第110話 眠れぬ夜もあなたといれば……、後略
涙の音がする。
雫の落ちる音ではなく、悲しみの音が。
「この温かい異世界で……あたしは一人ぼっちだ……」
「………………」
聞いてはいけないことを聞いてしまった。
それが私の率直な感想でした。
「難しいものですね、感情は」
心の色や形がみえたところで、その心の根本的なところまで理解できるとは限らない。
もどかしいですね。えぇ、もどかしい。
「……セツナ」
身体を起こし、泣き疲れて眠るセツナの頭に手を当ててみる。自分が眠らないことで、知るべきではない事を知ってしまった。
……どうやら今日も夢を見ていないようですね。深い眠りが悲しみを癒やしてくれるといいのですが。
「昔話を聞いて、またあなたが分からなくなりました」
どんな表現が適切か、うまく言葉にできない。
ただ、あえて文字に起こすなら
「齟齬がある……いえ、噛み合わないというよりは何か違う」
何か違う。うまく文字にもできなかった、これくらいの表現が限界に感じるくらいの違和感がある。
セツナが語った昔話。それ自体の食い違いはない、だけど何か違う。
例えばこれまでのセツナは、お願い、頼む。そんな言葉にそれほど過剰な反応したでしょうか?
いえ、そもそも旅の始まりは天使からのお願いで始まったものですけど、それ以外に。
なかったはずです。頼まれてもそれがその人の為にならないなら断っていました。
細かいところをあげるなら、他にも人の顔を覚えるのが苦手だと言っていましたね。
私の印象で語るならむしろ逆、得意なような気もします。きっと誰かを忘れない。……山賊以外。
他にも元の世界の事を忘れていたり、一度だけ見ていた夢だとかいろいろと疑問点がある。
…………そういえば料理の味付けは濃かったですね。苦手だと伝えたら変えてくれましたが。
昔話自体に嘘はないと思う。語りたくない、だけど誰かに聞いてほしい。そんな心の形だった。
違和感と疑問点が頭を回る。そうして私のだした答えは……
「それこそどうでもいい、下らない話ですね」
だからなんだと言うのだ。どれだけ不思議な事があっても、疑問が違和感があったとしても。
今、ここにいるセツナが真実でしょう。
異世界で、どんなに痛くても辛くても諦めたくても。涙を堪えて誰かの何かになる為に。
憧れて、それはどうしようもく遠くて。心の奥底で、本当は届かないかもと知りつつ足を止めず。
涙を流しても、一人だと悟っても。きっと明日にはまた誰かの為に生きるのでしょう。
「それはなんて……なんて愛おしい」
少しだけ後悔している。セツナが泣いているなら、あの時のように抱きしめるべきだったのかもしれない。
「ですが……」
わざわざ寝ているのか確認をとっていた、つまり聞かれたくない話でしょう。
私が起きていた事が分かれば、セツナは泣けなかった。その感情をまた自分の奥底にしまうのだろう。
「それでも……」
それでも……次にセツナが泣くのなら何かしらの行動を起こそう。泣いてもいいと伝えよう。
「……セツナ……セツナ」
もう一度頭に手を当て、撫でるように動かす。
そして名前を何度か呼んでみる。一度は呼べたはずなのに、どうしてか顔を合わせて呼べない。
「人の名前を呼ぶなんて、大したことはないはずなのに」
もどかしい。だけどそのもどかしさもなんだか楽しい、そして嬉しい。
「……初めて会った時はあんなにも苛立ったのに」
目を閉じて、振り返る。掻い摘んで、ここまで。
『もうすぐ異世界から人が来るの。リリ、あなたが連れてきてちょうだい』
その一言から始まった。領地から出るのは初めてでしたが問題なく。
歩く、歩く。特に関心もなく色の薄い世界を。
『あなたを殺します』
えぇ、私の言葉です。苛立っていたんです、世界に、人に、居場所を奪われる恐怖に。
言い訳にしかならない。それでも、自分よりも必要とされるかとしれない人間をつれていくのは嫌だった。
『死ぬわけには!いかないでしょ!』
不意をつかれて傷だらけ、それでも立ち向かってきた。
それ自体も驚くことなのに、その後は……
『……怖くないんですか?』
『怖いよ、足だって震えてる。それでも、あたしがあたしじゃなくなるほうが、きっと何倍も怖いよ』
『その信念で死ぬことになっても?』
『死ぬことになっても!』
恐怖も何もかもを押さえつけて、ついさっき自分を殺した相手に立ち向かう。
それができる人が何人いるでしょうか、この時点で多くのものを失っているのに。
その心は、自分の信じるものの為に前を向く尊いもので。どうしようもなく美しかった。
「それも今になって気づけたことですが」
当時の私としてはその輝きが鈍るなら、つまらなくなったらすぐに殺してしまおう、と考えてました。
『実は今からあたしの必殺技で格好良くボスを倒すところだったんだ。だから……そこで見ててくれる?』
『まだ生きてるじゃん!それなのに諦めることほどダサいことってある!?』
なかった、諦める事も輝きが鈍る事も。
誰かを勇気づけて、誰かを立ち上がらせて。
「このあたりからですね」
このあたりからセツナを知りたいと思った。
ちょうどいい場面だった、3つ目の街はいい条件が揃っていた。
セツナよりも強い敵、そしてお互いに強い信念があった。
「私の演技も捨てたものではありませんね」
ひと芝居、本音を言えば大した敵ではなかった。
思えばあの男も自分が背負える以上のものを背負い、自分を奮い立たせながら戦っていた。
冷めたような態度も、余裕のなさの現れだったのでしょう。
セツナと似ている。人には背負える限界がある、二人とももっと人を頼るべきだ。
そしてセツナの心に諦めが浮かんだ時に、私は深く落胆した。やはり他の人と何も変わらないと、自分の見る目のなさをうらんだものだ。
『それでも、最後にはみんなが笑っている、ハッピーエンドな物語の主人公になるよ』
「……えぇ、いい言葉です」
心からそう思う。なんて素敵な物語だろう。
そんな物語を隣でみていたい。近くで、歩幅を合わせて。
ブレた心でさえ、逆に考えればいい。
そうではなく、今から心が組み上がっているのだと。その証拠に昨日の夜からとても安定している。
きっと大した問題ではない、セツナはセツナである。それでいいんです。
「思い通りにならないことばかりです」
手を伸ばしたところに使える鉱石。拾ってあのカゴに放り込む。
嫌がらせ半分、金策半分、ほんの少しの悪意と敵意。そんないろいろなものが詰まったカゴ。
すぐに潰れるだろうと思っていたけど、セツナがここまで背負ってきたせいで意味のあるものに変わってしまった。
「セツナは喜んでくれるでしょうか?」
きっと喜んでくれる、だからもう少しだけ我慢してほしい。
あぁ、本当に、こんなことばかりを考えている。
もっと話すのが得意なら、もっと伝えるのが上手だったら。もどかしい、もどかしい。
「きっと……きっとこれが恋なんでしょう」
感情に味のようなものがあると初めて知りました。
甘酸っぱくて、苦くて、爽やかで、刺激的で、懐かしいような、初めてのような……
「そしてどうしようもなく甘い」
気分がいい、気分はいい、問題は……
「私には……人を好きになるのに理由が必要なんです」
今更ですね。だけど、必要なんです。自分を納得させるために。
人を好きになるのに理由が必要か。セツナならなんと答えるでしょう?
『人を好きになるのに理由なんて必要ないよ。だってそんなの……なんだか悲しいでしょ?』
「……いえ、言いませんね。こんなこと」
少しだけ言いそうだけど、きっと言わない。
なぜならセツナは人を好きになることを、人に好きになってもらうのを怖がっている。
それを踏まえた上で、セツナの言葉は想像するなら……
『理由……理由かぁ……必要ないといいよね。だけど、人の心って難しいからなぁ……』
「えぇ、これなら」
言うかもしれない。おかしな話ですが、あの人ならこんなことを言うかも。というのはなかなか楽しいものですね。
どうしても、どうしても理由がほしい。
私が誰かを好きでいていい理由が、きっかけのようなもので背中を押してほしい。
だから一度、一度命を助けてもらうような体験がほしい。それは遠い未来になってしまうかもしれない。
「いえ、あなたなら……セツナならすぐに」
そうだ、それがいい。
私はこのふわふわとした感情に気を取られ、命の危機に陥る。そしてセツナは命がけで助けてくれるのでしょう。
でもそれはセツナを危険にさらしてしまう。だからそうならないよう努力はしますが、あなたはそれでも私に何かしらの理由をくれるのでしょう。
それはなんて素敵な……………………
………………今更ですが、それなりに重大な事実に気が付きました。
「私もセツナも……女性ですね」
…………………………些細な問題ですね、えぇ。
あえて問題点をあげるなら、どちらが妻になるのでしょう。
この気持ちを早く伝えたい。でも理由を待たなくてはならない、もどかしい。
「もどかしい、のですが……」
この学園を出るときにでも一度だけ、フライングをしてみよう。理由を得る前に。
伝わるといい。セツナは妙なところで鋭いくせに、人の気持ちには鈍感だから。
「きっと、そんな感情をみないようにしてるんですね」
そんな心に伝わり、変えることができたら幸せだと思う。そうありたい。
大丈夫です。伝わらなくてもくじけません、領地の仲間も言っていました。
「恋する乙女は強いんですよ」
笑ってしまう。まさか自分をそんなふうに表すなんて、私も変わってきたようだ。
だから……
「だから音無椎名に勝たなくては」
すでに亡くなっていても、そちらにその気がなくても。あなたはライバルです。
「眠れぬ夜も、あなたといれば幸せです」
ありがとうございます。こんな気持ちは知らなかった。だから……
「一人になんてさせません」
いつかこの言葉も、この気持ちも本当の意味で伝わればいい。本当の意味であなたに寄り添いたい。
空を見上げる。私と見る星空が、音無椎名と見た夕陽より鮮烈な記憶として残るといい。
どうやら私が思っていたより、この世界は色づいている。
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