第9話両立の苦労者
舞子は田原が家に来たその日の翌日から、彦田と納言と共に東大入学を再び目指し始めた。そのおかげか入社当日よりも、舞子の顔はイキイキとしている。そんな舞子が会社に着くと、先輩の女性社員から声をかけられた。
「どうしたんですか、先輩?」
「実は私、こんな会社辞めようと思って辞表をだしたの。それで認めてもらえたけど、引き継がれなければならない仕事があるの。だから、あんた引き継いでくれない?」
先輩の口調は何だか深刻な感じが全くしない。そもそもこの先輩はこの会社で働きだしたのが、舞子が入社する二か月前だったのだ。
「分かりました・・・。それで先輩、どうして会社を辞めようと思ったの?」
「そんなの、給料が安すぎるからじゃない。エリートな私には見合わないから、もっと給料がいい会社に転職するの。」
そう言って先輩は去って行った、仕方なく作業を始めた舞子だったが、引き継ぎ作業は初めてなので、どうすればいいのかが分からない。焦っていると、田原に肩を叩かれた。
「どうしたの、舞子ちゃん?」
「田原先輩、引き継ぎ作業を教えてください!」
「えっ、どうしてあなたが?」
舞子は田原にこれまでの経緯を話した。
「よりにもよってあなたとはねえ・・・、手伝ってあげる。」
「ありがとう!」
こうして田原のサポートにより、引き継ぎ作業は終わった。
「ふう、終わった・・・。先輩、ありがとうございました!」
「どういたしまして。」
「そういえば私に引き継ぎ作業をやらせた先輩が言っていましたけど、ここって給料が安いのですか?」
「ああ。大抵いるのよね・・・、左遷前のプライドが捨てれない奴。ここの給料は普通の中小企業並みに出るけど、左遷されたエリートにすれば給料が一気に安くなったものなのよ。」
「そういえば田原さんも、元はトラベルアンカーで働いていましたよね。その時より、給料は下がったと思いましたか?」
「思った、けど転職するのもなんだかなあって思ったの。」
「そうなんだ・・・。」
舞子と田原は、それぞれの仕事に戻った。
舞子と彦田と納言は、夕食後すぐに勉強をしていた。目標は来年一月十八日に行われる、東大センター試験でA判定を出すことである。
「ここはそう、それでいいの。」
「ああ、成程。」
「舞子、この問題はどうやって解くの?」
「ママ、ここはねこうして・・・。」
彦田と納言にとっては、数十年ぶりの受験戦争。忘れている事が多いので、舞子に再教育してもらっている。これに仕事も合わせて、舞子の苦労は以前の五割増しになった。
『やっぱり仕事しながらの受験は大変だわ、何か手を打たないと・・・。』
するとそこへ杉浦が部屋に入ってきた、杉浦は勉強している三人の姿を見て驚いた。
「何をしているのですか!!」
「何って、勉強じゃない。」
「舞子様、あなたは泰三様から成人するまで、両親の面倒を見るように言われているのです。そんな勉強なんてしていたら、差し支えてしまいます。」
「杉浦さん、これは僕と納言もやりたい事なんだ!」
彦田が大声で言ったので、杉浦は唖然とした。
「だからお願い、舞子にも勉強させてあげてください!」
納言は杉浦に土下座した、杉浦は彦田と納言の気迫に押されてぐうの音も出ずに部屋から出ていった。
「パパとママの気迫、久しぶりに見た・・・。」
舞子も気迫に押され、シャーペンを止めていた。
三日後、舞子と彦田と納言は「栄光塾」という所へと向かっていた。前日の会社での昼休憩の時、舞子は田原に相談したところ「栄光塾」を紹介された。栄光塾は東大合格者数がベストテンの枠に入るほど高く、田原もここで勉強して東大入学したのだ。
「着いたわね。」
「何か名前の割には、小さくないか?」
栄光塾があるのは、小川町にあるオフィスビルの五階である。
「こんな塾で大丈夫かしら・・・?」
「ママ、そういうのは入ってから考えましょう。」
舞子に背中を押されて、彦田と納言は栄光塾へと入っていった。受付の人に申請して待っていると、講師の寺沢がやってきた。
「えーっと、沖浦舞子様と彦田様と納言様ですね。私は講師の寺沢と言います。」
「あの、私達この塾で東大入学を目指したいのです。」
「やる気は十分ですね、ではこちらへどうぞ。」
三人は寺沢に案内され、指定された席に座った。寺沢が向かいの席に座ると、話しが始まった。
「この栄光塾では、基本的に個別指導の体制を取っております。一人一人の苦手をマンツーマンで見つけながら、伸ばしていくのです。」
舞子と納言は驚いた。若返る前に納言が舞子に通わせていた塾は、学校みたいに一人の先生が複数人の受講生に指導していた。
「お三方は、こういう塾初めてですか?」
「はい、今までも塾には通っていましたが、個別指導ではありませんでした。」
「兄弟そろっての申し込みは初めてですね・・。」
「はい、僕達勉強大好きな三兄弟です!!」
本当は親子なのだが年齢的に信じてもらえないので、申込書の記入欄に舞子の弟と妹になるようにつじつまを合わせておいた。
「元気がいいね、ところで舞子様は受験の経験はありますか?」
「はい、東大に六回挑戦しました。でも六回とも落ちました・・・。」
「六回も挑戦するとは、ガッツがあっていいですね!」
「そうですか、ありがとうございます!」
「それではまず、三十分間体験してみましょう。」
舞子と彦田と納言は、それぞれ指定された席に座った。そしてそれぞれの講師の元、勉強に励んだ。
「何だか、傍に先生がいるだけでかなり安心する。問題を解くペースも、一人の時よりかなりいいかも。」
舞子はマンツーマン指導のシステムに、これまでにないはかどりを感じ、それが快感に繋がっていた。
「今までの塾よりも勉強のクオリティが高い、これならいいかも。」
舞子はすっかりマンツーマン指導が気に入っていた。そして体験が終わり、再び舞子と彦田と納言は元居た席に座った。
「体験お疲れ様でした、感想はどうでしたか?」
「はい、とっても良かったです。」
「先生がつきっきりって、本当にいいですね。」
「今までの塾とは違う意味で素晴らしいです!」
若返る前、塾不信になっていた納言も、すっかり気に入ったようだ。
「それは何よりです、それで入会を希望しますか?」
「はい、希望します!!」
三人は同時に言った。
そして、帰り道での談話。
「ねえ、やっぱりあの塾辞めない?」
「駄目だよ、せっかくママも喜んでいたのに!」
「そうだぞ、今更どうしたんだ?」
「受講料が高いのよ、今のままでは絶対に赤字になるわ。」
「だったら私がいつもより働く、勿論残業もする!!」
「よし、私もバイトを掛け持ちするぞ!」
「あなた、大丈夫?」
「なあに、若返ったんだ。前よりも無理ができるさ。」
「ハア・・・・、本当に一直線ね・・。まあ、そういうの私は好きだけどね。」
「納言、もしかして惚れ直した?」
「そ・それは違うわよ!ていうか、早く帰って勉強よ!!」
「はい!!」
そして三人は、意気揚々に帰宅していった。
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