第109話 前略、昔話と今と温かな異世界と
「椎名先輩」
「ん?どした、告白なら今度にしてくれ」
「そいつは残念です」
相変わらずつまらない冗談だ、でも嫌いじゃない。
「どうすれば人と仲良くなれますかね」
お互いに深いところまで話し合い、新しい気持ちのままに再び帰り道。
これからはこちらから歩み寄る為にも、そういうところを聞いておきたい。
「んー、やっぱり共通の趣味とかじゃないか?刹那の趣味は?」
「特にないですね」
趣味といえるものは……ないな。つまらない人間だ。
「ま、そういうところから始めてみろよ。アニメとか、漫画とか、ゲームとか、映画とか。そのあたりが始めやすくていいんじゃないか?」
「なるほど」
「あんま焦る必要もないだろ、そのままでも大丈夫だ」
「そういうもんですかね」
「そーゆーもんだよ、お願いなんて言葉で簡単に動くお前のままでいいんだよ」
「でもできるなら、早く椎名先輩みたいになりたいんですよ」
「だから焦るなって。どうしても目指したいならお前らしく、あたしみたいになれよ」
「……難しいです」
「簡単だよ。女の子が泣いてたら助けてやれ、誰かが諦めそうなら励まして、迷ってる奴がいたら前を歩いて、友達が間違っていたらぶん殴ってやれ」
「それこそアニメか漫画みたいな話だ」
「例えばの話だよ。そうやって勇気だったり夢だったり、そんな足りないものを補ってやるような。誰かの何かになるように生きればいい。その方が刹那らしくてあたしらしい」
「誰かの何か……いい言葉ですね」
だろ?自信があって、楽しそうだ。
「そんじゃあいっちょいきますかーって頑張りますよ」
「あー……あれの本当の意味は、仕方ないから助けてやるかって意味なんだよな」
……なんとも後ろ向きな理由だ。ちょっとかっこつかないけど、そういった言葉で自分を鼓舞するのは必要なんだろう。
「ま、刹那が気に入ったなら変えるか。今からやるぞ!って背中を押してやるよ」
「はい、そっちのがいいと思います」
そのくらいふんわりしたほうがいい。何事も前向きにいこう。
「ん、そういや刹那。お前家でもそんな感じなのか?」
「……まぁ、そうですね」
痛いところをつかれた気がする、今まで散々独りよがりな生き方をしていた。話すことも大分減っている。
「そういうとこから変えていかないとな、家族は大事なもんだぞ」
「分かっちゃいるんですけどね。なんと言ったらいいのか、どんな顔していけばいいのか分かんなくて」
「そんなの簡単だろ。いつもの顔してごめんなさい、だ。大丈夫、ありがとうが言えるならごめんなさいも言えるさ」
「許して……くれますかね」
「ん、まぁ大丈夫だろ」
無責任だ、だけどなんだか落ち着く。
「バイトもやめとけ、変な教師に絡まれるしな。晩飯だってみんなで食うほうがいいにきまってる」
「そうですね、やめます。でも、ちょっと怖いです。謝るのがじゃなくて許してもらえないのが」
「仕方ないなぁ、あたしも行ってやるよ。……そうだ刹那、今日の晩飯はお前が作れよ。そんな感じで今までの溝を埋めていけばいい」
「ついてきてくれるのは嬉しいですけど、料理なんてできないですよ」
「教えてやるって、結構得意なんだよ」
「…………ありがとうございます」
「よし、買い物してから行くか、時浦家」
やっぱり偉大な人だ。こんなにも救われてる、こんなにも助けてくれる。ならそれに報いよう。
「おーい!早く来いよ!」
今行きますよ、早足で少し前にいる椎名先輩を追いかける。変わっていくのはいい事だ。
「………………椎名先輩、これ濃くないですか?」
「うるせーな、これが椎名先輩の味なんだよ」
「………………椎名先輩、煮物多くないですか?」
「うるせーな!楽だし他の事も同時にできるんだよ!」
あっさりと謝罪は受け入れられて、キッチンで料理を教わる。
やけに煮物のレパートリーが多いし、味も濃い。
だけどなんだろうな、なんか、クセになる。
「お疲れ様です」
「ん、いや、一応聞くけどさ。なんでいるんだよ」
「今日の検査しだいだって聞いたもので」
あの河川敷から1ヶ月ほど、近くの病院からでてくる椎名先輩を迎える。
「ま、良好だよ。明日からまた走ろうかな」
「そいつはいいですね、最高です」
その後椎名先輩の、家に来るか?の言葉で音無家に向かう事にした。今日は両親遅く二人で夕飯を作ろうということだ。
「……で、やっぱり最後のシーンは主人公が最初に会得した必殺技で倒すのが熱いと思うんですけど、妹は『いや、因縁のあるラスボスの為だけに生み出したその場だけの必殺技がベスト』って言うんですよ」
「……結構しょうもない話してるな」
お陰様で、家族仲は良好です。
「あたしはあれだな。今までの冒険が、仲間たちが支えてくれてるんだー!って技名も何もない一撃派かな」
「なるほど、それもいいですね」
「あたしも異世界にいったら必殺の椎名ドライブをだな……」
「うわ、ダセェ」
「よし、まずは刹那からだな」
それは勘弁。でも椎名ドライブはヤバいです、そんなものを叫ぶくらいなら死にます。
しばらく雑談をしながら歩く、かけがえのない時間だ。
「……そういや、まだ時浦先輩が名前を覚えない!って怒ってたぞ」
「えーっと、あの娘ですよね、弓道の。すみません、顔と名前を覚えるのが苦手で」
「ひっどいなぁ」
こんななんでもない会話は───かけがえのない時間だったんだ。
「なぁ、刹那。あれ……」
「んん、あぁ、子供ですね」
無人の踏切だからか、その近くで遊ぶ子供もそこまで珍しくない。
かなり危ないけど、街が何もしないならこちらにできる事もない。安全を願うくらいだ。
「……なんか嫌な予感がするんだよ」
小学校の低学年くらいだろうか、椎名先輩が嫌な予感と言った後、しまっていく踏切にボールを追いかけていく。
本当にタイミング悪く、電車もきている。
「……奇遇ですね、とんでもなく嫌な予感がする」
走るぞ!椎名先輩の声で弾かれるように飛び出す。杞憂であれ、まだ電車がくるまで少しある、ボールをとって早く出ていけ。
「クッソっ!」
ボールをとった男の子は溝に足をとられて倒れる、早く、早く立ち上がってくれ!
…………あ、ダメだ。
どうやら男の子は溝に足がはまってしまったみたいだ。それにこの距離じゃ追いつかない。多分、ギリギリ追いつかない。
「バカ!なに諦めてんだ!」
少し後ろから椎名先輩の声がする。いや、どうしようもないですよ、椎名先輩を追い越しているということは椎名先輩より速いということで。
その位置からみて間に合わないと判断したんです。なら見ない方がいい、残酷な結末を。
立ち止まってしまった時浦刹那を追い越して、音無椎名は走る。
どうしようもないのに、どうにかしようと。
「……そうだよ、なに諦めてんだ、立ち止まってるんだよ!」
間に合え!間に合え!!!走れ!走れよ!!!
あぁ、クソ、椎名先輩の背中が遠い、一度立ち止まるのはやってはいけないことだった。
「よし!」
届いた!椎名先輩は男の子のもとにたどり着く、そして。
「ちょっと痛いけど我慢しろよ!」
そのまま無理やり引き抜いて、こちらに放り投げる。あとは椎名先輩を引っ張れば……
「ああー、刹那」
間に合わない……あぁ、クソ……まだ距離はあったはずなのに……なんでもうそこまで来てんだよ。
いつも遅れてばかりなんだから今日も遅れてこいよ、バカ。
「頑張れよ」
本当に、本当に人生に悔いなんてないように。
どうしようもなく眩しい笑顔で頑張れよって。
最後の言葉なのに、それは世界への感謝でもなく、文句でもなく、ただただ───
時浦刹那に対する激励だった。
「これで全部だよ、どうしようもないあたしの全部だ」
「…………」
語り終えて、空を見る。本当の舞台は夕陽が沈む街中ではなく、夜空の星が美しい異世界だ。
ネオスティアには電車がなくて良かった、あれ以来どうも電車も夕陽も苦手だ。
その後は……大して語るような事はない。
椎名先輩のようになろうといろいろと努力したり。
電車の事故で賠償金が発生し、椎名先輩の親がそれを払う際に両親と仲が悪かったことを聞いた。そして椎名先輩を悪く言ったのでぶん殴ったら停学になったり。
「その……すみません」
んん?どうしてリリアンが謝るんだ?申し訳無い話を聞かせたのはこちらなのに。
「会いにいけばいいと、無責任なことを言ってしまいました」
あぁ、そんなことか。
「気にしないでよ。むしろいつか本当に死んだら会いに行こうって、気が楽になったよ」
できるだけ笑顔で返す、できればリリアンにそんな悲しそうな顔をしてほしくない。
「いつか会ったら、頑張ったなって褒めてもらえるように」
人生の目的ができたといっても過言ではない、いい事だ。
「それよりさ、椎名先輩はどうだった?格好良い人でしょ」
暗い終わり方をしてしまったけど、どうせなら憧れの人の話題で盛り上がりたいのだ。
「……私は……私は自分に大きな欠陥があるというなら、人と関わるべきではないと思います。だから音無椎名の生き方を全ては肯定できません」
「ん、そっか」
残念だ。確かにそんな考え方もあるか、椎名先輩は誰かに求められるような人を演じてた、そしてそれは病気と自分で言うものになってしまった。
「ただ……それでも、自分の欠陥を認めてなお、何かを求めて足掻き続けた。そして誰かを救い続けた、それは尊敬に値します」
良かった、うん、良かったよ。
「そうだね、尊敬する。いろんな言葉をもらったし変えてもらった。だからこれからも、あたしはいい言葉だって、いろんな言葉を噛みしめながら生きていくよ」
きっとこれからもたくさんのいい言葉に出会う。
それをいい言葉だと思えるのは椎名先輩のお陰だ。
「そうですね。いい言葉、です」
「でしょ?リリアンは気に入った言葉はあった?」
「いえ、違います」
んん?あれ噛み合わないな……
「いい言葉だ、というのはいい言葉です。誰かの何かを肯定して、自分の糧にするような。あなたの……いい言葉です」
「初めて言われたかも、ありがとう」
寝ます。お礼を言うとリリアンは背中を向けて毛布にくるまってしまった。まるで照れてるみたいに。
「え、ここで寝るの?」
いや、できるなら元ポムポムの部屋で寝てほしいんだけど……仕方ないか。
「おやすみ」
答えは返ってこないけど、あたしも眠ることにした。
「ねぇ、リリアン。起きてる?」
ふと目が覚めた。いや、本当は少しも眠れてなんかいなかった。
「寝てる……よね」
良かった、良かった、だって……ここからは見られたくない。
「……本当は……本当はさ……怖くて仕方ないよ……突然異世界になんて来て、痛い目にあうし、辛いことばっかりだよ……」
まただ、また涙が流れる。嬉しいじゃなくて悲しいと、怖いの涙が。
「……グスッ……いろんな人と……ズッ会ってさ……助けてもらったし……ズッ……わかりあえたと……グスッ……思ったけどさ……」
今日は……泣いてもいいんだよね、どうしようもないなら、悲しいなら泣いても。
「やっぱり……グスッ……勘違いなのかな……どんなに……ゴホッ……頑張っても……椎名先輩みたいにはなれないのかな……ズッ……だって……」
友達だと思ってた人は、どうしようもなく残酷な事を自分の為だけにした。他の人の声を無視して、それどころか踏み台にするように。
「やっぱり……ズッ……違うんだ……グスッ……どんなに似てても……暖かくても……」
こんなこと言っちゃいけないのは分かってる。
でも言わせてほしい。今日泣いたら、明日からまた諦めないで頑張るから……だから……
「この温かい異世界で……あたしは一人ぼっちだ……」
ここは……ネオスティアは、あたしの居場所なんかじゃないんだ。
どんなに温かくても、好きでも、ここはあたしの世界なんかじゃないんだ。
あぁ、昔思ったよりも世界はくすんでいる。
それだけじゃない、くすんだのはあたしだ。世界もあたしも、どうしようもなくくすんでいる。
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