第96話 前略、覚悟と……
「…………」
いくら待っても答えは返ってこない。
当たり前か、もしもこんな説得で考えを改めるくらいなら最初からこんな事はしない。
平和的な解決を。なんて思ってみたけどなんとも難しいものだ。
そもそも平和的なとは?なんて下らない事も考えてしまう。
こんな時いつものあたしだったらどうするのだろうか、どうしていただろうか。
分からない。ゆっくり薄れていく記憶は元の世界でのあたしを塗りつぶしていく。
たとえ思い出せなくても、こんな経験があるはずもないのだが。
確かな事があるとすればあたしがあたしであること、ならもっとシンプルに考えてみよう。
友達と、すれ違ってしまった友達と分かり合いたいなら、間違っていると伝えたいなら、伝える時間があるのなら。
話そう。少なくとも今のあたしはそれが一番だと思う。
大丈夫、きっと大丈夫。人を信じるというのはシンプルなくらいがちょうどいい。
「……あの遺跡での事もさ、全部分かっててみんなを危ない目に合わせたのかな」
そうだったら嫌だな……
でも、あたしにはあれが演技には見えなかった。
みんなで一緒に死にかけて、みんなで一緒に勝ち取った。そう思いたい。
「……そんなはずない、僕はあの遺跡で本当に死にかけた、本当に諦めた」
よかった、あの冒険は嘘じゃなかった。
「ただ一つ嘘があるなら、あそこにあの人がいるのを知っていた、そして秘密が眠っている事を」
少しだけ残念だ、冒険に嘘はなくとも彼にはあった、やはりあの違和感の残る行動には意味があった。
「ですが危なかった、まさかあんな技術を持ってるとは思わなかった。ここで死ぬ。心から思いましたよ」
「あたしもだよ、今よりも弱かった。今だってできない事ばっかりだ」
なんだか懐かしいな、随分と昔に感じる。移動が徒歩だから実際に結構時間がかかってるんだけど。
「そんな事はない、力や技術は劣っていてもあの状況で諦めずに周りを鼓舞するあなたは……誰よりも強かった」
「過大評価だよ、あたしがそういう生き物なだけだし、あの時は孤高なる暗黒騎士もいた」
夢中でそれどころじゃなかったけどさ、それにあの勝利はリッカやラルム君がいての勝利だ。
あたし一人なら静かに死んでる。
「なんであれ、あなたの姿で立ち直れたのは事実です。夢を諦めないでいられたのも。だから……」
殺したくない。
酷く悲しい声だった、きっと……いや絶対に本心からの言葉だろう。でも、だから
「ごめん、止めるよ。やっぱり嫌だよ、友達が辛そうなのは」
「そうですか……なら僕もあなたを振り切って前に進みます」
嫌な予感、あたしのすぐ隣に何かの魔法陣。
すぐさま前に回避、振り返るとそこに何かの……いやドラゴンの腕。
漆黒の鋭い爪が数秒前のあたしの痕跡を消す、そんな使い方もできるのか。
「なら先に叩く!」
大丈夫、今なら避けれる。前に!前に!
まだ少し距離がある、普通の回避に最速の踏み込みを混ぜ、駆ける。
「『セツナドライブ』……いえ、踏み込みだけの簡易版でしょうか」
「正解だよ!」
振り下ろした剣は杖で防がれる、強化魔術というのは厄介すぎる。
それにしてもよく見ているな、あたしのファンだろうか。
「うわっと!」
ドラゴンの腕、多分、くらったら痛いじゃすまない。
また少し後ろに弾かれてしまった。
問題ない、なら何度でも距離を詰めればいい。
「ずっとセツナさんの事を考えていた、あなたのような主人公になる為にはどうすればいいか。そしてどうやって倒そうか」
あ───嫌な予感がする。どうしようもないくらいに、あたしじゃない誰かを害するような。
「こうすればいい、僕の最高の主人公ならこれを避けられない」
その声で喋るな、そんな何かを捨てるような。
例えば自分にとって一番大切な憧れを自ら壊してしまうような、悲しい覚悟を決めたような声で。
「っ!!!」
振り返る、静かに戦いを見守っていた仲間の。
リリアンの隣にはあの魔法陣があって、まだそれに気づいていない。
なんで、目を閉じている、あ、ラルム君は瞬きかなにか、なんでもよかった、リリアンが目を閉じた瞬間を狙いたかった。
何やってんだ考える時間があるなら飛べ!こんな状況で壊れているなんていったら許さないぞ!!!
叫ぶ時間も、躊躇う時間もなくあたしは飛ぶ。
間に合え!間に合え!!間に合え!!!
「……え?」
キョトンとしたようなリリアンと目が合う。
よかった、間に合った。リリアンを突き飛ばして装備変更、大剣を取り出し衝撃に備える。
「ぐぇっ……」
なんだ、思ったより、痛いで済む。
身体は動く……はず。吹き飛ぶ身体がどこかにぶつかったらまた立ち上がろう。
「ぐふぅっ!」
地面に叩きつけられてバウンド……痛い。
でもこれで止まる……止まる?
「あれ……」
おかしいな、地面につかない。
痛みに耐えながら目を開く…………
「あぁ、そういうことね……」
意外と近かったんだね。力なく呟く。
肌をひりつかせるこの空気。
その原因を生み出す火口はあたしを歓迎してくれるらしい。
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