第116話 前略、友達と言いたいことと
「あ…………」
あたしに見向きもせず、ラルム君は前にでる。
言葉にならなかった、言葉にできなかった。どんな言葉をかけていいか分からなかった。
「……あー、どうしているんですかねー?縛って閉じ込めて埋めといたのに」
「ポムポムさん、やりすぎですよ。おかげで抜け出すのに時間がかかった、あやうくこのまま許されるところでした」
苦笑いをしながら、ポムポムと会話を交わしてなお、前に。
「僕がドラゴンを呼びましたよ、残念ながら倒されてしまいましたが」
「そうか、なぜやった」
「復讐……ですかね。この学園に拾われていろいろあいつらを手伝いました、それが正しくないと知っていても。それなのに僕の自由が認められないなんて……理不尽でしょう?」
「────────」
「─────」
もう二人の会話は耳に入らない。
なんで……どうしてそんなにいつものように話せるんだ。
元の世界より、人を殺すことに抵抗のない世界で。そんな世界でこんな状況で、なんでそんな落ち着いた声がだせるんだよ。
「こちらとしても抵抗の意志がないならいい。乗れ」
マイアさんに言われるがまま、馬車の方へ歩くラルム君。あたしは……
「ラルム君…………」
手を、差し出してみた。
いや、差し出したなんて言えない。弱々しく、すがるように手を伸ばす。
分からない、分からない。なにが正しいのかも、自分がなにをしたいのかも。
でもさ、もしこの手をとってくれたなら……なにか動き出せるかもしれない。いつものように分からなくてもなにか行動をおこせるかもしれない。
「セツナさん……」
名前を呼ばれる、少しだけ悲しい声で。
「僕のことはもう諦めてください」
そのままこちらを見ずに歩きだす。
悲しいな、泣き出しそうだ。いつからこんなに涙もろくなったんだろう、分からない分からない。
こんな感情から生まれるものが、本当に必要なものなのか……分からない。
「世の中にはどんなに格好良い主人公でも、どうにもできないバカもいるんですよ」
胸が締めつけられて足が震える。なにがこんなにも悲しいんだろう。
諦めろと言われたこと?手をとってもらえなかったこと?
……目をそむけるなよ、本当はわかってるだろ。
自分が異世界で一人ぼっちだって、ここでは誰とも本当の意味でわかり合うことができないって。
それを分かっていたって、それでも諦めちゃいけないと分かっているのに、ここでただ立ち尽くしている。
そんな自分が悲しくて悲しくて、情けなくてどうしようもなくて……そこまで分かっていながらやっぱり足も動かなければ、言葉も出ない。
遠ざかる遠ざかる。もう届かないきっと届かない。
だって仕方ないよ、彼はもうあたしを求めてない。求められてないなら、誰かの何かになんてなれやしない。
「ん……?」
冷たい何かが手に触れる。何かじゃない、リリアンの手だ。触れてるんじゃない包まれてるんだ。
さっきまで姿を隠していたけど、いつの間にかあたしの後に。マイアさんたちが馬車に向かっていて、こちらをみていないからかな。
「リリアン……」
励ましてくれるの?でもね、もうそんなことしてもらう理由も権利もないんだよ。
「…………人生とはなにがあるかわかりませんね」
雑談で気を紛らわせようとしてくれるのかな、そんな優しさも今は辛いよ。
「まさか自分がこんな事を言うなんて。本来、人を励ますどころか、話すことすら苦手なのですが」
話す?励ます?なんだろう、話がみえない。
「ですがやってみると思いの外難しくない。むしろ簡単なことですね、だって自分の気持ちを伝えればいい。誰かがこんな言葉を欲していると願いながら」
あたしの手を包んでいた冷たい手。それはゆっくりと背中のあたりにあてられる。
「まだ立ち止まるのは早いと思います。まだ伝えてない言葉も想いもたくさんあるのに。ここで立ち止まったら誰も幸せなんかじゃない」
いつものリリアンなら優しく諭すような言葉なのに、今日は力強い言いきって。うん、そうだよね。
「……まだ、諦めないでいいのかな、あたしは諦めないでいいのかな……」
「諦めることは私が許さない。そんな言葉が言えたらいいのですが、そんな権利はないので。これが酷なお願いだと分かっていても言わせてください」
振り返れない、それでもなんとなく表情が伝わる。そう例えば───
「頑張ってください。大丈夫、倒れそうなら支えます」
きっと最期の瞬間まで、優しい笑顔で時浦刹那を見送ったあの人のような表情に違いない。
だったらやることは一つだろ。
「……いつもいつも心配かけてごめん。何度もブレて諦めかけてごめん。それと……」
「感謝はいりません、人は弱いから支え合う。あなたから学びました。さぁ早く、人はいつだって本当に言いたいことを言えずに過ごしているんだと思います、だから」
「うん、それでもありがとう。行ってくるよ!」
まだ理想は遠い、どうしようもない遠い。情けなく揺れる心は本当のあたしだ、本当のあたしはどうしようもなく弱い。だけど、だから。
背中にあてられている手。少し厚い布越しに、温かい何かを感じた気がした。それはきっと気のせいじゃない。
走れ走れ、まだ間に合う、マイアさんをケイちゃんを通り抜けて。
今、まさに今、馬車に乗り込もうとしている友達に。
「ラルム!」
ピタリと足が止まる、どうやら声は届いた。
大した距離は走ってないのに、喉が乾いて、心臓は早く動くし汗をかく。
「お前ホントーーーっにバカだよ!なにが復讐だよ!あたしに憧れたって言うならさぁ!そのくらいで諦めんなよ!クソみたいなやり方で自分を正当化すんなよバカ!!!」
叫ぶ、きっとあたしが言いたいことはこれだ。
「もっと頼ってよ!なんの為の友達だよ!お前一人で生きてるわけじゃないんだよ!前も言ったけどさ、ポムポムもシトリーも心配してたんだよ!あたしだって……あたしだってさ!心配したよ!」
人はいつだって本当に言いたいことを言えずにすごしてる。そうだね、そう思うよ。でも言わなきゃいけない時もある。
「大っ嫌いだよ!そんなことの為に他の人巻き込んで!失敗したらふてくされて!だいたい復讐なんてしたってさ……そりゃスッキリするかとしれないけどさ……心に何かが残るよ、残っちゃいけない何かが。そんなことも分かんないのかよ……!」
きっとあたしはこんな言葉が言いたかった。
意味不明で支離滅裂、自分を棚に上げていて、優しさのない。それでも本当の気持ちを。
「でもさ……それでもさ!どうしようもないバカ野郎でもさぁ!」
それでも、そうだとしても時浦刹那は人間が好きで、それを差し引いたって。
「諦めてなんかやらないよ!どんなに間違ってもぶん殴って連れ戻すんだよ!大事な友達を……諦めてなんかやるもんか!」
肩で息をする。もうほぼ限界、でも……あと一言。
「だからさ……今度会うときは仲直りしようよ……そしてまた会えたことを喜ぼうよ……そんな再会がしたいよ」
全部出し切った。相変わらず顔をこちらに向けないけど、伝わっているといい。
「あぁ……もう、格好良いなぁ」
振り返った友達の目には涙が一筋。あたしも本当は泣きたかったけど我慢した。今だけは、格好良い主人公であろうと思ったから。
ゆっくりとまばたきを終えると、ラルムの姿はなかった。きっともう馬車の中なんだろう。
「あたしの友達をよろしくお願いします」
マイアさんに一言、これから彼はどうなるんだろうか。
「う、うむ……団長、私が思うに実際に起こったのが建物の倒壊だけなら、あまり重い罪にならないと思うのだが……」
なんというか、少しだけ笑いそうになってしまう。最初の印象は最悪だったのにケイちゃんがそんなことを言うなんて。そろそろこのふざけた呼び方も変え時かもね、さっき呼び始めたばっかりだけど。
最期までえ、そっち?みたいな期待を裏切らない二人だなぁ。
「ん、まぁその話は戻ってからだな。ケイ、お前はもう馬車に乗れ」
マイアさんは手で払うような仕草をする。
「……セツナ!」
馬車に向かっていたはずのケイちゃんがこちらに振り返る。やっと名前を呼んでくれた。
「あれで勝ったと思うなよ、本当の私はあの倍速い」
あれ……?あー、あの時の、剣突きつけたやつ。
いやぁ、今思えば刃がないのバレなくてよかったよ。うん。
「……あたしは3倍速いよ」
「なっ!3倍……3倍……なら俺は4倍……いや、嘘はダメだ……」
うーむ、一人称を変えるならもう少し頑張った方がいいと思うよ。そのままヒラヒラと手を振り見送る。
さて、あたしもリリアンのところに戻ろうかな。
「……セツナ」
「はい?」
今度はマイアさんに呼び止められる。はてはて、なんの用かな。
「一応聞いておく、この辺りを旅している冒険者なら、黒と白の……メイド服?を着て、腕と足に枷と鎖をつけた女を見なかったか?」
…………見たなぁ、旅してるなぁ、一緒に。
そういえば、マイアさんにはあたしが別の世界から来たことを伝えてないから、普通の冒険者ってことになってるんだよね。
「えっと……なぜ急に?」
「なんとなく、だ。そんな匂いがした」
に、匂い?おかしいなちゃんと身体は洗ってるんだけどね。リリアンが石鹸みたいなのもってるから川とか池とかで。
「もし会っていないなら気をつけた方がいい。あいつは気に入らないものは殺すし、慈悲も容赦も優しさもない」
あ、なんだ別人だね。あたしの知ってるメイド服の娘は容赦はないけど優しいからね。
「冷たい目をしていて無表情。人形のような奴だよ、もし見つけたら教えてほしい」
「はい、もし見つけたら」
さてさて、そんな娘が本当にいるんだろうか。まぁ、世界は広いからなぁ。
マイアさんたちを見送り、あたしとリリアンとポムポムの待つ場所へ戻る。
「セツナ、格好良かったですよー、あとありがとうございます」
「よしてよ、みっともないだけだよ」
あれはちょっとあたしの求める格好良さじゃない。もっとスマートにいきたい。
「リリアン、ありがとう……ね?」
んん?なんか居心地の悪そうな、なにか言いたそうな……?
「さっきの話……」
さっきの話……?えーと、どこだろ?さっきリリアンとした会話かその後か……
「さっきの話にでてきた人形のような女……あれは私なんです」
まさに衝撃の告白、そんな表情でリリアンは言う。
「……あなたは変なところで鈍いので気づかなかったのかもしれませんが、あれは私です」
「…………いや、さすがに分かってたけど」
「……そうなんですか?」
「そうなんです、分かってて隠したんです」
「……なぜ?」
「そういうものなんです」
「そういうものですか」
「そーなんです。別に昔のリリアンがどうであろうと、今のリリアンには関係ないでしょ?人は変われるんだよ」
それに本当にそんな娘は知らないしね、あたしの知ってるメイド服の娘は優しいし、人間らしいよ。
「うーーーん、ねぇ、リリアン。もう少しだけここにいていいかな?別の街から復旧の人がくるまでなにか手伝おうかなって」
「それは構いませんが」
大きく伸び。リリアンの許可は得た。そしてもう一つ。
「リリアン、お願いがあるんだけど」
ここを出発する前に、やっておきたいことがある。
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