第92話 前略、勝利と締まらないと
「使いますかね、あたしも必殺技を」
シトリーの爆発が必殺技かは分からないけど。
あたしにもあるんだよ、同じくらい格好いいのが
「本当は、使う気なんてなかったんだけどね」
『セツナドライブ』は1日2回、これは仕方ない。ここは使いどころだ、早く助けてあげよう。
この後のドラゴン退治の為に温存だとか考えてたけど、誰かを泣かせるくらいならそんなのいらない
誰かを為ならそんなの下らない、後の事は後で考えよう。
走り、距離をとる。
必要ないんだけど、やはりルーティーンだ。
「怖いけど!気合と根性と度胸だ度胸!」
走りながら、自分の頬を叩く。
シトリーの懐に飛び込むのは怖いけど、それよりもなんとかしたい。そんな気持ちの方が大きい。
だって、そうじゃなきゃ目の前の優しい女の子は、あたしの……友達はまだまだ間違え続ける。
「それは悲しすぎる」
悲しすぎる、だから───飛ぼう。
今日もいつもの距離、準備万端。
「そんじゃあいっちょいきますかー!」
一歩、二歩、まだちょっと。
三歩、四歩、もうちょっと。
五歩、行こうか!
「『セツナドライブ・改』!」
駆ける、飛ぶ、世界は加速する。
まだあたしの力じゃなくても、この踏み込みはあたしのもの。
最速の踏み込み。装備変更で履き替える、刹那を生み出す両足の相棒に!
…………んん?加速……してない?
「うわっ……とと」
踏み込んだ分浮いて、すぐ降りる。
あれ?まさか……
「壊れた!?このタイミングで!?」
いやまぁ、最初の村の成り行きでもらった素人作のこんなブーツが、今までの使えたことの方がおかしいんだけどさ!
「何も今じゃなくても!」
って!ブーツにツッコミを入れてる間にシトリーは眼前まで来ている、マズイ!
「とか言ってられない!」
慌てて後ろに飛ぶ。ダサいけど、死ぬより全然マシ!
「第二の案といきましょうか」
そのまま走る、もつれそうな足は気合で抑える。
走って、大きな岩に捕まりシトリーの方を向く。
「度胸だ度胸!」
一周回って怖くない……いや怖いけど!
あたしに向かって横なぎに繰り出される斧、それをしゃがみ込んで躱す。
「もらったぁぁああ!!!」
必然的に斧は岩に食い込み動けないわけで、あたしは頭がいい。
「…………」
シトリーは……無言でトリガーを引いた。その瞬間起こる爆発。
忘れていました……あたしは頭が悪い。
「ぐふぅっ!」
直接くらったわけじゃないのでダメージはあまりないけど、なかなかに変な声を出しながら転がる。
「セツナー、大丈夫ですかー」
「大丈夫だよ。ポムポムこそ今度は取乱さないの?」
転がった先にはポムポムがいた。どうやらトカゲ退治は終わったらしい。
「あれは忘れてくださいー。セツナを見てたらなんとかなりそうだなー、と」
いやぁ、なかなか忘れられませんよ。
なんとかなりそう。うん、いい言葉だ。そう思ってくれたら嬉しいな。
ポムポムの手を借りながら立ち上がる、しかしブーツが壊れて?しまった、どうしようか。
「あのジャンプが必殺技ですかー」
「違うよ、ちょっとブーツの調子が悪くてね」
完全に壊れたわけじゃないと思うんだけど……いや思いたいんだけど。
「だったらいい考えがありますよー」
ポムポムは素早くあたしの後ろで杖を構えて。
「『セツナドライブ』ー」
「ポムポム!これ!違うよ!」
衝撃。背中をぶっ叩かれて、シトリーの方に吹き飛ぶ。
えぇい!仕方ない!行こうか!
「いやマズイ!?止まれぇぇええ!!!」
シトリーは無言で斧を振りかぶり、あたしの到着を待つ。
止まる!いや、止まらないと死ぬ!本気で!
…………結果だけを述べると、なんとかなった。
ブレーキの為に足を地面に擦らせながら飛ぶあたし。シトリーの斧は体勢を崩したあたしの頭上数センチを通り過ぎ、あたしの頭はシトリーの柔らかなお腹に吸い込まれるように……
「あの……ごめんね?」
「〜〜〜〜っ!」
シトリー、悶絶。
「……殺……す」
物騒な言葉を残してシトリーは眠ってしまった。
おそらく戦闘による疲れだろう。うん、そうに違いない。
「完全にセツナのせいですねー」
「だよね。シトリー、ごめん」
もう聞こえてないだろうけど、もう一度謝る。
いや、本当に……
「あの……勝ちました……一応」
「締まらないですねー」
本当に、本当に締まらない勝利だった。
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