第119話 前略、名前と命と

「ねぇ、シトリー。それって……」


「ん」


 あたしが質問に、シトリーはゆっくりと布を外していく。その中には……


「…………卵?」


 んーん、卵。でも普通の卵じゃない。

 すごく大きい。小さなシトリーが抱えてるからじゃなくて、卵自体がすごく大きい。


「んん……?ダチョウ?」


 そもそも異世界にダチョウがいるのか。という疑問は置いといて。

 あたしも実物は見たことないけど、すごく大きいとは聞いてる。いや待て、なんでそんな大きな卵を持ってるんだ。


 …………食べたいのかな?

 んー、ダチョウってお肉は美味しいらしいけど、卵はそうでもないって聞いたような?でも、食べるならこれ!みたいな調理方法があったような……

 

「目玉焼き……?」


「なに言ってるの?」


 確か、シンプルに火を通すだけが一番だったような気がする。まさかこんなものを調理するなんて、考えもしなかったよ。


「これは食用じゃない」


 はて?食用じゃないとな。じゃあなんでシトリーはそんな大きな卵を持ち歩いてるのか。


「これはドラゴンの卵」


「ドラゴン!?」


 びっくりした、ドラゴンって卵からなんだ……

 卵を指さして口をパクパク、周りをキョロキョロ。リリアンもポムポムも首を横に振る。どうやら二人も初めて見るらしい。


 …………いや、待て。驚いてばかりもいられない、確認しなくちゃいけないことがある。

 この状況ででてきたドラゴンの卵。多分、そうゆうことなんだろうけどさ。


「ねぇ、シトリー。この卵はさ……あたしが倒したドラゴンの卵なのかな」


「……そう」


 やっぱりか。実際に止めを刺したのはリリアンだとしても、倒そうと決意したのはあたしだし、その為の行動を起こしたのもあたしだ。

 もし何かしらの責任があるならあたしが負うべきだろう。


「違う。ドラゴンを連れてきたのも、卵を産んで弱っていながら戦わせたのも、わたしとラルム様。セツナがそんな顔する必要ない、責任を感じる必要もない」


 聡い、とでもいうのかな。どうやら、顔にだしていたらしいあたしの気持ちに気づき、慰めてくれてるらしい。

 ……その呼び方は変わらないんだね。仕方ないか、恩義と言うのは忘れられないもんだ。


「うん……ありがとう」


 なんだか曖昧な気持ちだった。責任がないと言われ許された気持ちなのか、背負わなくていい安堵の気持ちなのか、その気遣いに対する感謝なのか。

 今日も分からないことだらけ、それを濁すようにありがとう。


「それにしてもドラゴンの卵かぁ」


 少し触れてみる、温かい。

 斑……?というかなんというか。うーむ………あ、あれかな?


「昔なにかで見た、銀河の写真みたいだ」


 深くて青いような黒いような色。そこにキラキラと光が浮かんでいる。幻想的で神秘的、キレイだなぁ。


「もう、産まれる」


「産まれんの!?」


 穏やかな気持ちになってる場合じゃない!まさかドラゴンが産まれるのをこの目でみるなんて!


「え、え!どうしよ!お湯?消毒?何すればいいかな!?」


「落ち着いてセツナ。そんものより大事なものがある」


 あぁ、よかった。やっぱり現地人に任せるのが一番。後学のためにあたしも教わっておこうかな。

 …………いや、多分一生使わないけど。


「まずは名前」


「今じゃなきゃダメかなぁ!?」


 あぁっ!言ってるうちに卵が揺れ始めた、こりゃいよいよ産まれる!……と思う。


「今じゃなきゃダメ、誰も名前を呼んでくれないのは悲しいから」


 なんだか……重みのある言葉だね、なんだか……

 ……いや、あたしが口だしていい事じゃなさそうだ。

 

「えっと、あたしが決めていいの?」


「セツナでいい」


「そこはセツナがいい。って言ってほしかったっ……!」


 こちらを見ずに、俯いて卵を撫でるシトリー。

 そんな余り物みたいに言われるのは、ちょっと寂しい。


「んん…………ん?どうしたの二人とも」


 あまり時間もないので頭を捻っているのに。リリアンとポムポムがなんだか微妙な顔してこっちを見てる。


「……言いたいことがあるなら言ったほうがいいよ」


 あたしはややジト目気味に続ける。だいたい分かった、この二人はまた文句があるんだ。

 この感動的なシーンに水を差す気なのだ。とりあえずリリアンの方に視線を向ける。


「……ポムポムさん、お願いします」


 まさかのポムポムへのパス。もしこの流れでポムポムもパスなら心置きなく名前を……


「セツナドライブとか叫ぶ人に名付け親は無理だと思いますよー」


「…………一応、あたしも傷つくんだよ?」


 思ったよりバッサリと言われた。こう……あれだね、いろんな人から頻繁に言われるのは結構くる。たまーーーに理解者がいてくれるのが救いか。

 だからといって改めるわけではありませんが。


「大丈夫」


 まさかまさか、シトリーがあたしのフォローをしてくれるなんて。やはり子供は良いもの。

 基本的に年下全般に優しいあたしだけど、子供は中でも純粋な心をもっているので、正しい方の味方をしてくれるのだ。リリアンやポムポムはもう汚れてしまったに違いない。


「もし下らない名前をつけたら爆破するから」


「それなら安心ですねー」


「…………」


 純粋な心……うん、あれだ、まだ善悪の区別がつかないんだね?

 爆破かぁ……嫌だなぁ……多分、痛い。相変わらずネオスティアガールはバイオレンス。


「んん、もうちょっと待ってね」


 卵がシトリーの腕の中で大きく動く。この子も外に出たくて仕方ないんだろう。

 早く決めてあげなきゃね。うーーーん、可愛い名前がいいよね?親しみは大事。どっちにしようかな?


「プレジール……とかどうかな?」


 しーーーーん。え、ダメでした?


「わーお、びっくり。セツナってマトモな感性も持ってたんですねー」


 この不審者とはいい加減、決着をつける必要がありそうだ。


「まぁね、可愛いでしょ?」


 文句をグッはこらえる、大人なので。

 可愛いくて、なんだかオシャレ。美人になりそうだ。


「え、どっちかっていうと格好良い名前ですよー」


「んー?可愛いくない?プレって感じが」


「ジールはなんだか勇ましい感じで格好良いですよー」


 んん、そう言われるとそんな気もしてきた。


「男の子なら喜助にする」


「喜助……」


 んー、微妙な顔してるね?ポムポム。

 あたしとしてはどっちもいい名前だと思うんだけどな。うーむ……喜助にするかな?


「あの……」 


 おや、リリアン。しばらく静かだから興味ないのかと思ってたら。ちょうどいいし、リリアンにも聞いてみようかな。


「プレジール、がいいかと。性別がどちらであれいい名前だと思います」


 おぉ!なんだか感慨深いって感じ。リリアンからもいい名前って言ってもらえるとは。

 それに今どき珍しくもないからね、男女どっちでも通じる名前なんて。あたしもまぁ、男の子でも使える名前だろうし。


「んー、というわけだけど。どうかな?シトリー」


 あたしでいいとは言われたけど、シトリーが嫌ならまた別の名前を考えてあげよう。


「うん、悪くない。やるじゃん」


「そーゆーときは、悪くないじゃなくて、いい名前って言わなくちゃ」


 悪くない、じゃあちょっと寂しい。こんな時だからこそ、いいであるべきだと思うよ。今は。


「……いい名前だよ」


「ありがと」


 あぁ、うん。待たせてごめんね、名前は決まったよ。

 さっきよりも大きく動く卵、亀裂が入る。


 んん……?なんだかドキドキする?心がモゾモゾというかなんだろう……とにかく急かされるような感情。

 分からない、分からないけど、きっと悪くない、いい感情だ。


「わぁ……!」


 ポムポムから変な声が漏れる。

 それはシトリーの腕の中で自分で殻を破り、光に目を眩ませながら顔を出す。


 キョロキョロと周りを見るその姿は不安と恐怖、好奇心と挑戦心を感じる。

 あたしはそれ……いや、その子と目線を合わすようにしゃがみ込む。


 何を伝えたらいいかな、そんなの決まってる。

 きみを一人にしてしまったのはあたしたちだし、実際に親の仇のようなものだ。


 だけどさ、最初の言葉がそれじゃあダメなんだよ、先にこの世界にきた人として。いつか遠くもない未来に、あたしを殺しにきても構わない。

 でも今だけは……


 自分のした事を棚に上げて、キレイな言葉を送らせてほしい。


「ネオスティアにようこそ、プレジール。ちょっと物騒だけどさ……温かい世界なんだ。歓迎するよ」


 大きな、大きな声で鳴く。自分がこの世界に産まれた事を誰かに伝えるように。

 それは世界へなのか、母へなのか、また別の何かに向けたものなのか。


 分からない、分からないけど。

 あぁ……生きてるんだなぁ……


「……どうしてセツナが泣いてるの?」


「あれ……?本当だ、あたし泣いてるんだ」


「セツナは意外と泣き虫さんですねー」


 うん、そうみたい、そうだったみたい。でもね、これでも泣くのは上手くなったんだよ。

 

 堪えたくて、止めたくて、それでも止まらない涙じゃない。

 きっとあたしの心が本当に流したい涙が、声もなく流れていく。


 あぁ、止まらない。ゆっくりと感情が追いつく。

 それでも分からない分からない分からない。この気持ちの名前が分からない。

 知ってる気がする、長い付き合いのような気もする。同時に今日初めて出会ったような。


 昨日も今日も、きっと明日も分からないことだらけなんだろうけど。

 今は……目の前の命がどうしようもなく眩しいので。


 あたしの心とやらにしたがって泣くことにした。

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