第104話 前略、出会いと昔話と

 例えばの話をしよう。

 例えば明日、世界が滅びるとしたら───

 君の人生に悔いはないかい?


「はぁ……またこの広告か」


 一瞬の暗転。つまらなそうに画面を覗き込む自分のつまらなそうな顔が移り、すぐにアニメのような画面が映る。

 シリアスな雰囲気で始まるけど、すぐにコミカルな音楽と共にエナジードリンクを飲みだす。

 本当に下らない、人生の悔いがドリンク一本でなくなるはずもない。


「後悔なんてないんだよ、主人公」


 何度もみた広告だけど、なぜだかこれを見るたびに思い出したように返す。

 勝つことが決められてるお前にはわからないだろうが、世の中には世界が滅びるとしても後悔できない人もいるんだよ。


 誰かが世界を変えるのを、ただ座って見るだけの人もいるんだよ。


「もう少し気を使え」


 我ながら酷い言い草だ、自分が下らない人間なのは自分が原因なのに。

 人と関わりたくない。それが今を死んだように生きる中学二年生の、悩みのようなものだった。


 厨二病とでもいおうか、悲劇的な過去があったわけじゃない。だけど、できる事をなら一人で生きたい。

 まず最初に去年からアルバイトを始めた。年齢的なムリも、適当に誤魔化しておけば案外調べられないものだ。

 

 下らない意地だ、分かっている。

 分かっていても、自分の中の何かがそうさせるから仕方ない。そんな生き方も悪くない。


「…………」


 帰り道の河川敷。不意に足を止める。


「全く、頭が下がる。下げないけど」


 近所の小学生だろうか、何人かの子供が河川敷のごみ拾いをしている。

 日々を自分の為だけに生きてる身としては眩しくて仕方ない。


「ん?」


 その中の一人がこちらに向かって走ってくる。振り返ってみたけど他に人はいない。


「おー!おー!何も伝えなくても先輩のピンチに駆けつけるなんて!……別にピンチじゃないけど、とにかくでかした……ぞ?」


 速いな!振り返ってまた前を向く間に、子供は目の前まできていた。

 ん……小学生みたいな身長だけどうちの制服……先輩か。

 ひと目で先輩だと分かる。理由は簡単、そもそも制服が違う。あれは高等部の制服だ。


「誰だお前」


 それはこっちのセリフだ。お前こそだれだ、初対面の人間になかなかに失礼だ。

 名乗ってやるのも億劫だ、無視して帰ろう。


「悪かったよ!無視しないで!」


 うるさいな、純粋にうるさい。


「なぁ後輩。暇なら町の美化に務めないか?なかなかいいもんだよ」


「暇じゃないんで」


「まーまー、そう言わずにさぁ」


 何度か道を塞がれて、苛立ちは最大限にまで膨れ上がる。

 あぁ、嫌だ。こんな感情を抱くくらいなら、この生き方は正しい。人との関わりは避けたほうがいいんだ。


「いい加減にしろよ!暇じゃないんだよっ!」


 強めの言葉を吐いて走る。苛立ちは増すばかりだった。



「ふぅ……」


 なんだかイライラするな。いや、理由は分かっている。

 苛立ちは昨日の河川敷から今日の授業の終わり、つまり今なお続いている。完全にあの先輩のせいだろう。


「……下らない」


 つまるところ、自分よりも生きてる人間に嫉妬しているだけか。

 生きてるというか……楽しそうな人間に。

 

 はぁ……不安定だ。自分がなんでそんな面倒な生き方をしてるかも分からずに、人を突き放す。

 なんというか、下らない。


「あ!やっと見つけた!おーい!そこの……なんていうか暗めの後輩ー!」


 なんてこった、うだうだと考え込まないで帰るべきだった。多分、昨日の先輩だ。


「いやー!探した探した!お前友達いないんだな!」


 ……昨日も思ったけど、大分失礼な人だな。いや、お互い様か。


「なかなか知り合いがいないから手間取ったよ」


「そりゃご迷惑をかけました」


 なんだ、昨日怒鳴ったことへの仕返しか?まぁ、それくらい分かりやすい方がやりやすい。


「昨日は無理に誘ってごめんね」


 ……は?意外にも、向けられたのは謝罪だった。後輩に向かって頭を下げてる。


「あ、いや、その……すみません。こっちも気が立ってて」


 なんだ、こっちも謝るしかないじゃないか。

 もしかして、これだけの為に探し回っていたのか?


「時浦刹那、格好良い名前だな。刹那、刹那……うん、格好良い」


「……ありがとうございます。でも名前、あんま好きじゃないんですよ。できれば名字でお願いします」


 名前を呼ばれなんとも言えない気持ちになる。キラキラしているというより尖りすぎてる気がする。苦手だ。


「勿体ないなぁ。おおっと、そういやまだ名乗ってなかったね。あたしは音無 椎名。お と な し し い な だよ」


 先輩……音無先輩は二度名乗った。一音一音区切るように。少し過剰だけどしっかり伝わった。


「覚えにくいときは特徴で覚えてくれ。いやぁ……あの先輩は大人しぃな みたいな」


「…………」


 うわ、つまんねえ。びっくりした。

 いや、そう判断するには少し早い。もしかしたら真面目な自己紹介かもしれない。


「……おっかしいな、部内では大ウケだったのに。……これも含めて」


 残念な人だった。


「……んじゃま、お疲れ様でした。さようなら」


 これ以上関わるのはよくない、やはり人と関わるのは疲れる。帰らせてもらおう。


「待って待って!他にも用があるんだよ!」


 いや、本当に疲れたんだけど。……一応、聞くだけ聞いとくか。


「部活やろうぜ!」


「やんないです」


 帰ろう……疲れた。



 事件は唐突に、驚くくらい日常に紛れて起きた。

 

 目の前には女の子、中〜高校生といった年齢で、高そうな服を着ている。

 女の子は泣いていて、少し怪我をしていて。少し離れた所に荒々しく自転車を漕ぐ男。


 帰り道、昨日も歩いた河川敷で起きた事件。分かりやすくいえばひったくりだ。

 

 どうする?何かするべきか?だとしたらなにを?

 女の子を慰める?交番にでも走る?いや……


「一人でどうにかなる問題でもないか」


 なにを熱くなってるんだ。できる事なんてない、怪我も大した事なさそうだし、自分で交番かなにかまで行くだろう。


   半端者のでる幕じゃないんだよ。


 だからさ、そんな目で見ないでくれよ。なにもできないんだよ。どうにもならないんだよ。


「助けて……」


 声に気が付かないふりをして歩きだす。男の背中はまだ見える。


「助けてよ……」


 なんでそんな事言うんだよ。無責任すぎるだろ、自分でどうにかしてくれ。

 そもそも助けてだなんて間違ってる、気が動転して正常な判断ができてないだけ。すぐに冷静になる。


「助けてよ……お願い……」


 あぁ……クソ。あぁ……クソっ!


「あぁ分かったよ!ちくしょう!」


 お願い。どんなにひねくれても、その言葉だけは冷めた身体に血を流してくれる。

 さぁ走るか、まだ間に合う。間に合わなくても恨むなよ。


「あれ、刹那?なにやってんの?」


 あれから大分走った、途中から追いかけてるのがバレて複雑な道を選ばれてしまった。

 だけど地の利はこちらにある。人通りが少なすぎて助けは借りられないけど、なんとか距離は保ててる。


「人助けみたいなもんですよっ!あと!名前!」


「りょーかい、あのチャリを止めればいいんだな。刹那」


 理解が早くて助かる、今は使えるものは全て使ってやる。たとえ苦手で、しつこく名前を呼び続ける先輩でも。


「刹那!そこ曲がって、突き当り左の壁が登れるからそこで待ってて!」


「は?え、ちょっと!」


 何言ってんだ、誰かが追いかけてないと……

 心配をよそにとてもいい笑顔で、今までみた中で一番生きてる表情で


「任せとけ、これでも結構速いんだよ!」


 音無先輩はその小さな体躯からは想像できない、頼りになる声で叫ぶ。


「そんじゃあいっちょいきますかー!」


 なんだか気の抜ける掛け声と共に駆け出す。一瞬だけその後ろ姿に見惚れることにした。



「お疲れ様。しっかしお前はすぐにいなくなるな」


 舞台は再び河川敷。やっと呼吸が戻ってきた所に音無先輩がやってくる。


「交番にカバンと犯人届けて、名乗るほどの者じゃない。なんてリアルで言うやついるんだな」


 実際大した事をしてない、成り行きだ。

 突き当りの登れる壁、猫が通るような道だったけど確かに通れた。後はそこを通る自転車にダイブするだけだった。


「……ありがとうございました、音無先輩。多分一人じゃ無理でした」


「椎名でいいのに。まぁ久々に思いっきり走れたし、いい気分だから問題なし」


 ……いい人なんだな。ちょっと眩しい。


「そうですね。悪くない」


 風が気持ちいい。あぁ、悪くない。


「音無先輩、足速いんですね。驚きました」


「ま、これでも陸上部でして」


 そうか、そう言えば部活に誘われてた。断ったけど、陸上部だったのか。


「なぁ、刹那。なんであの女の子を助けたんだ?なんからしくないように感じるんだよ。椎名先輩的には」


 ……まぁそうなるか、なんと言ったものか。


「助けてって言われたんですよ」


「え?」


「あと、お願いって言われたんですよ」


「……それだけ?」


「それだけです」


 本当に、それだけだ。自分でもよく分からない。


「そっか……そっかぁ……」 


 音無先輩は一人で、うんうんと唸っている。何か思うことがあるのだろうか。


「なぁ、刹那」


 ひとしきり唸った後、音無先輩はまた名前を呼びながら。


「部活やろうか、お願いだよ」


 …………なるほど。


「お断りします。そんなに安くないんですよ」


 これが音無椎名との出会いの話。次に語るのは変化の話。

 ちなみに結局押し負けて入部するのは、これから一週間後の話だ。

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