第3話閉ざされていく生活

 「昨日の事がまだ受け入れられない・・・・、両親はなんでああなってしまったの?」

 キッチンで目玉焼きを焼きながら舞子は考えていた、そして焼きあがった目玉焼きを三つの皿に乗せて、自分と彦田と納言のスペースに置いていく。

「いただきます。」

 一目見れば若い女性と男女の高校生が一緒に朝食を食べているという、家庭的な事情を想像してしまう場面だ。しかし本当は娘とその両親が朝食を食べている自然な光景で、両親が昨日突然若返ってしまったのでこの様な場面が完成してしまった。

「ねえ・・・こんな事聞くのも何だけど、仕事はそれぞれどうするの?」

 舞子は自分より年下の彦田と納言に質問した。

「そうなのよ!こうなってしまったことについてどう会社に説明すればいいのよ!」

 納言は本音の叫びを上げた。ちなみに舞子の両親は共働きで、納言はコピーライターで彦田は大手食品株式会社の企画運営担当である。

「まあまあ気にするな、一応元気なんだから働くだけさ。」

「あなた、よくそんなに吞気でいられるわね?」

「だって大して若返ったわけじゃないだろ?ちょっと背が縮んだだけで、仕事に差し支えないよ。」

 『いや心配するのは、身長じゃなくて年齢だろ!』

 と舞子は心の中で彦田に突っ込んだ。そして朝食を終え、彦田と納言は仕事へ向かい、舞子は勉強を始めた。


 それから四時間後、今日はバイトがお休みなので舞子はキッチンで豚肉の生姜焼きを作っていた。ところが豚肉を焼こうとした時に電話が鳴った、電話に出ると相手は納言だった。

「ママ、どうしたの?」

「舞子・・・・私カラオケに行ってくるから、帰りが遅くなるかも・・・。」

「えっ・・・ああ、そうなんだ。」

「それで夕飯は、適当に何か注文しといて・・・・。」

「わかった、それじゃあね。」

 舞子は静かに電話を切った、そしてキッチンに戻って豚肉を焼いている時、ふと考えた。

「ママ、もしかして会社クビになったとか・・・・。いや、有り得るかも・・・。」

 納言には若い頃から「嫌なことは思いっきり歌って忘れる」という、メンタルの修繕を行ってきた。しかも実家の近くに行きつけのカラオケがあるので、行くとしたらおそらくそこだ。

「もしママがクビになったら収入が減って・・・・もしかして東大に行けなくなる!?」

 舞子はショックで暫く呆然としていた、そして舞子はこの後豚肉が焦げる臭いで我に返るのだった・・・。


 仕方なく作り直した豚肉の生姜焼きを食べ終えると、また電話が鳴った。電話の相手は、従弟の康太だった。

「舞子、東大合格できたかー?」

「康太・・・・今年もダメだったよ。」

「ぶっ!!えっ、マジで!?六年連続浪人生おめでとう!次は中学レベルに突入だ!」

「あんた・・・私を冷かしているの?」

「いやいや、ただあまりにも合格に恵まれていないからさ、つい笑っちゃったんだ。大変すみませんでした!!」

 急に偉い人のように謝罪する康太に、舞子は噴出した。

「いいわよ、それより何で電話したの?」

「ほら、同居の話だよ。」

「ん・・・・?ああーーーっ!!」

 実は一月半前、康太の高校合格の知らせが入り、高校卒業まで康太を沖浦家で面倒を見てくれないかとお願いされた。理由は康太の自立促進と、実家より沖浦家の方が高校に近いからである。

「思い出した、それで準備はできてるの?」

「ああ、明日荷物を持って行くから。」

「分かったわ、叔父さんと叔母さんに伝えておくね。」

「ありがとう、じゃあな。」

 電話は切れた、だが舞子は一気に不安を感じた。

「もし若返った両親を見たら、康太はどう思うだろう・・・?ていうかそれ以前に、三年間康太の面倒を見れるのだろうか・・・?」

 舞子はしばらく考えていたが、結局どうしようもなく、勉強することにしたのだった。



 午後七時ニ十分、舞子は家族分の弁当の宅配注文を終えて勉強に戻った。更にそれからニ十分過ぎて、納言がおかえりも言わずに帰ってきた。

「あっ、ママ。お帰りなさい。」

「お帰り・・・夕飯は?」

「さっき弁当を頼んだから、もう少しで来るよ。」

「そう、ごめんなさい。今日はとても夕飯を作る気分にはなれなくて・・・。」

「ママ・・・・、単刀直入に聞くけど会社クビになった?」

「いいえ、ただ前よりお給料が減ることになっただけ。」

 舞子は「どういうこと?」と思ったが、とりあえず納言と舞子はソファーに座り、納言が説明を始めた。

「今日会社に来た時、みんなやっぱり驚いていた。同僚や上司には説明して理解を得られたけど、結局今の部署で十七歳の私が働くことが法律上良くないようなの。」

「もしかして、労働基準法に引っ掛かるから部署を変えられたという事?」

 納言は頷いた。詳しく言うと十八歳未満の場合、労働基準法第六十一条のより二十二時から翌日午前五時までの深夜労働が禁止になるのだ。

「そうなの、私今まで帰りが遅かったでしょ?」

「確かに、帰ってきたのが翌日だったというのが結構あったね。」

「だから給料が他より良かったけど・・・、社長に『もし我が社で働き続けたいなら、異動しなければならない。』と言われたの。」

「それでママは会社に残るために、異動を受け入れたのね。」

「でもママはあの部署で働いていた方がよかったなあ・・・、それに移動する部署が会社の中でもかなり窓際族で有名なのよ。つまり私は、会社にとってのお荷物状態という訳。」

 納言は笑っていたが、舞子はその笑いの裏にある悔しさを感じていた。丁度その時、インターホンが鳴った。

「あっ、弁当が来た!」

 舞子は自分の部屋から財布を持って玄関に出た、そして代金を払い弁当を受け取ると、納言と一緒に弁当を食べた。



 午後九時半、リビングの机の上には冷めた弁当が一つだけあった。もちろんこれは彦田の分だが、その彦田がまだ帰宅していないのだ。

「パパ、遅いね。」

「珍しいわね、いつもはこんなに遅くならないのに。」

 彦田は残業を滅多にしないので、帰宅時間は納言より早い。これは会社で何かあったのだろうか・・・?

「もしかして仕事クビになって、駅のホームから飛び込んで・・・!!」

「舞子、そんなこと考えないの!!」

 納言が青い顔の舞子をたしなめていると、電話が鳴った。納言が電話に出ると、警察が電話に出た。

「はい、沖浦です。」

「沖浦彦田様のお宅ですか?警察の者です。」

「警察・・・・!!あの人に何かあったんですか!!」

「実は十七歳なのに、居酒屋で飲酒していました。」

「は?え?それはどういうことですか?」

「帰宅時に居酒屋に来店していたのですが、見ていた店主がどうみても成人に見えないということで声を掛けたんです。そしたら「自分は四十九歳だ!!」と言って、そんなわけないだろと店主と口論になったそうです。そしたら他の客の日本酒を飲んでしまい、店主が警察に通報しました。」

 納言は呆れて何も言えなかった。

「それで、彦田さんを迎えに来てはもらえませんか?」

「分かったわ・・・。」

 電話が切れると、納言は疲れでその場に座り込んだ。

「ママ、大丈夫?」

「舞子、運転を頼む。」

 そして納言は立ち上がり、舞子と一緒に彦田を迎えにいった。

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