第97話 まるで物語の主人公のような、後略

 …………今なにが起こったのだろうか。


 私はついさっきまで戦いを見守っていた。一人の少女が己の無力さを知りながらも、自身の生き方貫こうとする様を。

 だが今、私の視界にその少女はいない。


 共に歩き始めてからここまで様々な事があった、その心が揺らぐ事も、迷い立ち止まる事も。

 それでも大事な場面ではいつだって強く輝いて、私が知らないものを見せてくれる白い光。


 その眩しさに少しだけ目を綴じた、同時に彼女の無事を祈った。


「どうして……」


 そんな中で突然の衝撃に目を開いた。

 そして彼女はなぜだか安堵したような表情を浮かべ、次の瞬間にはドラゴンの腕で吹き飛ばされていった。


 ほんの一瞬だけ呆れた感情を抱いてしまったのは、彼女の普段の行いが原因か、自体を飲み込めない自身の愚かさが原因か。


 違う、そうあってほしかったのだ。

 いつものように後で笑い合えるような、彼女の譲れない性分や多少抜けた所のある性格が原因の、そんな当たり障りのないお話であってほしかった。


 その身体は激しく打ち付けられて転がった。

 それだけならまだいい、私の心情は置いておいて彼女はなぜだかとても頑丈だ。きっといつもなら一つか二つの小言を呟きながら立ち上がる。


 だけど今、彼女は立ち上がらない。

 当然だ、なぜならその身体は火口へと落ちていった、もう誰の手も届かない。


 本当は落ちていないのかもしれない。

 そんなはずはない、私は彼女が火口に吸い込まれるのをただ見ていた。


 もしかしたら彼女は飛べるのかもしれない。

 そんなはずはない、そんなスキルをもっていない。


 そうだ、剣を壁にさして踏みとどまっているのかもしれない。

 そんなはずはない、なぜなら折れた剣はそこにある。

 

「なにが……」


 なにが枷を外すだ、間に合わなかったじゃないか。

 私の意地を守ろうとする優しさに甘えていただけじゃないか。


 なにが死なないで下さいだ、私が守らなかったんじゃないか。

 もしも本当にそう思うなら手段を選ぶべきじゃない、そんな事にも気づかなかったじゃないか。


 なにが主人公だ、なにが……


「あぁ、よかった。セツナさんは最後まで……僕の理想の主人公だった」


 不快な声が聞こえる。心からそう思ってるような、理想が理想であったような。

 その名前を口にしないでほしい、少なくともこの男にその権利はない。


「そうですよね。自分の主人がいなくなればそんな表情になるはずです」


 私たちの関係を誤解しているようだが訂正する気も起きない。改めて言葉にしようにも自分ですらよく分からない。

 だが自分の表情には少しだけ興味がある、私は……ちゃんと悲しんでいるのだろうか。


「大丈夫、すぐに同じ所に連れていきますよ」


 男のまるで善意からの行動と言わんばかりの表情が不快だ。

 ゆっくりと近づいてくる、どうやら杖で昏倒させてから落とそうとしているらしい。

 

 今からでもこの男は殺そうか、私も奪われたのだから命を一つ奪われても文句はないはずだ。

 

「…………」

 

 なぜだろう、どうにも身体から動かない。

 

 昔に読んだ物語を思い出した。

 一人の男が愛する人、大切なものを奪われて復讐に生きる話だ。

 激しい怒りに身を任せながら悠久の時を生き、復讐を続ける悲しい話。


 私がこの話を読んだ時は、今よりも自分の感情に無頓着ではあったが確かに悲しいと思ったはずだ。

 同時に人は何かを失った時に激しい怒りを感じると学んだ。


 だが実際に今の私の心は喪失感が大半を占めている。どうやら私は何かを失った時に、怒りよりもそういった感情が優先されるらしい。


「それではリリアンさん」


 思い返せば何かを失うような経験はほとんどない。

 あまり物や人に関心を持たないように生きてきた、だからこの感情が何かを失ったからなのか、彼女を失ったからなのか……分からない。


 だけどもし、これが彼女を失ったからなら、もしそうだったら……


「さようなら」


 あぁ、残念だ。どうやら答えはだせないようだ。

 いつ死んでも構わない、そうやって生きてきた。

 

 だが私は共に歩く中で変わったのだろう、だってこんなにも悔いがある、未練が心残りが。

 こんなにも悲しいならせめて、悔いがあるならせめて、一つくらい……


「一度くらい……ちゃんと名前で……」


 呼んでおけばよかった。ふざけたり、誤魔化したりしないで、真っ直ぐに彼女の目を見て。

 なぜだか恥ずかしくてずっと呼べなかった。


「セツナドライブっ!!!」


 目を閉じた瞬間、もう聞けないと思った声が聞こえた。

 その声は口に出すのは恥ずかしい必殺技を叫びながら響いて。


「ごめん!心配かけた!」


 優しさと強い意志を感じるその声は慌てていて、つまりいつもどおりで。

 服はボロボロで身体は傷だらけ、つまりいつもどおりで。


「ただいま、リリアン」


 まるで物語のような、何度倒れても倒れても立ち上がる。


 ボロボロで傷だらけ、私の主人公はそこにいた。

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