第4話 前略、和解?と出発と
はい、あたしは死にました。異世界転生してから10分……いや、5分くらいで。
体感としては元の世界で消されてから、胡散臭い天使にツッコミを入れ、塔から落とされて拘束付きのメイドさんに殺される……
なんともハートフルな展開だ。
「死んだけど……死んでない……」
もちろんうまく致命傷を避けたとか、スゴイチートが発動して無傷とか、そんなわけはない。
ただ単に、天使からもらった大体なんでも叶う券が消費されたにすぎない。
死にたくないと、諦めきれないと。
死ななかった。その代わりにどうやらあたしは、ここまでにもらった特典のほとんどを失ったらしい。
残ってるのは、あと1回大体なんでも叶う券と約束の荷物と……天使へのテレホンカード……うん、これはいらない。
ついさっきまであった高揚感、身体の充実感、そういったものがなくなっていることを、ハッキリと理解できた。
後ずさり、冷や汗を拭う。
「面倒ですね、転生者というのは」
メイドさんが口をひらく、怖い……今頃になって死を、ハッキリと意識してしまった死に対して、恐怖する。
そして人を殺しておいて「面倒」の1言で済ます彼女に対して、それでも震える身体を武者震いだと言い聞かす。
「ですが無限ということもないでしょう。とりあえず何回か殺しておきましょうか」
本当に面倒事にうんざりしたようにため息を1つ。
ハッキリと告げられる殺人予告。
嫌だな……痛いのは……心が、感覚が、本能が、逃げ出そうと語りかける。逃げることには賛成だけどさ、でもさ
「ごめんね、約束しちゃったから、死ぬわけにはいかないんだよ」
言ってしまった、もう戻れない。あたしは約束を破れない。
「あぁ、そういえばそうでしたね」
少しだけ、メイドさんの表情が変わる。
「私はその荷物を受け取りにきたんでした」
本当に、今思い出したかのように彼女は言う。
「一応、名乗りましょうか、私はリリアン。青の領地の領主、ルキナ・レッドソーン様のメイド兼剣です」
お見知りおきを、優雅に頭を下げるその仕草に目を奪われる。
キレイだなぁ、ついさっき殺されたことも忘れてしまいそ……いや忘れらんないね。一生。
「おそらく、あなたの持っている荷物にも、宛名があるはずです」
猶予をくれたみたいだし、荷物を確認する、そういえばドタバタしててよく見てなかったけど、荷物っていうか……封筒?中に何か入ってる。
宛名は……『親愛なるるルキちゃんへ♡』と書かれている。
「どうですか?」
「うん、親愛なるルキちゃんへ♡って書いてある」
「そうですか」
興味なさそう、ちゃらんぽらん女神め、会ったことないけどさ。
「それでは渡して下さい、殺してでも奪いますけど」
さぁ、メイドさんは手を伸ばす、あたしに向けて。
……多分、悪い子じゃないんだろうな。きっと本当にそのルキナさんの関係者なんだろう。敵意は感じるけど悪意は感じない……みたいな?
でもね
「きっとこれは、あたしがやんなきゃいけないことなんだと思う。お使いのお使いみたいなものなんだけどさ」
我ながら面倒くさい性分だ。仕方がない、それがあたしだ、時浦刹那だ。
「それに、ちゃんと届けないと元の世界に帰れないっぽいし」
それになにより、途中で投げ出したり諦めたりは、あたしらしくない。
あたしは出来るならそんな生き方がしたい、そんな憧れを追っていたい。
「……怖くないんですか?」
「怖いよ、足だって震えてる。それでも、あたしがあたしじゃなくなるほうが、きっと何倍も怖いよ」
うん、心からそう思う。選択に後悔はない。
「その信念で死ぬことになっても?」
「死ぬことになっても!」
メイドさんはあたしを見据える。それはまるであたしの心を見ているような、その本質を見通すような綺麗で鋭い目で。
足を叩いて震えを消す、消えてくれない。なら仕方がない、せめて前を向こう。
さぁ、戦おう、抗おう。それで死んでも、最後まであたしであろう。
「そうですか、わかりました。では行きましょう」
深呼吸して目を閉じる、休憩は終わりみたいだね。
覚悟をきめて目を開くと彼女は……
「なにをしてるんですか、行きますよ」
あたしに背を向けて歩きだそうとしていた。
え、なんで?
「えっと……殺さないの?」
「もしかして殺して欲しいんですか?」
「滅相もないです!」
やろうと思えば瞬殺だからね。冗談でも言ってはいけない。
「ただ、殺す理由が少なくなっただけです。領地はそこそこに遠いので、荷物持ちにでも使ってあげます。頑張って私の機嫌を取ってください」
「機嫌ねぇ……」
きっと機嫌をとるにも理不尽な事が……口には出せないけど。
「ちなみにただ単純にあなたが気に入らないで、100殺すくらいです」
「理不尽だ!」
思わず口にだしてしまった。
「元の世界に帰りたがっているなら……まぁ、良しとしましょう。ちなみに自分から荷物を持ちにくる人は嫌いじゃないです」
「持たせて下さい!荷物!」
滑り込んで手を差し出す。
どうやら持たない選択肢はなさそう。命があるなら安いものだよ、うん。
「あと……」
「あと?」
考え込むように口に手を当てるリリアン、まだなにかあるのかな?
「自分を曲げなかったところは嫌いじゃないです」
うん、やっぱりいい子っぽいね。殺されたけど。
「ありがとう、それじゃあ行こうか。弱っちくて迷惑かけちゃうけどよろしくね」
守ってもらうんだ、荷物くらい甘んじて持とう。
リリアンの後ろについていく。
「あぁ、それでしたら問題ないです」
リリアンはこれまでとはうってかわって、とてもいい笑顔で。
「これからは、みっちりと鍛えてあげますから」
デスヨネー、ありがたい申し出を受け止めつつ、あたしはリリアンを追いかける。
あたしの物語がようやく始まる。そんな気がした。
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