第6話 前略、実戦と誤解と
「はぁ……はぁ……大丈夫……?」
「ひぇっ……!」
「落ち着きなさい。あなたのせいで、大丈夫じゃない悲鳴をあげてるじゃないですか」
違うの、思ったよりも距離があったからで、あと背中のカゴが重かったからで。
誓って目の前の少女に興奮したわけではない………本当だよ?
女の子はちょっと近所まで、なんてラフな格好で魔物のでる草原にいた。背負っている大きなリュックが目を引く。
「それに、襲われるのは今からです」
振り返ると、さっきまで誰もいなかった草原に不穏な影。大型犬のような魔物が現れていた。
「えぇ……最初はスライム的な魔物じゃないの?もっと基本的やつ……」
「バクバクは基本的な魔物です」
どうやらこの大型犬達はバクバクというらしい。確かにバクバク食べそう、人間とか。
「それでは実戦開始です」
「あの……お手本とかは……」
初陣だ、もしかしたら助けてくれるかも……
淡い期待を込めてリリアンを見てみる。
「そんなものはありません。甘えないで下さい。それに、戦い方なら教えてあげたでしょう?」
デスヨネー、この数時間の特訓を思い出す。
リリアンはなかなかにスパルタだった。確かに剣なんて生まれて初めて持ったけれど、それに振り回されてる感じはしない。
まるで自転車の乗り方のように、泳ぎ方のように、昔から経験があったかのように、忘れられない技術のように。
あたしの中にしっかりと根付いている。これがこの世界における『習得』なんだろうな。
教えてくれたのは武器の使い方ではなく戦い方。歩きながらの淡々とした話しだったけど、わかりやすく、為になる講義だった。
あたしのカゴに石を入れながらだけど……
「そんじゃあいっちょいきますかー!」
それでもなんだか、頑張れそうに感じるんだからあたしって単純。
思い入れのある掛け声、気合が入る。背中を押される気がする。
あれ?この剣よく見ると……まぁそういうものか。
それはそうと。
「カゴ、降ろしてもいい?やっぱり重いよこれ」
「許可します。初陣で死なれても困りますから。女の子の方は私が見てましょう、あなたは目の前の敵に集中して下さい。ちなみに、手伝いませんよ」
そう言ってリリアンは下がる、女の子の前に。女の子は少し怯えてその影に隠れている。
助けてくれないのは残念。でも心強いな。少し息を止め、構える。
あたしは盾を持ってないし、突きに適した剣でもない。基本は半身に構えて左手はなにかあっても対応できるようにフリー、後は自分なりの構えで。
先手必勝!1番近くのバクバクへ渾身の薙ぎ払い!
「せいっ!!」
反応を超えたあたしの剣に、大きく吹き飛ぶバクバク。
どうやら戦える、あたしも捨てたものじゃない。
すかさず残りの2頭の方を向く、仲間が倒されたことに危機感を覚えたのか、同時にあたしの方へ駆け出した。
それならそれで構わない。
「ネオスティアにきてから死んだり、気を失ったりばっかりだけどさ」
左手に握りこんだ手頃な石2つを投げる、1つは外れたけど、もう1つは見事に命中。
「本来、運動神経も反射神経も、そんなに悪くないんだよ!」
石の当たらなかったバクバクの方を向く、向かい合い、あたしを傷つける牙や爪をみて恐怖を覚える。でも……
「後ろにいる悪魔の方が!何倍も怖い!」
実際に殺された身としては、こんなのなんでもない!
軽く当て、距離を取ろうとしたけど、バクバクは怯まない。それなら!
「突く!」
突き。長くはないから向かないとは教えられている、同時に当たればどこでも効果的だってことも!
バクバクの牙より早く、あたしの剣がその身体に届いていた。
石を当て、怯ませた残りの1頭に目を向けると、仲間を倒されたことから戦意喪失したみたい、こちらに向かってくる気配もない。
「行きなよ、わざわざ追いかけたりもしないよ」
言葉が通じるかわかんないけど、とりあえず。戦わずに済むのが1番だもんね。
ジェスチャーが通じたのか、バクバクはあたしに背を向けて走りだそうとした瞬間───
あたしのすぐ横を強烈な風が通りすぎ、バクバクを跡形もなく消し飛ばした。
振り返れば、黒い大剣を携えたメイドが、リリアンがはじめて出会ったときのような、なにかに苛立ったような表情で立っていた。
「甘いですね。甘すぎます」
「この場合は優しいって言ってほしいな」
少しだけ、ほんの少しだけ納得がいかなくて。言い返す。今のはやらなくて良かったことだ。
「そんな考えだから、死ぬんです」
「死んだって曲げられないことはあるよ」
それは、リリアンもわかっていることなのに。
近づいてくるリリアンに、あたしも向かい合う。
「あの……お姉さん達……」
言い争うあたしたちに、女の子がおずおずと間に入ってくる。
おっと、子供の前で喧嘩はよくないね。反省。
「あぁ、ごめんごめん、怪我はない?」
「ありがとうございました」
きちんとお礼が言えて偉いなぁ、子供は素直でいいよね。
「えっと……ノノっていいます。この先の村に住んでいて、なにも持たずに来てしまったので、助かりました」
ペコリ、と頭を下げる。可愛らしい仕草に思わず頬が緩む。よきかなよきかな。
「ロリータコンプレックスというものですね。知ってます」
「違うよ!?」
なんてこと言うのこのメイド!?やめてよ!変なことを吹き込むの!
「えと……お姉さん達は旅の途中ですか?でしたらお礼もしたいのでわたしの村まで来てほしいです!」
願ってもない提案だ、歩きっぱなしでそろそろ疲れたし。
多分このままだと、当たり前のように野宿させられるだろう。
あとはリリアンから許可がでるかだけど……
チラリとリリアンの方を見る。
「ありがとうございます。ノノさん、安心して下さい。この少女愛好家は、私が責任をもって見張りましょう」
「だから違うって!」
だいたいなんでそんな言葉を知ってるんだこのメイド。
そもそもそんなこと言ったら、リリアンもロリコンの恋愛対象に含まれてしまうと思うんだけど……
「あはは……それじゃあ行きましょう!黒いお姉さんと……」
思わずノノちゃんも苦笑い。黒いお姉さんがリリアンだとしてあたしは……口籠っちゃうところをみると、いい特徴が見つからなかったのだろう。
ふむ、確かに高そうではないけど、普通の?冒険者って感じだろう。新米のお姉さんとかどうだろう?
助け船をだすため名乗ろうとしたところ…
「みすぼらしいお姉さん!」
どうやらノノちゃんは大分失礼だ。
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