第106話 前略、変化と昔話とその2と


「刹那!グラウンドの整備をしよう!頼むよ!」


「はぁ……はいはい、わかりましたよ」


 次の日、他の部活が使うグラウンドを。勝手に使ってるグラウンドを整備する。

 他の部活からも感謝される音無先輩は笑っていた、周りも笑っていた。


「刹那!教材の整理をしよう!」


「……はいはい、わかりましたよ」


 次の日、教師の雑用を二人でこなす。音無先輩は媚を売る為なんて言いながら、楽しそうに。

 教師から感謝される音無先輩は笑っていた、周りも笑っていた。


「刹那!ごみ拾いに行くぞ!」


「はいはい、わかりましたよ」


 次の日、初めて会った時のように河川敷でごみ拾い。どうやら近くの小学校のボランティアを手伝っていたみたいだ。

 子供たちからお礼を言われた音無先輩は笑っていた、周りも笑っていた。


「刹那!今日は……どうしようか」


「……窓でも拭きます?」


「それだな!」


 次の日、校内の窓を拭いた。新聞紙が汚れを落とすなんて事を初めて知った。

 途中から通りかかった人が何人か加わってくれた、みんな笑っていて……悪くない。


「刹那!」


「りょーかいです、いきましょう」


 もう無駄な問答はするまい、今日はなにをしようか。


「音無先輩」


「ん?」


 薄汚れた元陸上部の部室を掃除しながら、音無先輩を呼び止める。


「その……なんて言うか……」


 うまく言葉にできない、どう伝えればいいのか。


「なぁ、刹那。どうだった、ここ数日さ」


 どう始めたらいいものか、言葉を発せないでいると音無先輩が助け船をだしてくれる。そうだ、その話がしたかった。


「……悪くなかったですよ」


 悪くなかった、少なくとも不快な気持ちにはならなかった。


「悪くない……か。ま、最初はそんなもんだよな」


 なんだか少し不満そうに答える音無先輩。残念ながら、まだ悪くないが精一杯だ。


「刹那、みんなあたしだけじゃなくてお前にも感謝してたぞ」


「……みたいですね、不思議なもんです」


 分からない、最初に行動を起こした人間こそ感謝されるべきだ。

 ついていっただけの半端者に、感謝する理由なんてないはずなのに。


「不思議なもんかよ。刹那、全部お前が頑張ったからだよ」


 不思議なもんだよ。分からないよ、人も自分も。


「お前が誰かを助けた事実は変わんないさ」


「……すみません、まだそれを受け入れられるほど賢い人間じゃないみたいです」


「……そっか、難しいもんだな」


 本当に、難しいものだ。だけど言わなくちゃいけない言葉は見つかった。


「ありがとうございます、音無先輩。ほんの少しだけ、変われたと思います」


 苛立つ事は減った。相変わらず人と関わるのは嫌だけど、少しだけもやもやとした感情がはれたような気がする。


「ん、照れくさいからやめろよな」


 それもそうか、掃除を続けよう。


「なぁ刹那。あたしは陸上部を復活させたいんだ。これからも手伝ってくれるか?」


「まぁ、乗りかかった船です」


「なぁ刹那。ここは受け皿みたいなものでさ、ほとんどの部員は、いつかいなくなっちゃうけどさ。刹那はいてくれるか?」


「まぁ、走るのは悪くないです」


「そっか、ありがとな」


 ポツポツと会話しながら掃除を続ける。何かを確認し合うような。


「音無先輩」


「ん?」


 もう一度、呼び止める。聞いてみたい事がある。


「もしも……もしも時浦刹那がどうしようもないピンチになったら……誰を頼ればいいですかね」


 自分がどんな答えを望んでいるのか分からない。

 いや、分かってる。いつもの音無先輩みたいな無責任でありふれた言葉を望んでいるんだ。

 今日はそんな気分だった。


「知らん」


 意外にも冷たい言葉が返ってきた、なんだか少しもやもやする。


「まずどうしようもないピンチになるな、なる前に頼れ」


 質問のしかたが悪かった、音無先輩はそこに引っかかったらしい。

 なら質問を変えよう。なる前に、誰を頼ればいいですか。そう聞くより先に言葉が続く。


「そんで、大丈夫だ刹那。そんなつまんない事を考えなくても大丈夫」


 大丈夫大丈夫、安っぽい言葉だ。


「誰かが助けてくれるさ、お前が誰かの気持ちを動かせたなら誰かが助けてくれるさ。だからもっと頼って頼られてみろよ」


 誰かが助けてくれるさ、相変わらず無責任だ。

 でもいい……いや、悪くない言葉だ。


「そうですね、悪くない」


 その後はとくに話すこともなく、掃除を終わらせて別々の方向に帰って行った。


 ……バイト行くか。


例えばの話だが。誰にも見つからないように、一人声を殺してなく後輩を見つけたらどうするべきだろうか。


 声をかける?見なかった事にする?

 そんな状況で後者を選ぶのが時浦刹那だ……だったはずなんだけど。


「あー、悩みがあるなら聞く……けど?」


「……っ!」


 とんでもなく警戒している目だ、怖すぎる。

 そりゃ自分でも変な事をしてるのは分かってるけど、ほっとけない理由は他にもある。


「……時浦先輩」


 一応、陸上部の後輩だ。相変わらず非公認だけど。


「えっと……弓道がらみ?」


 たしか元弓道部の娘だったような。スランプか何か、突然成績がふるわなくなってしまい、逃げ出すようにやめてしまったらしい。

 名前も分からないけど、音無先輩からそんな事を聞いたような気がする。


「時浦先輩には関係ないです」


 そりゃそうだ、らしくない。だけど


「それもそうなんだけどさ。……そうだ、曰くやまない雨はないらしい」


 ……いや、さすがに下手くそすぎないか?

 無理に真似をするもんじゃないな。


「音無先輩みたいな事いうんですね、時浦先輩も分かったように」


 苛立ったような目をしている。敵意に溢れた、一人ぼっちの目を。


「そうゆうの、イライラします。何も知らないくせに」


 ふむ、なるほど。


「全くもって同感、音無先輩はいつもそうだ。全部分かったように、人生楽しそうにありふれた言葉ばっかり」


「……え?」


「世界はそんな言葉を望んでる、なんてくさいセリフを言うし。話してると苛立つばかりだよ」


「え、ちょっと」 


「お節介、こっちの話なんて聞かないし。あっちには皮肉も通じやしない。迷惑極まりない」


「いや、そこまでは……」


「直接文句をつけても、そっか。の一言で済ませるし、何も知らないくせに偉そうに説教してくるしな」


「…………」


 いやぁ、まさか同じく音無先輩に文句がある人と出会えるなんて、悪くない。


「あの……時浦先輩はよく音無先輩といますよね……?この前も他の一年に勉強を教えてましたし」


 んん?あぁ、そんな事もあった。別段成績がいいわけじゃないけど、赤点を出すわけにはいかない。という音無先輩に引っ張ってこられただけだ。

 教えるのは得意じゃないけど、一度間違えた問題には強いんだよ。


「なのにその……結構不満が……?」


 当たり前だ、基本的には不満しかない。


「もちろん、不満ばっかりだよ」


 でも、それでも


「だけど……そんな所も悪くない。曰く、人はなかなか自分を認めたり許したりできないらしい」


「自分を認めたり許したり……」


「だから誰かを頼っていいらしい。音無先輩が苦手なら他の誰かを」


 まぁ、だからと言って頼られるのは勘弁だが。

 ……らしくない事を言った、そろそろ部活に顔を出すか。


「あぁ、後、青春の汗を流すのもいいらしい。音無先輩曰く」


 なんか宗教みたいだな、まぁいいか。

 少しだけいい気分……いや、悪くない気分だ。


「おい、時浦」


「……なんですか」


 普段からあまり表情をださないよう心がけているが、今回、不満な表情を隠せているだろうか。


「ちょっと来い」


 偉そうな言葉に少しだけ不満ながらついていく。

 できるだけ敵も味方も作らないようにしてるけど、普段からこんな態度だからそりゃ嫌われる事も少なくない。


 この教師もその一人だ。いい加減、自分をハッキリとさせたいものだ。

 少しづつ、何かの答えを出せそうな気がするんだけど。まだ分からない。


「本来は音無に言うべきなんだが、なかなか捕まらなくてな」


 空き教室に連れられ、教師が話し始める。

 やれやれ、音無先輩絡みか……


「いい加減、非公認に活動されるのは迷惑なんだ。これは部員であるお前にも言っている」


 …………今更か。音無先輩、そろそろマズイですよ。非公認活動も。


「お前は音無とよく騒ぎを起こすからな」


 正直な所、学園側から黙認されてる活動だし、それを個人を呼び出してまで伝える事だとは思わないし。そもそも音無先輩があんなにいろんな事をしてるのはもう一度陸上部にする為の実績作りだ。


 だからそれを悪い事のように言われるのは腹が立つ。それに騒ぎにはなるけど、小規模のものだし誰かが必要としてくれるものだ。


「……わかりましたよ。伝えときます」


 腹が立つ……だけど、だけど。

 少しだけ変わった自分が心が言う。気にすんな。まるで音無先輩みたいだ。


「あー、待て、お前にはもう一つある」


 ん?おかしいな、音無先輩が文句を言われるのは分かる。だがこっちには一つも見に覚えが……


「お前に似た生徒が、夜間によく居酒屋に入る姿が目撃されてるらしい」


 あー…………それですか…………

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