第102.5話 だからと涙と、後略

「「ああああぁぁぁぁぁあああああ!!!」」 


 自分がなにをしているのかも分からない。

 目の前には友達だった人がいて、なぜだか殴り合いをしていて。

 

 分からない。なぜこんなことをしているのか、怒りからだろうか、自分の感情すらも分からない。

 ただ、自分の奥底にある何かが叫ぶんだ。あいつは間違っている。許しちゃいけない。


 両手が痛い。でも少しだけ、このもやもやとした気持ちを誤魔化せるようで、悪くない。


 自分の喉から出たとは思えないほど醜い叫び声と、どうやっても取り繕えないただの暴力が交差する。

 あたしの拳が彼に届いて、おそらく世界で一番下らない争いは終わった。

 イライラする。言葉は通じなかったのにこんなどうしようもない力は簡単に伝わる。


「…………あれ?」


 なんだろう、足に力が入らない。

 膝をつき、それでも身体を支えられないから両手を地面につく。

 

 痛みが走り、少しだけ意識は正常に戻る。


「なん……だろっ……これ……」


 目から水が流れ出す、あぁ涙だ……仕方ない、泣こう、泣いてしま……


「あっ、だめなんだ……」


 そうだ、多分、今、あたしは……悲しいんだ……分かんない、分かんないけど、悲しいんだ……

 だったら泣いてはいけない、そうじゃなきゃきっと強くなれないから。


「あっ、あっ、あぁ……」


 本当に、見られたくなかった。どうして今そこにいるんだろう。

 上手く言葉がでない、なぜだか近くにいるリリアンに、一人にしてほしいと、なんでもないと言えない。


「ぐすっ……あっ……ごほっ!……っ!……」


 だめだ、咳き込むばかりで言葉にならない。

 やめてよ、見ないでよ、あたしを分かってくれるなら一人にしてよ。


「あっ、ぐすっ……ごめっ……ん、すぐっ……」


 違う、あたしがそんな事を言うのは違う。

 リリアンの顔は見えないけど、多分、失望しているんじゃないかな。

 上手くいかない、その次は泣き出すんですか。そんな冷ややかな目をしているかもしれない。

 

 大丈夫、大丈夫だよ。すぐに泣き止むよ。いつもどおり暗い感情を塞いで、また憧れを目指して誰かの為に生きるよ。

 だから……見限らないでほしい。誰かから失望されるのは嫌なんだよ……だから……


「…ツ…っ!」


「ぐすっ……え……?」


 聞き取れなかった、リリアンは不甲斐ないあたしに怒るのではなく、冷たく突き放すようでもない、優しさと何かが混じったような声で何かを言って。

 その直後、あたしは何かに覆われた。



 「大……で…。あな…は自分…で……事をしたん…す。だから……」


 だから……?分からない分からない。言葉が聞き取れない、どうしてほしいの?どうすればいいの?


「…から泣い…いいん……。どうし……もなく悲しい……泣いていいんで…。きっ…その涙は必要なものだから」


 少しづつ、言葉が染み渡る。ゆっくりと理解して、心がもう一度騒ぎ出す。


 あぁ、そうか、泣いていいんだ。


 不必要だと思ったものを、異世界にきて必要だと言われた、分からない、分からないけど……いい言葉だ。


 何か優しいものに包まれながら、あたしは泣いた。嬉しかったり、誰かの為だったりじゃなくて。


 ただただ、自分の為に。自分の心の為に泣いた。

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