間にかあたしの隣でプレジール…………あたしもプーちゃんにするか。プーちゃんを興味深そうに見ているリリアンにも聞いてみる。


「どちらでもよいかと」


「んー、それじゃあこの争いは収まらないんだよ」

 

 リリアン的には性別はそんなに問題じゃないのかな?それでもどうにか考えを聞かせてほしい。

 少しの間、顎のあたりに手を当て考えるリリアン。多分だけど女の子に一票いれてくれるはず……!


 …………長いな。

 思ったより長い。あ、でも答えがでたみたい。それでは……と前置いてリリアンの答えが発表される。


「ひっくり返して股のあたりを見ましょう」 


「………………わーお」


 さいこうにあたまのいいかんがえ!

 卵が先か鶏が先かの話をしているのに、そんなことよりお昼は親子丼にしませんか?みたいな発想が最高。


 ……ちょっと違うかな?いや、全然違う。落ち着けセツナ、どんなにおかしな異世界で、どんなにおかしな人に囲まれても自分を見失うんじゃない。


「…………じゃあひっくり返そうか」


 まぁ、それはそうとして性別は知りたいので、ひっくり返すのは賛成だったり。


「その必要はない」


 産まれたばかりの子の股を確認する。元の世界なら犯罪者と呼ぶに充分すぎるくらいの行為を行うあたしに、シトリーはきっぱりと不要だと言う。


「大丈夫大丈夫、恥ずかしいのは最初だけだよ」


 おそらく警戒心からくるその発言に、あたしは優しく言い聞かせる。


「だからその必要はない」


「んー、強情」


 だけどもなんとも、性別が分からないと不問な言い争いが終わらない。

 でも、そんなに嫌なら仕方ないかぁ……ポムポムの負けで手を打とう。


「ドラゴンは両性具有」


「マジですか」


「マジ」


 衝撃の事実。また一つ賢くなった。

 いや、絶対使わない。元の世界で、知らないの?ドラゴンってどっちもついてんだぜ?とか言ってもヤバい奴で終わりだ。


「はいはい」


 ピーピーと鳴くプーちゃんの頭を撫でる。よしよし、ういやつめ。

 まぁ、性別なんて些細なもんか。プーちゃんの存在自体がそう言ってる気がする。


「ねぇ、セツナ」


 シトリーが少し寂しそうにあたしに声をかける。


「プレジールを連れてくの?」


 抱きかかえる腕に力が入っていく。

 そんな話はでていないし、勿論、あたしもそんなつもりはない。


 それでもそんな事を聞いてきたのは、きっと不安だから。

 ならその不安を取り除くのもあたしの仕事。


「連れてきたいのはやまやまなんだけどね、これからもっと過酷な冒険が待ってるからさ」


 そんな予定はないけどさ、時にはテキトーな理由が必要だったりするのだ。

 

「どうしても連れてくならわたしも……」


「ストップですよ、シトリー。セツナについていったらそれこそ命がいくつあっても足りませんよー」


 んん?…………んー、なるほど。シトリーはあたしたちについて行きたかったのか。

 ポムポムとシトリーの会話を眺める。なんだかこうしてみるとお姉さんみたいだね、ポムポム。


「───だからプーちゃんと一緒に、ひょっこり会いにきたセツナに久しぶりって言う方が喜びますよー、きっと」


「…………うん」


 ただ一つ残念なのは、おそらく再会はできないこと。だってあたしがネオスティアにいる時間はそう長くないから。

 多分、ポムポムも分かっているけど。分かっていてそう言ってくれてるんだ。


「ありがと、ポムポム。なんかちょっと格好良かったよ」


「それほどでもないですよー」


「本当にびっくり。そんなとんちきな格好だからただの不審者だと思ってた」


「…………」



「待ってよポムポム!子供の言うことだから!」


「離してくださーい、セツナからしばき倒しますよー」


 シトリーに飛びかかろうとするポムポムを羽交い締めに。ちょ……力強いな!

 というか沸点が低すぎる。そんな格好してる方も悪いからね!?


「はい、深呼吸深呼吸。ダメだよポムポム、子供にはもっと広い心で接さなきゃ」


 子供と上手く付き合うコツは、あちらを否定せず、なぁなぁと流してあげるのが良い。

 シトリーも一人の時間が長かったんだろう。ならお姉さんとしてそのくらいの悪態は気にしてはいけない。


「セツナは意外といい事を言う」


「でしょ?」


 ほら、こんなふうに。

 今は意外とだとかをつけなきゃ上手く話せないんだと思う。いつか、普通に仲良く話せるように、今下らない事に怒ってはいけないんだ。


「胸は無いのに」


「…………」


「どーどーですよ、セツナ。子供の言うことですからー」


「はっっなしてよ!ポムポム!コイツ!マジで!」


「セツナセツナ、言葉が大変なことに」


「木っ端微塵にしてやる!!!」


「うわっ……木っ端微塵とか言う人いるんですねー」


 あぁっ!力強いなぁ!?さっきとは逆で、あたしはほとんど動けない。


「気にしてたんですかー?」


「いままで気にしてた記憶はないんだけどね、なんか最近腹立つんだよなぁ!!てか、シトリーも小さいよね!人のこと言えないよね!!!」


「セツナ……」


 やめてポムポム、その哀れみの目を向けないで。


「わたしは将来が約束されてる」


「っ…………!」


 あたしの世界の神様、ネオスティアの女神様。

 どうして世界はこうも残酷なんでしょう。


「行こ、プレジール」


 あたしの心を傷つけるだけ傷つけて、シトリーはプーちゃんを抱えて走る。

 

「そろそろお開きだね」


 シトリーが走り去り、我にかえる。

 話に参加してなかったリリアンは少し遠くに立っている。


 忘れかけてた、もう出発なんだよね。そして多分、ポムポムやシトリーとはお別れなんだよね。

 少し寂しいな、たとえ心から分かり合えなくても。まだまだ時間をかけてあたしたちは仲良くなれたはずだから。暴言も気にしてない…………本当だよ?


「セツナ、ありがとうですよ」


「んん?」


 二人残されたあたしとポムポム。そのお礼は何に対してだろうか。

 お礼を言うような事はしてもらった。でも、改めて言われるような事はしてない。


「きっとセツナのおかげで、ポムポムの友達はまだ生きてます。変なメガネからも助けてもらったし、セツナやリリアンちゃん、友達も増えましたから」


 ありがとうですよ。いつもの無表情で、間延びした言葉じゃなくて。

 なんだかスッキリとしたような顔で、声で、ありがとうですよ。


「まぁ、友達なら任せてよ。少ないならあたしがなるよ……ってもうなってるか」


「ですよー」


 なんだろうな、どちらからとなく、当たり前の事を確認したマヌケさに笑い出す。

 

「シトリーとプレジールのことよろしくね。あたしはもう会えないと思うからさ」


「お任せですよ、最近は誰かの面倒を見るのも悪くないです」


「うん、ありがとう。それじゃあ……」


 何度経験しても別れは慣れない。いや、慣れなくていいよね、こんなの。

 上手く別れの言葉がでてこないので、曖昧な言葉を残して、しばらく見ない内に中身の増えたカゴを背負ってリリアンの所に走る。


「お待たせ」


「はい、行きましょう」


 ずっと会話に参加してなかったのに、リリアンがなんだか楽しそうだったので。


「なにかいい事あった?」


 聞いてみた。どうやらあたしは無意識に楽しい話を求めてるみたい。


「さっきまでの会話が楽しかったので」


 ん、なるほどね。


「なら次は参加してよね、ポムポムを止めるのが大変だったんだから」


「……はい」


 


「セツナー!」


 後ろから声。ついさっき曖昧な別れをしてしまった友達と小さな友達たち。

 ……少しだけ振り返るのが怖い。さようならを聞きたくない気分だった。


「またねーー!!」


「っ!」


 思わず振り返る。あぁ、なんで忘れてたんだ。こんな当たり前で大事な事を。


「またね!また会おうねー!!!」


「それでは、また」


 大きく手を振る。隣でリリアンも再会を願ってる。リリアンの声は届かないだろうけど、その分あたしが叫べばいいか。


「ねぇ、リリアン。なんだか温かいよ」


「…………」


 答えは返ってこなくても心が温かいのは変わらない、いい気分だ。


「……人は、一人になんてなれないと思います」


 んん?返事が返ってこないとおもったけど、急にどうしたの?


「どんなに一人でも、孤独だと思っていても。誰かが誰かの事を想ってる。人と繋がれなくても何かやどこか、そしてやっぱり誰かと繋がってる。それでも不安なら……」


 一人や孤独、後ろ向きな言葉ばかり出てくる。

 そしてあたしにはその意味が分からない。


「私たちも繋がっていましょう。一人にならないように」


 遊びのない表情で、リリアンは言う。

 どういう意味なんだろう、分からない。


 少し、心にあの夜が蘇る。この異世界に自分が一人だと泣いた夜。

 もしも、もしもそういう意味で言ってくれてるのなら…………


「えーっと……ごめん。どういう意味?」


 聞いてみようか、もしもこの上手く言葉にできない孤独感を分かってくれるのなら。


「その……あれです。二人なら喜びは倍に悲しみは半分に…………とか、でしょうか?」


 ……なるほどね、ここで大分弱いところを見せてきた。だからまだ立ち直れてないなら、という意味だったのか。

 うん、嬉しいよ、本当に。でもね……


「大丈夫、心配しないで。喜びは是非とも分け合いたいけど、大体の悲しみは一人で背負ってみせるよ」


「そうですか……」


 また誰かに心配をかけてしまった。

 でも人はなかなか変われない。椎名先輩がいなくなって、代わりになりたくて、変われたと思ってた。


 でも違った、異世界にきて気付かされた。あたしは弱いまま、そして同時にそれでも憧れて生きるのは間違ったことじゃないって。

 ならあたしにできる事をしながら、あたしのペースで変わってこうじゃないか、改めて。


「さーーて、なんだか随分と長くいた気がする。次は港町だよね、なんて名前なの?」


「ミナトマチです」


 ……ん?今なんて?


「えーっと……名前は」


「ミナトマチです」


 …………なーるほど、ミナトマチね、はいはい。もうなにも言わないよ。


「それじゃ行こっか」


「はい、一緒に」


 そりゃ当たり前だよ、今更別行動もないしね。


 

 世界はくすんでいる。それは世界のせいでも異世界のせいでもないけど、あたしの心を映すようにくすんでる。

 だけどさっき別れて、再会を願った友達、他の友達、そして隣を歩く女の子。


 どんなに世界がくすもうとも、それだけは色づいて欲しい。

 どうやらこの気持ちは本物らしいので、そんな自分であれるよう。今日も歩くことにした。

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