第81話 前略、心と寄り道と目的と

「ねぇ、リリアン。あたしは何なんだろう」


 口に出すとバカみたいな質問だ。

 自分が何か。それは心の中で自問するなら分かる話だが、人に聞くのは無責任な行為だと思う。

 だって、そんなの自分にしか分からないから。


「…………」


 ようやく話を始めてくれたのに、リリアンは再び口を塞いでしまった。

 あたしは待つ。分からないでもいい、何か言葉をくれるのを。


「……分からない、そんなの分かるわけない、本当のあなたなんて」


 答えは返ってきた。真剣だけど少し砕けた口調で、分からない。

 やっぱり自分でも分からない自分を、人から教えてもらおうなんて虫がよすぎる話だ。

 それならあたしは、どんな心で、どんな色であればいいのだろう。


「それでも……」


 それでも、リリアンはもう1度、つぶやくように。

 それでも、あと1度、まるで願いや祈りのように。


「それでも私の答えでいいなら」


 聞かせてほしい。リリアンから見たあたしは何なんだろう。


「今のあなたが……あなたの色が好きです。その色で、その心でいてほしい」


 その言葉がいつものより深く胸に響いたのは、おそらく初めて聞いた、リリアンの好きが原因だろうか。


「憧れがあって。それが自分とかけ離れたものでも、それでも諦めず手を伸ばす、そんな生き方で」


 あたしのこれまでを、生き方を肯定してくれた。


「幾度と失敗しても立ち上がり。その前向きさは周りの人を変える。そんな明るく希望に満ちた色で」


 リリアンはあたしの心と行動を肯定してくれた。


「あの日、あなたが語った主人公を、私は見てみたい」


 あの日。多分、あたしがもう1度あたしの物語の主人公になろうと決意した日。

 あの時は何と言ったかな。


「頑張ったり、頑張らなかったり?」

「はい、勝ったり、負けたり」

「笑ったり、泣いたり?」

「はい、喜んだり、悲しんだり」

「傷つけたり、傷ついたり?」

「はい、怒ったり、謝ったり」

「手に入れたり、手放したり?」

「はい、誰かの為だったり、自分の為だったり」

「躓いたり、転んだりしながら?」


 はい、静かな肯定。

 よかった、あたしは覚えてた。あたしの……


「それでも最後にはみんなが笑っている、ハッピーエンドな物語の主人公に、きっとなれます」


 時折見せてくれる優しい笑顔で、あたしのこれからを肯定してくれた。

 全く、あたしはいつもそうだ。誰かの言葉でやっと心が決まる。


「ありがとう。うん、あたしもそう思う、そうなりたい、そう生きたい」


 長い話を終えて、座り込み空を見る。キレイだ、降ってくるような。


「そういえば何で寄り道なんてしたの?魔術の為かな?」


 大事な話が終わって一安心。ちょっと落ち着く為に、気になっていた事を尋ねる。


「それもありますがあくまでオマケです。単純に見てみたかったんです、ネオスティア一美しいと評判の学園を」


 考えもしなかった。だってその為に結構な寄り道をした、その割にはなんとも可愛らしい理由だった。


「意外な理由だね、そんなに見てみたかったの?」


 思ったままを口にした。本当に、変わったのはあたしだけじゃないらしい。


「はい、見てみたかったです」


 言い切って、楽しげに。


「この世界を好きだと言った、あなたと見てみたかったんです」


 おやすみなさい。毛布と言葉だけを残して、リリアンは掘り起こしたベッドの方へ帰っていった。


「……頑張ろう」


 この崩壊を元通りにすることはできないけど、自分にできることをしよう。

 眠ろうと思っても、リリアンが見せた別れ際の表情が瞼の裏にまで浮かんできて、なんだか寝付けなかった。


「悪くない、いいことだ」


 あたしは夢を見ないけど、今日夢を見れるならきっと幸せな夢だと思う。

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