第117話 前略、特訓と修理と

「リリアン!本気でいくからね!」


「はい」


 小鳥がさえずり、まだ太陽の光が眩しい昼下り。

 双剣……の片方を手に堂々と宣言。もう片方はリリアンが持ってる。


 近寄り軽く一振り、何事もなくいなされる。

 いつもと違う武器だからって、気を抜くのは許されないようだ。


 そのまま何度か剣を振るうけど、どれも決定打にはならない。こっちにきてからそれなりに上達したとは思うんだけど、まだ遠い。


「そこっ!」


 一瞬、すきがみえたような気がした。ならば打つのみ。

 結果としてあたしの持つ剣は空をきり、もう片方の剣は切っ先があたしの目の前に。


「負け、ました……」


「はい、お疲れ様です」


 うーん、涼しい顔しちゃって。これであたしの4連敗である。

 勝てるとは思ってなかったけど、もう少し報いたかった。


「戦闘自体はそこそこ形になってきましたね、ですが格上相手に正面から勝つのはほぼ不可能です。なにかが必要です、なりふり構ってられないですよ」


「んん、いやぁ、あるにはあるんだけどね。ちょっと卑怯かなって」


 今更ながらなにをしているのか、それは戦闘訓練。

 自分の弱さを改めて自覚させられてしまったから。もう少し強くなりたくて。

 もう今回みたいな事はないだろうけどさ、後は観光でもして帰るつもりだけどさ。


 それでも、元の世界に帰ったときに少しでも強くなれるように。ここでの経験を活かせるように、なんでもやっておこうと決めたんだ。


「それを試すための時間です」


 リリアンはまた距離をとる、あまり気が進まないんだけどなぁ。

 朝から昼までは復旧の手伝い、この昼からの自由時間で訓練中。もう結構くたびれてるけど、5回戦といきますか。


「よし、じゃあリリアンも少し本気でやってね」


 分かりました。さてと、そんじゃあいっちょいきますかー!


 走る、リリアンの剣の届くギリギリまで。間合いに一歩踏み込んで、すぐに横に飛ぶ。

 何度か繰り返す、途中フェイント気味に軽く振る。リリアンはそのどれにも引っかからず小さな動きで躱す。


 本当はリリアンの攻撃を躱してからがいいんだけど、簡単に振ってくれない。戦闘経験か目がいいのか、なかなか引っかかってくれない。

 今度は本気で、打ち込む!……と見せかけて。


「先に謝っておくよ!」


 足で地面を蹴り上げる。そしてまだ魔術と呼べるようなもんじゃないけど、風を地面に。

 ポムポム直伝の空気の玉。威力はなくてもならした地面にぶつければ砂埃くらいおきる。


 後は後に飛んで背後から打つ!大事なのは声を出さないこと、バレるからね。

 あぁ、卑怯だ。でも仕方ない、あたしだって一回くらいは勝ちたい。


「ん……んん!?」


 あたしの渾身の打ち込みは……防がれている。

 リリアンはこちらを見ずに、腕だけ後ろにまわして。えぇ……そんなのことある?


 少し本気でとは言ったけどさぁ……

 そのままクルリと剣はを回され、頭にコツン。はい、負けました。


「勝てないかぁ……」


「こんな小細工が通じるのはよくて同格までです」


 それと……と前置いて、あぁ、嫌な予感がする。


「大分汚されたので、少し怒ってます」


「それは本当にごめん!」


 いや!でもね!?リリアンも試してみろって言ったしね!?先に一回謝ったしね?でも!ごめん!


 少し不機嫌なリリアンの機嫌をとりながら汚れを払う。こうしてみると、少しだけ普通の友達に見えないこともない。


 …………そういえば、そのローブはポムポムのであってリリアンが怒る理由は……?

 まぁあれか、少し顔にもかかっただろうしね、ごめんね。



「いやー、セツナボロ負けですねー」


「んん、ポムポム」


 とくにやることもないので晩ごはんの準備でも、と思ったんどけど。どこかでさっきまで見ていたのか、正直な感想とともにポムポムが現れた。

 手加減してアレ、ちょっと本気だしてコレ。うーん、勝てるビジョンが……


「ちょっとリリアン、強すぎるよ」


 ゲームとかなら強すぎて途中退場するタイプのはずなのに。いやはや、頼もしいったらありゃしない。


「噂に違わず、ですねー」


 噂に違わず、ね。気になるな、やっぱり。

 でも誰にでも話したくない事はある。ならそれは本人が話せるようになるのを待つべきだ。無理にきくもんじゃない。


「それよりさ、ポムポムは苦手なものとかある?」


 話がいい方向に向かいそうもなかったので、話題変更。

 今は助け合いの時間だし、屋外で大人数の料理を作るのはキャンプみたいでちょっと楽しい。


「なんでも食べますよー」


 だそうだ。なら特に気にせず作ろうかな。

 手癖で作ると濃くなるので薄めなイメージで。椎名味は食べてると癖になるんだけどね、慣れるまでがそこそこに長い。それこそ最初から気に入る人もいるんだけど。

 ちなみにリリアンからは不評だった。


「ちなみに時浦家は洗脳済みである」


「?」


 なんでもないよ。ポムポムの疑問符を流して独り言終わり。

 んー、シチューみたいにしようかな?キャンプならカレーの逆で。


「そういえばセツナー」 


「んー?」


 手伝ってくれるのかな?大した事じゃないし、疲れてるだろうから休んでてほしいけど。


「壊れたブーツ貸してくださいー、直しますよー」


「え、直せるの?」


「多分ですけどー」


 なんだか久しぶりに見た気がする。そうじゃなくても他人が使っているのを見るのは珍しい。

 ポムポムは少し扱いづらそうにスキルボードを取り出す。


「なんかそれっぽいやつを習得しますよー」


「今から!?もったいないからやめときなよ……」


 この世界のよく分からない所。ゲームの世界というわけでもないのにスキル。

 これだけならまだ分からなくもないんだけどさ、どうにもポイントの入りが渋すぎる。


「魔術師になる為に貯めてたんですけどー、友達の為に使うなら良しですー」


 ……ポムポムちょっと照れてる?心なしか顔が赤い、かな?

 なんとなく分かるよ。誰かの為に、ってちょっと照れくさい。


「じゃあお願いしちゃおうかな。ありがとうね、ポムポム」


「お安い御用ですー」


 自分では照れくさくても、言われた方はすごく嬉しい。もう一度、ありがとう。


「というわけで、ブーツを預かりますよー」


「お願いします」


 装備変更、履き替える。やり方は分からないけど、外すイメージでブーツを脱ぐ。

 その瞬間、元のブーツが現れる。手には『疾風のブーツまーくすりー』どうやらこんな感じで装備は外せるみたい。


「ほーほー」


 んん……なんか恥ずかしい。ポムポムが興味深そうにブーツを見てる。それも一応、あたしが履いてたわけでして。

 …………なんか嫌な予感がするな。


「ちょっと、ポムポム?」


 少しづつポムポムの顔とブーツが近づく、嫌な予感は加速していく。


「すんすん」


「嗅ぐな!!!」


 あろうことか、さっきまで友達だったカラフルな不信者は人の履物の匂いを嗅ぎやがった。


「なんで!なんで嗅いだの!?」


「セツナ、うるさいですよー」


「大事なことだからだよ!!!」


 ダメだよね!人の履いてたもの嗅いじゃダメだよね!!!


「あんまりヘンな匂いはしませんでしたよー」


「そうゆう問題じゃない!!!」


 そりゃ飛ぶときしか履かないからね!?でもさ……違うじゃん!?そうじゃないじゃん!?


「本当に勘弁してよね……」


 つ、疲れた……あたしはさっきまでの感謝はどこへやら、しっしっとポムポムをはらう。


「あ、あともう一つ」


 ……まだなにか?まぁ、ヘンなことしないなら別にいいけどさ。


「今履いてるほうも「ダメ」


「…………」


「…………」


 さ、支度支度。いくら時間に余裕があっても、基本的にだらけるのはよくない。


「足りない部分があるんですよー」


「ボロボロだし、ただのブーツは使わないでしょ。却下」


「セツナ、強くなりたいならー、言う事をきくべきですよー」


「そうゆう問題じゃない。いい?武器……みたいなブーツが直るなら冒険者的に良し。普段から履いてるブーツはダメ、乙女的に無し、NGだよ」


「…………」


「…………」


 やれやれ……異世界人は乙女心が分からなくて困る。そういったものを大事に生きたいものだよ。


「まどろっこしいですねー、素直に差し出すか、しばき倒されて奪われるの、どっちがいいですかー?」


 …………しばき倒す?いや、ツッコむな、こんなテキトーな異世界に。


「上等だよ!悪いけど魔術師に負けるほど、ヤワな鍛え方はしてないよ!」


「仕方ないですねー、実は素手の喧嘩の方が得意だってこと、みせますよー」


 それじゃあみせてもらおうかな!その得意な素手の喧嘩ってやつを!!!




「痛い痛い!ギブ!ギブだよポムポム!」


「口ほどにもないですねー」


 なかなか心に刺さる言葉を残して、ポムポムはあたしの上からどく。か、関節ぅ……

 ちくしょう……本当に強いのかよ……なんでよ、理不尽だよ……


「もらってきますよー」


 そのままブーツを剥ぎ取られる、あたしはうつ伏せで地面に倒れ動けそうにない。


「…………うぇ」


「だから嗅がないでよ!!!」


 瞬間、飛び上がる。コイツまたやりやがったな!


「そりゃそうだよ!替えとかないんだよ!あたしだって次の街とか行ったら洗おうと思ったよ!!でもさ!こんなんだったんだもん!!!」


「まだ何も言ってませんよー」


「目が!口ほどに!!!」


 てか、うぇって言ったし!なんとなく自分でも分かってたけどさぁ!!!


「なんて言うか、めっちゃ血の匂いしました」


「それはなんかごめん!」


 乾けばそんなに気にならないと思うんだけどな、いつのにか匂いが染つくほど血を流したみたい。

 

「頑張ってきたんですねー」


「頑張った……のかな?いや、うん、頑張ってきたよ」


 ちょっと振り返る。いろいろあった、そしてこれからもいろいろあるだろう。 


「ねぇ、ポムポム。もう少しここにいるからさ、ちょっとでもいいから稽古みたいなのつけてくれない?」


「いいですけど、ポムポムはスパルタですよー?」


 なんというか、喧嘩慣れ?戦闘慣れ?してるポムポムから学べる事も多そうだ。


「もちろん、ドンと来いだよ」


 あたしもちょっと余裕をみせて。大丈夫、リリアンで慣れてるよ。


「あ、セツナ」


 ポムポムに振り返る。特訓前の注意事項かな?


「あと普通に汗臭かったです」


 …………よし、近い内に絶対泣かす。

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