第7話夢とリアルの葛藤
泰三の家に引っ越ししてきた日の夜、舞子は元彦田の部屋(自分の部屋)で枕で顔を覆いながら泣いていた。
「なんで、なんでなの!!あんなに応援していたのって・・・、あんなに力を貸してくれていたのって・・・・。」
事の発端は十分前、執事の杉浦に呼び出された舞子は、「沖浦堂」に就職することになった事を杉浦から告げられた。東大卒業まで就職しないことにしていた舞子は当然拒絶、しかしなんと彦田が就職するように言ってきたのだった。
「パパ・・・嘘でしょ・・・?」
「本気だ。頼む、就職してくれ。」
「嫌よ、嫌!だいたいなんで、勝手に私が働くことになっているの!!」
「それは泰三様の力によるものです。」
杉浦が言った。確かにそれなら説明が付くが、舞子としては納得できない。
「泰三様は彦田様と納言様が成人まで戻る間に、舞子様に面倒を見させるつもりなのです。就職させようとするのも、生活費を稼ぐためです。」
「でもパパもママも若返ったとはいえ子供じゃないんでしょ?」
「確かに家の手伝いとかはできるけど、稼ぎを得るには若すぎるんだ。だから三年の間だけ頼む!」
「絶対に嫌、私は働かない!」
すると彦田は突然呟きだした・・・。
「なんだよ・・・・・僕と納言の夢を君に押し付けてしまったのに、本気で叶えようとするなんて、ある意味親孝行だよ。」
彦田の顔は冷ややかに笑っていた。
「パパ、どういう事?」
「ずっと解らなかったのか?俺と納言はただ、あの時の理想をお前に押し付けていただけなんだよ!!」
「あの時の理想って何・・・・?」
「私と納言には、東大に入学という目標があった。当時は顔を合わせていなかったがな、互いに青春を糧にとにかく家でも予備校でも、勉強三昧の毎日だった。しかし互いに合格することは無く、何度挑戦しても不合格。そしていつの日からか心が折れ、『目標に折り合いをつける時が来た。』と考え、目標を捨てる事を決めた。しかし私と納言にはやはり東大合格の未練を、心のどこかで捨てれずに抱えていた。そして舞子が生まれた時、『この子には私達二人の夢を叶えてもらおう。』と決めたんだ。」
衝撃の事実に舞子は驚いた、夢が無かった自分に両親が夢を与えてくれたと思っていたが、本当は両親が叶えられなかった夢を押し付けられていたのだ。
「そしたら納言は後々反抗するだろうと思っていたが、なんと六年も浪人してもなお夢を叶えようとしている。舞子よ・・・いい加減に現実を見ろ!!」
「わあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
彦田の心無い怒鳴り声に、舞子は発狂し泣き出した。そして椅子を突き倒したまま、自分の部屋へと向かった。
翌日、舞子は杉浦から今日が出社日であると告げられた。朝食を食べ終え、渡されたスーツに着替え、カバンを持ち、刈谷が運転するベンツに乗り込んだ。
「今日と明日は、私が職場までお送りいたします。」
「何で二日だけなの?」
「舞子様には明後日から定期券を使用してもらいます。今日退社したら、駅に向かい手続きを行います。」
舞子は納得した、新入社員が毎回ベンツで送迎してもらったら非難の的になる。そしてベンツは二十数分後に信濃町にある、小さな会社の近くに停まった。
「舞子様、ここからは歩いてください。退社の時間にまた来ます。」
「わかりました。」
舞子は歩いて会社の中に入った、するともみあげ頭の三十代後半の男が舞子に声を掛けた。
「私は沖浦堂の専務・孫田安道だ、君が舞子さんだね。」
孫田は名刺を舞子に渡した。舞子は受け取ったが、いまいち引っ掛かるものがある。
「はい・・・・。」
「どうされました?」
「私、この会社の面接を受けてないのに・・・入社していいのでしょうか?」
「ああ、そりゃ気になるよね・・。でも安心して、私が言うのも変だけどこの会社は大したことないから。」
舞子はきょとんとした、そして孫田の案内で社長室に来た。
「社長、舞子様を連れてきました。」
社長は舞子の方を見た、眉毛と黒髭が濃くていかつい感じがする。
「君が沖浦舞子か・・・。私は沖浦堂の社長・鬼塚充だ。」
「・・・よろしくお願いいたします。」
「この沖浦堂は、商品の卸売とネット販売の事業をしている。」
「あの、おじいちゃんから話は聞いていますか?」
「ああ、無条件で雇うのを条件に新入社員を入れてやると言われただけだ。」
「そうですか・・。」
そして舞子は社長室を出て、職場に向かった。
その日、舞子は雑務を任された。入りたての舞子にでも出来る仕事だったのだが・・、
「あれが泰三の孫娘だってよ。」
「だからって面接抜きで雇うなんて・・・。」
やはりコネ入社に対する批判が舞子の耳に入ってきた。
「やっぱり、ズルいよね・・・。」
舞子は自分の罪深さを感じていた、そしてうっかり持ってきたお茶をこぼし、女性社員のスーツを濡らしてしまった。
「うわあ!!申し訳ありません!!」
「ふう・・もういいわ、自分で用意する。」
美しく冷たい視線を受けた舞子は心にダメージを受けた、それに他の社員の陰口が追い打ちをかける。傷ついた気持ちを抱え、舞子は後片付けをした。そしてお昼休憩の時、一人の若い社員が声を掛けた。
「あの、お隣いいですか?」
「ええ・・、どうぞ。」
「僕は田中卓夫、僕は一か月前に入社したんだ。」
「そうなんだ・・・。」
舞子は正直、田中がうっとおしいと感じていた。
「そういえば沖浦さん、さっき田原さんにお茶をこぼしてしまいましたよね?」
「えっ!そんな急に・・・!!」
「ああ、ごめんなさい!嫌な思いをさせてしまって・・・。」
「いいえ。あの人、田原さんというんだ・・・。」
「はい、元は『トラベルアンカー』の社員でしたけどね、どういう訳かこの会社に異動させられたそうです。」
「トラベルアンカーって、一流の旅行会社じゃない!!」
「ええ。ていうかこの会社は、同じ系列会社の左遷先になっているんです。」
「そうなの?」
「はい、専務の孫田さんも元は沖浦建設の社員でした。」
ということはこの会社は、泰三の持つ会社の内の最下層ということになる。
「てことはあなたも・・・?」
「いいえ、僕は面接を受けました。でもここには、落ちぶれたエリートのたまり場です。」
舞子は、今後この会社でやっていけるか不安になった。
午後六時、退社した舞子は刈谷の運転するベンツに乗って水道橋駅に向かった。そこで信濃行きの定期券を購入した。
「これからは自分の足で向かってください。後、これを受け取ってください。」
刈谷からメモを渡された、そこには信濃駅から沖浦堂への道が書かれていた。
「ありがとうございます、何から何まで・・・。」
「気にしないでください。」
「ところで、刈谷さんにも叶えたかった夢があったのですか?」
「そうですね・・・私は元が貧しかったので、とにかく豊かな生活を目指していました。夢を持つ余裕はありませんでした。」
「そうでしたか・・・・。」
舞子は刈谷に昔の夢無き自分を重ねた、あの時は夢を求めていたが、今では夢のせいで苦しんでいる。
「夢って・・・本当は持っていたら苦しいだけなのかな・・・。」
舞子の心は「葛藤」という狭間の世界にあった。
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