第103話 前略、後悔と下らない話と

「…………やってしまった」


 昨日も寝た比較的にキレイな瓦礫の上。

 あたしはそこに座り込み、やらかしてしまった後悔でいっぱいだった。


「子供かよ……っ!」


 頭を抱えて唸る。いっぱいいっぱいで気づけなかったけど、意識が落ちるまでの間、リリアンに抱きしめられながら泣きじゃくっていたみたいだ。

 多分だけど、16年間生きてきて一番泣いた。もう子供というには、という年齢で一番泣いた。


「はぁ……」


 もうため息しかでない、ダサすぎる。こんなんじゃいつまでも変われない。

 そして気分の沈む一番の原因は……


「やっぱり、リリアンに見られたことだよねぇ……」


 ポムポムにも見られたとか、一度は泣いているのを見られているだろうとかじゃない。

 悲しくて泣いているのを、取り繕えない感情を、あの人に似ているリリアンに見られたのがへこむ。

 

 ほんの少し、なんとなく、言われてみれば、そんな微細な一致だし。どこがと言われれば答えられないけど、似ていると感じてしまった。


 きっと、だから辛い。


「はぁ……」


 もう一度ため息。幸せが逃げるだなんて迷信は信じていないけど、なんとなく何かが抜けていくような感覚。

 こんな時でも星空は、あたしの気持ちとは裏腹にとてもキレイだ。


「あぇ!?」


 変な声が出た。星空を見上げたまま、身体を仰向けにしかけた時、リリアンがいた。

 さっきまで……いや、寝そべる事ができなかったから未だにあたしの後ろの方に。


「えっと……いつから?」


 全然気づかなかった。あたしの問いかけに、少し申し訳無さそうに答える。


「頭を抱えて唸りだしたとこ……いえ、今来ました」


 あ、最初からだね。誤魔化すのが遅いよ。

 リリアンはポムポムから借りた白いローブ姿で立っていた、メイド服はあたしがダメにしてしまったので洗濯中だ。


「突然いなくなったので心配しました」


「あぁ……うん、ごめんね」


 なんだか恥ずかしくて背を向ける。抜け出した理由も同じく恥ずかったからだ。

 今は真っ直ぐに顔が見れない。そういう切り替えができるほど、あたしはまだ大人ではないらしい。


 すたすた、くるっ。すたすた、くるっ。


「……どうして背を向けるんですか」


「いやその……ごめん」


 逆にどうしてあたしの前にくるんですか。体育座りのままリリアンに背を向け続ける。

 ……あたし、すっごく嫌な奴じゃないか。


「…………」


「…………」


 気まずい……あたしのせいなんだけどさ、やっぱりまだ心の準備が……


「実はこのローブの下は何も着ていないんです」


「なんで!?」


 どうして!?なんでそんな事になってるの!?いや、あたしのせいか!でももっと自分を大事にしようよ!!!


「やっとこっちを向いてくれましたね」


 驚きのあまり振り返る。その先には柔らかな笑顔があった。本当によく笑うようになったね、それはいい事のはずだ。


「あ……うん。いやその……ありがとう?」


 一応、お礼を言っておこう。なかなか愉快な冗談だった。……冗談だよね?


「でもさ、ごめん。今は一人になりたいんだよ」


 その気遣いは嬉しい、本当に。だけどさ……


「嫌です」


 よかった、分かってくれたみたい。なんだかんだ長い二人旅だし、お互いを少しは分かって……

 んん?


「あれ……?今なんて?嫌です?」


「はい、嫌です」


 ……そっかぁ、嫌かぁ……


「そのさ、うん、なんていうかさ、恥ずかしいんだよ。いい歳して大声で泣いて、みっともなくていたたまれないんだよ。一人で己の痴態に悶たいんだよ」


 どうしても一人になりたくて、もう全部伝える。もうこの発言自体が恥ずかしいけど仕方ない。

 どうにか伝わってほしいけど、返ってきたのはなんとも意外で。


「私も考えたんです。今まで隠していた感情をさらけ出して、恥ずかしがる必要なんてないのにそれを恥ずかしがって、後悔する必要ないのにそれを引きずる人に……どんな言葉をかけたらいいのか、どんな対応をすればいいのか」


 ……優しい娘、なんだよね。出会った時は気づけ

なかったけどさ、誰かを思いやれる人なんだよね。きっと心から、最初から。


「こんな時だから、側にいたほうがいいと思いました。こんな時だから、どんな言葉よりもいつもどおりの会話をしようと思いました」


 こんな時だから側に……か、うん、いい言葉だ。

 きっとそれは正しい答えだ、誰かが望んでる言葉だ。


「…………そっか、そうかもね。ありがとう」


「いえ、私もこれが正しいのかは分かりませんから」


 それでも、ありがとう。気にかけてくれた事、恥ずかしがる必要も後悔する必要もないと言ってくれて。


「これなら顔を合わせなくてすみますね」


 あたしと背中合わせになるように、リリアンも腰を下ろす。さてと、今日はなにを話そうか。



「今日もキレイな星空だね。あたしの世界ではなかなか見られないよ」


「はい、キレイな星空ですね。旅を始めてよかったです」


「旅っていうよりお使いみたいなイメージかな、あたしは。ちょっと大げさだよ」


「これだけ歩いていろいろなものを見ました。旅といっても差し支えないです」


「んん?旅を始めてよかったってことは、リリアンのいた所はあまり星空は見えなかったの?」


「どうでしょう、覚えてません。あまり興味がありませんでしたから」


「だったら旅してよかった筈だよ。きっと帰ったらまた違って見えると思うよ」


「はい、私もそう思います。この世界は、思っていたよりキレイな世界でした」


「うん……キレイで……温かい世界なんだよ」


「…………」


 会話は続かなかった。しんと静まり返った空気に……なんだか不安にをおぼえる。


「……どうしても聞きたいことがあるんです」


 真剣な声だった、次の言葉はあたしが答えるよりも速く紡がれた。


「あなたの世界の話が聞きたいんです。あなたの世界のあなたの話を」


「…………」


 多分、断れば諦めてくれる。あたしが今まで過去を隠していたのを知っているから。話したくないのを知っているから。


「どうにもならなくても諦めないように、悲しい時に泣けないように。あなたを変えた人について知りたいんです」


 そうだね、なんとなく話した事があったよね。なら知りたくなるのも当然か、それになんだかこれ以上黙っているのも違う気がする。


「……大した話じゃないよ?」


「構いません」


「長くなるよ?」


「構いません」


「本当に、他の人からしたら下らない。それこそ恥ずかしい話なんだよ」


「構いません」


 そっか、なら話そうか。今日はなんだかそんな気分だ。いや、気分だけじゃないな、なんとなくリリアンだら、か。

 

 今から大体三年前、今よりどうしようもないあたしの話を。


 あたしの憧れに出会った話を。

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