第8話切り開く決意とその未来
舞子が沖浦堂に就職して二週間が経った、通勤の道も仕事の内容も覚えた舞子はこの日、初めて飲み会に誘われた。
「ビールを飲むのは慣れているけど、大丈夫かな・・・?」
舞子はそう思いながら居酒屋に入った、そして社長の鬼塚充が来た所で飲み会が始まった。そしてニ十分後、酔いの回った社員たちが昔の思い出について語りだした。
「それでさー、東大に居た頃は本当に良かったよなーー!」
「ああ、色々面倒なこともあったけど何よりも、「東大生だ!」というだけで結構モテてたんだよな。」
「俺思っていたけど、東大卒業後の将来について全然考えていなかったなあ。」
「俺も、だって東大卒業してそれからどうするかなんて、就活に決まっているじゃないか!ハハハハハ!」
ただの思い出話なのに、舞子には夢の聖地だった東大を軽率されて、怒りがふつふつと煮えていた。
「そういえば田原さん、東大通ってて何かいいことありました?」
舞子は驚いた、あのクールビューティーな眼差しの田原さんが東大卒だなんて・・・、しかし田原は冷静に言った。
「そうねえ、特に無かったわ。最初は必死に目指して努力して、そして合格して感動する。けどその感動も入学してから一か月で自然消滅、すぐに勉強に取り掛かりずっと続けていたから、楽しいことなんて特に無かったわ・・・。」
舞子はついに怒りを抑えられなくなり、テーブルを叩いて怒鳴りだした。
「さっきから何なんですか!!東大卒業しても特に意味が無いなんて・・・、あなた達には学びの聖地で学んだという誇りは無いのですか!私が挑んでも開けなかった門を、あなた達は開くことが出来た・・・。それなのに、その憧れと希望を潰すセリフは何なの!!私の夢は、抱くだけ無駄な夢だったの!!」
そして舞子はカバンから財布を取り出して、そこから更に一万円を出すと、鬼塚の所に向かった。
「社長、申し訳ありませんが今日はもう帰らせてください。」
強面の鬼塚だったが、舞子の真剣な顔と突然なことに呆然としていたため、「ああ・・。」と頷いて一万円を受け取ることしかできなかった。そして舞子の初めての飲み会は終了した。
しかし翌日、舞子の足取りは重かった。昨日の事を刈谷と両親に話したのだが、「社長の前で飲み会を早退するなんて、とんでもないことだぞ!!」と言われて、自分が酷く傲慢なことをしたことに気が付いたのだ。
「もしかして、もうクビなのかなあ・・・。」
舞子が沖浦堂に入ると、田中から「社長室に来てほしい」と言われた。舞子は、酷く怒られて解雇を言い渡される未来を想定した。そして社長室に入ると、鬼塚と田原がいた。
「舞子君、昨日は突然いなくなって驚いたぞ。」
「ごめんなさい!社長の前で、なんて失礼なことを・・・。」
「ちゃんと会費は出してくれたから気にするな。呼んだのは、田原さんがあなたに謝罪したいそうだ。」
「えっ・・・。」
舞子がきょとんとしていると、田原が謝罪してきた。
「ごめんなさい!あなたの気持ちも知らずに、昔の不満をべらべらと・・。」
「そんな、急に怒って帰ってしまった私もいけませんから、いいですよ。」
「ありがとう・・・。出ていった後、田中くんから全て知ったの。あなたが東大入学を目指していたことを。」
「私も知っている、六回も挑戦するとは見事なものだ。」
「でも合格しなきゃ、意味がないです・・。」
「そう落ち込まないで、何なら私が今度いい塾紹介するから!」
田原は元気よく言ったが、もう夢を諦めていた舞子は断ろうとしたが・・・、
「駄目よ!六年も挑戦して今更諦めるなんて、勿体ないじゃない!チャレンジし続けるのよ!!」
ここで鬼塚が咳払いして、仕事に戻るよう田原と舞子に指示をしたので、田原と舞子は仕事場に向かった。
その日から舞子は黙々と仕事を進めていたが、田原が猛烈に東大入学を進めるようになった。仕事中ではないが、お昼休憩や退社の時間を狙ってくる。
「ねえねえ、もう一度東大目指さない?」
流石にうっとおしくなった舞子は、お昼休憩に田原から言われてついにキレた。
「いい加減にして!!私の気持ちも知らずにずかずかと言わないで!!」
「あなたの気持ちは知っている、夢の東大に入学したかったんでしょ?」
黙っていれば美しい田原が、この時は醜く見えた。
「・・・・じゃあ、どうして私が諦めたのか気になる?」
「えっ・・・・、それはとても気になるわねえ。」
田原が関心がある顔で頷くと、舞子はスマホで杉浦に「今日、上司を連れてくる。」と伝えた。
午後六時三十分、舞子が帰宅し田原が沖浦家に上がった。
「うわあ、予想はしていたけど本当に豪邸だわ・・・。」
「お帰りなさいませ舞子様、そちらがお客様ですか?」
「はい、田原さんと言います。」
「田原様、私は沖浦家の執事の杉浦でございます。」
杉浦がお辞儀すると、田原もお辞儀した。
「執事までいるなんて・・・、本当にお嬢様ね。」
「ついてきて、両親に会わせてあげる。」
舞子は田原の手を引っ張り、リビングに入った。リビングでは、彦田がテレビゲームをしていて、舞子は裁縫をしていた。
「パパ、ママ。上司を連れてきたよ。」
「初めまして、田原幸子です。」
彦田と納言は、手を止めて田原の方へと向かった。
「舞子がお世話になっています、沖浦彦田です。」
「沖浦納言です。」
「あら、よろしくね。ところで両親は?」
「今、挨拶したのが両親です。」
田原は一瞬、沈黙した。
「えっ、彦田と納言って弟と妹じゃないの?」
「はい。この二人が正真正銘の、私の両親です。」
彦田と納言は頷いた、田原は信じられない驚きで素っとん狂な叫びを上げた。
舞子と彦田と納言は、田原を椅子に座らせると、これまでの経緯について田原に話した。
「若返りって昔話だけの事かと思っていたけど、現実は小説より奇なりって本当にあったんだ・・・。」
「うん、本当に今でも信じられないよ。」
「でも若返ったら女性としては嬉しいでしょ?」
「田原さん、それは全然ちがう。」
納言が静かに言った。
「どういうこと?」
「若返った私はそれまでの部署から、窓際の部署へ異動になった。残業が出来ないから、仕事を任せられなくなったの。」
「あ・・・・そうよね・・。」
田原は納言の言っていることを理解した。
「若返る前の両親は教育オタク並に、私の東大入学を助けてくれた。だから私は両親に感謝してる。だけど二人とも若返ってそれぞれ会社を解雇されてしまって、それで祖父から二人が成人するまで面倒を見ろと言われているの。」
「じゃあ、以前は別の所に住んでいたの?」
「うん、文京区の方に。」
田原はしばらく腕を組むと、こう言った。
「舞子さんの事情は分かったわ。」
「本当?じゃあもう・・。」
「でもやっぱり東大は目指せるわ、私が効率のいい方法を教えてあげる。」
「えっ!?」
「ていうかいっそのこと、親子で目指したら?」
これには彦田と納言も驚いた。
「私たちもということ?」
「そうよ、せっかく若返ったんだから、もう一度未来をやり直すチャンスよ。事情が変わっても、夢を諦めてもいい理由にはならないから!」
田原の情熱のこもった言葉に舞子の心は動いた。
「そうよね・・・・、私間違ってた、もう一度東大入学を目指す!今度は両親と一緒に!!」
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