第62話 前略、名前と学園と…………と

「ストーム……いや、インフィニティ……?」


「…………」


 ここ何日かずっと武器やらなんやらの事で散々騒いだので、リリアンはもはやあたしの呟きに何の反応も返さない。


「あえてのフィニッシュ……?」


 はぁ……少し大きめのため息。

 それでも振り返る気はないのか、足を止めないままにリリアンは聞いてくる。


「何だって言うんですか、さっきから、そろそろ怒り……へし折りますよ」


「なんで言い直したの!?」


 なぜ怒るのままじゃダメだったのか、どこを、どうやって。

 聞きたいことはいっぱいだが、墓穴を掘りそうなのでこのぐらいにしておく。


「いやね、必殺技の名前をちょっとね」


 そう、忘れかけていたが、あたしには必殺技がある。


 『疾風のブーツまーくすりー』による、とんでも跳躍により飛び、斬る。

 この刹那の斬撃。名を『セツナドライブ』という、ダジャレじゃない、偶然だ。

 さらに今では最速の踏み込みを経て『セツナドライブ・改』に進化した、最強である。


「アニキさんを倒した超ラッシュ、これはもう必殺技ではないかと」


 『テンカ』の街でなんか勢いのままに繰り出した、最速、連続の装備変更によるラッシュ。

 あれは今のあたしにできる最強の攻撃手段だろう、ならば必殺技と呼ぶのがふさわしい。


「なるほど、あなたにしてはまともな悩みですね」


 あたしの悩みが真剣なものだと分かったからか、リリアンはこちらを向く。

 意外な話だが、リリアンは必殺技に名前を付けることに肯定的だ、むしろ推奨まである。


「でしたらストーム、嵐はなかなかいい表現なのでは?」


 しばらく考えた後、リリアンはあたしの案の中から1つをチョイスした、静かだったけどしっかりと聞いてたみたい。


「じゃあ『セツナストーム』で決定しちゃおうかな!」


 うん、いい名前だ、やはり必殺技は叫ぶものだろう。


「……止まりなさい」


 ピタッ、とリリアンは立ち止まり、あたしにも呼びかける。

 嫌な予感がする。恒例の、よく当たる。


「なぜつけたんですか、わざわざ、この世界にある数ある言葉の中から、その……セ……」


 おかしい、同意は得たはずなのにリリアンが今更苦情を言い出した。

 それに。


 そうですか、そんなに恥ずかしいですか、あたしの必殺技は。

 アニキさんといい、リリアンといい、頑なにあたしの必殺技を認めない。

 

 おそらく、言い淀んだ、セ、は技名に入ってるセツナだ。

 アニキさんと一緒だ、ダサいから言いたくない、納得がいかない。


「もしかして、最近言葉に詰まるのはあたしの必殺技に文句があると……?」


「…………そうです」


 やっぱりか!

 何か間があったのは気になるけど、今大事なのはそこじゃない!


「いい?『セツナドライブ』のセツナは、あたしの名前じゃないんだよ」


「そうなんですか?」


 そうなんだ、刹那には極めて短い時間という意味があり、そのぐらい速く、というイメージでつけた。

 つまり正確には『刹那ドライブ』だ。


 あたしの名前と被っているのは偶然だと伝えた、リリアンは刹那という単語自体知らなかった。


「だからそんなにダサくないと思うんだけど…」


 いやどうだ?リリアンの事だ、ここでバッサリと……


「刹那……刹那……セツナ……」


 なんだろう?ぶつぶつと必殺技の名前を呟いている、審議中かな?


「いい名前ですね」


 ゆっくりと顔を上げて、意外な答えが返ってきた


「あなたの……あなたの必殺技はいい名前です」


「やっと分かってくれたね」


 長かったここまで……本当に長かった……

 この安堵は顔に出さない、代わりに当然!といった自信ありげな顔を作る。


「目的地はすぐです、行きましょう、セツナ、ドライブ」


「名前みたいに言わないでもらっていいかな!?」


 いくらなんでもそれはダサい、というよりヤバイ。


 リリアンの楽しげな表情を見ながらついていく、否定と訂正をしながら。


「今更ながら、普段からできないんですか?あの動きは」


 はて?あの動きとはなんだろうか。まぁ話の流れからして『セツナストーム(仮)』の事だろうか。


「うーん、頭がこんがらがっちゃうんだよね」


 少しだけ動ける分、余計に考えてしまう。なんというかハイな気分じゃないとできないのだ。

 もう少し戦い慣れれば、普段から楽に戦えると思うんだけどね。


「ままなりませんね、相変わらず」


 全くだ、我ながらもっとスマートにできないものだろうか。

 気のせいかもしれないけど、なんか少しあたしみたいな話し方をするリリアンの背を追う。こう、なんというか……悪くない。



「うわーお……」


 なるほど、人は本当に驚くとこんな声がでるのか、覚えておこう。


 森を抜け、光が見える、その光の中には……


「学園というか、お城?塔?だね」


 周りを澄んだ水に囲われたお城があった。

 おそらくここが目的地、『アロロア』だろう。


「キレイですね、私も来るのは初めてです」


 リリアンも見とれているのか、あたしではなくお城を見て言う。

 いや、あたしを見てるな。目があった、なんの用だろうか。


「見てよリリアン、魔法陣」


 あたしはお城の上、空を指差す。

 流石の魔法学園。幾何学的とでも言うのだろうか、とにかくあたしが想像する魔法陣がお城の……いや、学園の空にあった。


「……見たことのない魔法陣ですね」


 んん?珍しい、リリアンは事戦闘においてとても詳しい。

 そのリリアンが知らない魔法陣が、学園の空に浮かぶだろうか?


「なんだか嫌な予感がしますね」


 あたしも同感だ、そしてそれはよく当たる。


「行ってみようか」


 リリアンに伝え、歩き出そうとした時。

 揺れた、地面が。

 震えた、大気が。

 感じた、崩壊を。


「ドラゴン……」


 魔法陣からはドラゴンが現れた。

 まさに、ドラゴンと聞けば誰もが想像する漆黒の鱗をもったドラゴンが。

 

 そりゃあ異世界だ、ドラゴンぐらいいる。

 でも今はマズい、この状況はダメだ。

 急げ!急げ!走れ!走れ!間に合わなくなるぞ!


「いた!おーい!」


 何を言ったらいいのか分からなくて、とりあえず呼びかける。

 生徒だろうか、白いローブの人たちはあたしに気が付かない。みんな空を見上げて何かを言ってる。


 あたしが行ってもできる事はないかもしれない、でも手が届く!その足があるから!


「セツナドラ……」


「ッ!」


 間に合わせる、その一心で飛ぼうとした時、首を引かれる、リリアンが引っ張ったんだ。

 その事を糾弾すべく振り返る前に、空から落ちてきた炎はあたしの目に映る全てを焼き尽くした。

 学園も命も、なにもかも。


「嘘でしょ……」


「…………」


 会いたかったけど会いたくなかった、こんな状況で。


「ラルム君……」


 ゆっくりと、あたしが視認できる距離までドラゴンは降りてくる。

 久しぶり、なんて言えなかった、言いたくなかった。


 その背には、かつて共に戦い、同じ夢を追うと約束した友達が乗っていた。

 どうやら彼は夢を叶えたらしい、最悪の形で。

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