第114話 前略、団長と副団長と

「おい、お前。よくもやってくれたな、本当なら昨日も今日も休日だったんだぞ」


 え、そっち?団長さんの方が文句を言ってくるの?てっきり副団長さんの方かと。

 カツカツと足音をならしながらこちらに歩いてくる。あ、普通に怖い。少しでも可愛いと思った自分にもっと警戒しろと教えたい。


「二ヶ月ぶりの休日だったんだぞ!?どうしてくれる!」


「知らないです……」


「せっかく……せっかくドラゴンと戦えると思ったのに!戦えないなら寝たかった!私は!!!」

 

 …………休みがないのは同情するけどさ、お仕事だし。それにドラゴンと戦うために休み返上できたの……?ヤバい人じゃん……


「あー……すみません?」


 なんで謝ってんだろうな、あたしは。

 すごくしょうもない理由だし、誰も悪くないんだけどさ。膝をつき、顔を覆いながら嘆く団長さんを見てるとさ、なんだか心が締めつけられるよ。

 いや、今回は本当にあたし悪くないんだけどさ。


「団長。頼む、頼むから黙ってくれ。我がギルドの為にも心から黙ってくれ。こんな小娘にドラゴンを倒せるわけがないんだから、真に受けないでくれ」


 む、小娘なんて本当に聞くときがくるなんて。ゲームの中ボスくらいしか言わないと思ってたよ。

 でもあれだね、実際に言われると結構ムッとする。バカにされた気分だ。


「あたしも驚きなんですけどね。そこのポムポムと……あー、一緒に倒したんですよ」


 危ない危ない。リリアンの名前まで出すところだった。口止めまではされてないけどさ、多分リリアンはこの人たちに存在を知られたくないんだよね……?


「バカなことを言うな。その身なり、貧弱な装備、体格も雰囲気も、どれをとってもドラゴンを倒せるとは思えないな」


 うーむ、正論である。そう言われてしまうとなにも言い返せない。

 実際、あたしも自分よりも小さな子が『ドラゴンを倒した』。なんて言ってきても、夢の話かな?と本気にしないかもしれない。


 さてどうしたものか、なんとか納得してもらわないとね。

 それに冷静になれば相手は強そうだし、集団なんだよね。一時の苛立った感情だけで戦いになったら大変じゃすまない。無意味な争いならない方がいいに決まってる。


 うーん?んん?どうしたものか。ふーむ、場をなごませてみようかな?幸いなことに、あたしには椎名先輩から受け継いだジョークのセンスがあるしね。


「身なりと雰囲気。やれやれ……どうやらそのおかしめな格好が気に入らないらしいよ、ポムちゃん?」


「ポムポムの格好に文句があるならー、相手になりますよー。全力でブッ潰してやります」


 しまったな、触れちゃいけないとこだった。

 これじゃあポムポムと副団長で争うことになるかも、なんとか修正を……


「セツナを」


 おっと、標的はあたしか。もっとも多くの人はこれを自業自得というのだ。


「正直ー、ポムポムの嫌いな奴ですよー。こういう上辺だけで全部判断するような奴はー」


 気だるげに話すポムポムは、諦めのため息をこぼす。もううんざりと言わんばかりに。


「まぁ……確かに好きなタイプじゃないかな」


 あたしも面倒だけどさ、丸く収まめる為にもここは頑張って抑えるべきだと思う。


「ほう、どういう意味だ小娘」


 さっきからどうにも迂闊だ。言わなくてもいいことを口にだしてしまう。あぁ、マズイマズイ。


「何も知らねー奴がー、ポムポムたちを勝手に決めつけんなってことですよー」


「ポムポム!?ちょっと抑えて!」


 さすがに言いすぎだ、嫌な予感がする。いまだに名前は分からないけど、副団長さんはこちらに歩いてくる。


「いやあの、すみません。あたしの友達はちょっと口が悪く…………おっと!」


 なんだか嫌な予感。二人の間に入るだけじゃ不十分だと思ったから、歩いてくるのを止めようとしたんだけど。邪魔だと言わんばかりに払われてバランスを崩す。


「っ!」


 嫌な予感じゃない、ダメな事が起こる確信。

 副団長さんの手にはいつの間にか槍が握られてる。いや、いつの間にかじゃない、それが当たり前であるかのように最初から握られていた。

 それがあまりに自然すぎて目に意識もしていなかったけど、最初から誰かを傷つける武器は握られていた。


 この場合はおそらくあたしの友達を傷つける武器が。

 スッ、と頭が冷えていく。冴えてはくるんだけどあまり好きな感覚じゃない。


「ほう……」


「…………さっきからそればっかり、いい加減しつこいよ」


 そんなことさせるもんかよ、強ければ、偉ければなにをしてもいいと思うなよ。


「不愉快だ、それをおろしてもらおうか」


「そっちが先に、あたしの友達からその物騒なのをひいてからだね」


 体勢を崩されて、いまだ片足は地面についたままだけど。あたしの剣は副団長さんの首元に突きつけられてる。

 似たような仕草を見たことあってよかった。リリアンとかが長い武器を振るうための予備動作、それに反応できてよかった。

 片手剣を抜き、長さが足りないのを直感。すぐさま両手剣に装備変更。今に至る。


「おろせ」


「嫌だ」


 悪いけど、信用できない。ここで剣をおろしてもポムポムの安全が約束されない。


「なら仕方がないな。団長、許可を」


 なんの許可か、決まってる。あたしたちを殺す許可だろう。

 なんだっていつもこうなるんだ、いいよ、やってやる。どうせ他の奴らもそうなんだろ。


「……団長?」


 んん?返事が返ってこない……ぞ?


「ん……あぁ、すまない。寝てた」


「「………………」」


 き、緊張感……!なんだこの人さっきから!てか立ったまま寝てたの?器用なもんだね。


「で……どんな状況だ?さっぱり分からん」


 で、デスヨネー……だって寝てたんだもん。そして起きたら部下が武器を突きつけたり、突きつけられたりしてんだもん。そりゃ分かんないよ。


「まぁ、あれだ、副団長よ。お前が武器をおろせは解決するんじゃないか?」


 なんとも表情がよく変わる人だ。さっきまでは寝ぼけてついでにとぼけて、少し前は子供のようで、今と最初は大人らしく格好良い。

 うーむ、あたしもこのくらい格好良くなりたいもんだ。この格好良さだけは見習いたいね。


「できません。この小娘より先に武器をおろすことは、騎士として」


 騎士だのなんだの、随分と肩書きが立派なことで。正直、少し気に入らない。


「面倒な部下をもったものだ。休みもないし、就職なんてするものじゃない。あー、そこの少女」


 ため息まじりに団長さんはあたしに声をかける。


「私の部下がすまない、こいつは頭が固くて困る。申し訳ないがここは先に剣をおろしてほしい」


「団長さんがどうあれ、友達が危ないんでこれはおろせないです」


 少なくとも、あたしの中でこのメガネの男は信用ならない。ポムポムだって自分に向けられてるものから、しっかりと殺意を感じてるはず。だから下手に動いたり話したりできない。


「そうか……そうか……」


 数秒、団長さんは迷うような仕草を見せ。すぐに次の言葉を発する。答えがでたというより、下手に悩むのをやめたように感じた。


「よし、もしも君の友達に危害がおよんだなら、私が責任をもってコイツの首を刎ねよう」


 本当に名案がうかんだような、晴れ晴れとした笑顔でそんなことを言った。

 この人もまた腰に長い剣を持っていた。違和感を感じれないほど、当たり前のように。


 なんとなく、分かる。この人は本気だ、本気でポムポムを傷つけたら自分の部下の首を斬る。

 そういう人だ、それをする意志と強さを持っている。


「…………ネオスティア、剣士多すぎ問題」


 嫌な予感はしない、それどころか妙な安心感すら覚える。

 そしてどうにもならないので、しょうもないことを呟きながら剣をおろすことにした。

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