第80話 前略、心と過去と
「ごめん、やっぱりわからないや」
「……そうですか」
考えた、あたしは賢い方ではないが考えてみた。
それでも答えはでなかった。やはりあたしは、セツナでしかないのだ。
「ごめんね、分からないことばっかりでさ」
「いえ、仕方のないことです」
そう言ってリリアンは目を閉じた、なにか言葉を探すように。
「リリアンはさ、何だと思う?あたしを」
しばらく待ってもリリアンは何も喋らなかった。ならばと思いあたしから聞いてみた。
これまで隣を歩いてくれたもう一人の憧れに、自分が何なのか問いかけてみた。
リリアンはまだ考え込んでいる。我ながら理不尽な質問だ、自分ですら分からない事を聞いている。
「あたし、実は記憶が薄れてるんだよね。多分エセ天使の仕業でさ」
原因が分からないので、天使のせいにする。
ネオスティアを知れば知るほど、馴染めば馴染むほど、なぜだか元の世界を思い出せない。クラスメイトの名前すら忘れてしまった。
それでも大切な事は覚えてる。過去の自分と、変わった自分と、その原因になった憧れを。
リリアンは何も答えなかった。
「さっきも言ったけどさ、昔は人間嫌いだったんだよ」
人間嫌いというか、人と関わるのが怖かった。
別に何かしらの原因やトラウマがあったわけじゃない、あたしは、昔のあたしはそんなつまらない人間だったのだ。
リリアンは何も答えなかった。
「自分からできるだけ人を遠ざけてさ、その方が周りの為になるって、本気で信じてたんだ」
だってそれならお互いに無傷でいられる。
強い言葉も使った。差し出された手も振り払った。今思えば本当にくだらない。
リリアンは何も答えなかった。
「今から3年くらい前かな、知らない先輩に話しかけられたんだ」
本当に突然、面識のない先輩に関わることになった。その後部活に誘われた、迷惑な話だと思って断った。
ふと思ったのだが、先輩という概念はあるのだろうか、ありそうだ、こんな世界だ。
リリアンは何も答えなかった。
「その人がまたしつこくてさ、突き放しても突き放しても毎日来るんだよ」
その後いろいろあって、結果的にはあたしが折れて陸上部に渋々入部したんだ。
リリアンは何も答えなかった。
「毎日その人を見たんだ。その人の周りにはいつも大勢の人がいて、みんな笑っててさ。あたしもそんな風になりたいなって、太陽の様に温かく生きたいって思ったんだ」
それがあたしの憧れで、目標で、夢で、道標で。
だからその背中を追った、少しづつでも近づきたかった。
リリアンは何も答えなかった。
「……遠くに行っちゃって、もう会えないんだけどさ」
「会いに行けばいいじゃないですか、きっとその人もあなたに会いたがっています」
リリアンは答えた。嬉しい言葉だ、先輩がそう思ってくれたらいいな。
「うん、だといいな。でも凄く遠いんだ、それにどこにあるかも分からない場所に行っちゃって」
天国はどこにあるんだろう、今度天使にでも聞いてみようか。
あたしの世界とネオスティアの天国が、同じかは分からないけど。
「なら頑張るしかありませんね、次に会った時に胸を張れるように」
「そうだね、頑張るよ」
リリアンは少しづつ、あたしの言葉に答えてくれた。ならもう1度聞いてみよう。
理不尽で無責任な質問を。
「ねぇ、リリアン。あたしは何なんだろう」
降ってくるような星空は、その輝きであたしたちを照らしている。
今は舞台から逃げ出さない為の光ではなく、まるであたしたちを見守るような曇りない空模様だった。
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