第107話 前略、変化と昔話とその3と
音無先輩が文句を言われるのは分かる。だがこっちには一つも見に覚えが………………あったわ。アルバイトだ。
一人で生きる為に、食費と家賃くらいは自分で稼ごうと、年齢を偽って始めたアルバイト。両親は家賃を受け取ってはくれないけど、ちゃんと用意している。
「お前は素行も良くないし、騒ぎも起こす。そんな奴と似た姿があったなら、疑われても仕方ないだろ」
…………いや、あれだ。マズイな。
こういうのがバレた時って、もっと緊張したり、苛立ったり、言い争いになるものだと思ってた。
実際にはアルバイトも事実だし、音無先輩のせいとはいえ騒ぎになるのも、非公認の部活をしているのも事実だ。
なんと言おう、あまりにマヌケな事実すぎて腹が立っていたのも忘れてしまった。
「なんとか言ったらどうだ!!!」
なんだか大声をだされた気がするけど、こっちはそれどころじゃない。
何を言われようがどうでもいい、全部事実だからその現実を受け入れるので忙しい。
……本当に、いつからこうなった。
人間嫌いで、他人と関わらない。表情も言葉も冷たくて、世の中とうまくいかなくて。
時浦刹那はそんな人間だったのに、どうしてこうなった。
分かってるさ、うん。悪くない、悪くないじゃないか。
「■■■■■■■■■っ!」
なんだ、まだ続けてたのか。まるで聞いてなかった。
こちらが上の空なのが分かったのか、語気が強まる。さて、どう切り抜けるか。
バンッ!強く扉が開く音がして振り返る。
「こんちわー、後輩を引き取りに来ましたー!」
相変わらず、本当に相変わらず。楽しそうに笑いながら音無先輩はやってきた。後ろに陸上部の部員を連れて。
「音無。ちょうどいい、お前に伝える事が……」
「陸上部部長の音無椎名に?はて、なんでしょう?」
よくもまぁ、非公認のくせに言えるもんだ。
教師の表情が語っている、よくもぬけぬけと。みたいな感じか。
「非公認だろう!」
「ところがどっこい、今日から正式な部なんだなぁ!」
音無先輩は勝ち誇った表情で、折りたたまれた紙を広げる。おそらくだが、陸上部が正式な部に戻った事が書かれてるんだろう。
「な……っ!」
「おやおや、知らなかったんですか?嫌われてるのでは?」
……いい顔してるな、音無先輩。
「いやぁ……先生が無駄だとか騒ぎだとかおっしゃる、校内美化やボランティアに励んで良かった!」
なんと言うか、いつもの音無先輩を知ってると違和感がすごいな。声はいつもどおりだけど、言葉にトゲがある。
「じゃ!あたしたちはこれから打ち上げなんで!刹那もらっていきますね!」
手を引かれる、温かい。多分、大事な事だ。
「待て!時浦にはまだ話がある!」
「んん?刹那、なんかしでかしたか?」
「音無先輩ほどじゃないですよ」
だよな。なんでもないように答える。なんだ、自覚があったのか。
「そいつには飲酒その他の疑いが……」
うだうだと状況が説明される。飲酒その他……そんな話になってたのか、聞いてなかった。
「ふむ、刹那が、居酒屋に……ふむ……」
音無先輩は顎に手をあてながら少し考え、ゆっくり上を見て、下を見て。
「勘違いじゃないですか?」
なんともマヌケな答えを導きだした、酷いもんだ。
「部として認めてもらう為、いろいろやりましたけど。刹那は殆どに参加してますし……真面目な奴なんですよ」
いや、それはバイトの時間が夜の方だからです。
部活したり、清掃したりしても始業時間までに余裕があるだけです。
「なぁ、みんな」
音無先輩は振り返り、部員に同意を求める。
……正直、それは悪手だ。音無先輩とはそれなりに過ごしたけど、他の部員と仲がいいかと言われればそうではない。
しんと静まり返る。そりゃそうだ、仕方ない。当然だ、時浦刹那はその程度の存在だ。
「そのとおりッスね」
最初の音は、何を当たり前の事を。とでも言いたげな音だった。
「だよね、暗めだったけど。最近は……悪くない?」
次の音は同意の音。口癖のようなものを真似ながら続いていく。
「……部にいい加減な奴が多いから、片付けを一人でやってる事も多い」
「勉強を教えてもらいました!そこそこ分かりやすかったです!」
「運動経験がないっていうけど速えぇよな、遅くまで走ってるしよ」
「聞いた話ではひったくりを捕まえた事もあるらしい」
「他にも……」
なんだこの気持ち、なんて言えばいいんだ。
分かんない、分かんないけど、何かで胸がいっぱいだ。
「こんなにも頑張ってる奴に、そんな暇ありますかねぇ?」
音無先輩がまた楽しそうに笑う。あっちから見れば腹立つ顔なんだろうな。
「あー、もう、面倒だな」
まだうだうだと続ける教師に、音無先輩は笑うのをやめて携帯を取り出す。
「最近のは便利ですよね、無実の後輩が大声で怒鳴られてる姿がよく撮れてる。後輩は無抵抗で、まるで脅迫かなにかみたい」
あー、そういうことですか。なんというか、抜け目ないな。
一つ二つ言葉を負け惜しみのように残して、教師は帰っていく。
どうやら音無先輩の……陸上部の勝利らしい。
「んー、やめとくか。間違いはだれにでもあるだろうし。人は生きてれば結構、やり直しがきくんだよ」
勝利の高揚感の中、他の部員がさっきの動画を公表しようと言っている。
音無先輩の答えは、いつものありふれた言葉だった。
「ほれ、刹那行くぞ」
もう一度、なんでもないように差し出される手。
まだこれを握る資格がない、手を引かれるのと握り返すのは違う。
だけど、ないなら今から手に入れよう。
「みんな……ありがとう。ありきたりな言葉だけど、ありがとう」
こちらから歩みよらなければその手はとれない、なら一歩でも前に。
「あれ?刹那……おっと、時浦、泣いてる?」
別の先輩に指摘されて気づく。あぁ、泣いてるのか。
「……刹那でいいですよ」
そう答えるので精一杯だ、でも、悪くない。
「おいおい刹那。泣くなよ男の子だろ?」
あぁ、音無先輩の下らない冗談も、今は悪くない。つまらないけど笑えそうだ。
「ま、嬉しい時は泣くか。うん、それがいい」
流れた少しの涙と、その感情を噛み締めながら音無先輩の手を取る。
「ほらやり直せる。無愛想な後輩が、今度は手をとってくれた」
随分と待たせてしまった。どうせ言っても茶化されるだろうから心の中で。
ごめんなさい、あと、ありがとうございます。
「なぁ、刹那。友達っていいもんだろ?」
「はい、音無先輩。友達は悪くな……いいものです」
いい言葉だ、心から。
「いい加減、椎名でいいぞ」
「りょーかいです、椎名先輩」
どうやら人は意外と簡単に変われるみたいだ、あと少し、あと少しで自分の心がわかるかもしれない。ここでならきっと。
「……っと、こんな感じかな?」
背中を合わせているリリアンに区切りを伝える。
やっぱり長くなった。でも、この長々とした話を覚えていて良かったよ。これだけは忘れてなくて良かった。
「……随分、今と印象が違いますね」
「うーん、触れないで」
いわゆる黒歴史とでも言おうか、一人で生きたいとか痛すぎる。
なかなかダメージがあるね、一番恥ずかしい過去を話すのは……
「若さゆえの……かな?」
今のあたしと比べれば大分固いね、いろいろ。無愛想だしすぐにイライラ、八つ当たりに自分本位。
全く、どうしようもない。ダサすぎる。
「いえ、もっと根本的な……」
根本的な?リリアンは何か思うところがあるのか考え込んでしまった。
「…………」
ジー、っと考えるのをやめて、今度は言いたい事があるみたい。
「何か隠してませんか?」
……鋭いなぁ、心が見えるというのは便利なもんだ。
別に隠してるわけじゃないんだけど、ここからはあまり気分のいい話じゃないんだよ。
「ねぇ、リリアン。ここからはさ、あんまりいい話じゃないんだよ。あたしがどうしようもなくて、大切な人がいなくなる。そんな話、本当は話したくないんだよ」
「……そうですか」
その優しさは嬉しい、言いたくないなら言わなくていい。あたしが傷つくなら言わなくていい。そんな沈黙だ。
「だから、だけど、それでもいいなら……」
ここからの話はあたしだけじゃなくて、椎名先輩の話にもなる。これまで以上に。
だからこそ意外だ、普段からなら考えられない。
「聞いてくれる?幻滅しちゃうかもしれないけど」
なんだろうな、そんな気持ちなんだ。今日はなんだかそんな気持ちなんだよ。
はい。短く答えて、あたしの隣に座り直す。これでようやく昨日と同じだ。
「聞かせてください」
うん、じゃあ始めようか。
出会って、変わって、次は音無椎名と時浦刹那の話を。
お別れの話の前に、あと一つ。
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