第2話唐突な巻き戻し
東京都台東区にある一軒のまあまあ立派な家・沖浦家では、一人娘の沖浦舞子が勉強に励んでいた。
「最新の過去問題集も買ったし、さあやるぞ!!」
舞子はどんどん問題を解いていく、六年もの間やってきたので苦でもない事だ。
「舞子、勉強はどう?」
母の納言が声を掛けた。
「うん、大丈夫だよ!ねえねえ、また塾に通ってもいいかな?」
「ダメよ!お金がかかるし、勉強は自分の力でやるべきものよ。」
「でも私が行きたい塾は、東大合格者が五百人もいるのよ。」
「それは運が良かっただけよ、他人の力なんて当てにならないわ。」
納言はそう言って台所の方へと行ってしまった。実は十九歳の時に塾に通っていたのだが、東大不合格を理由に納言の独断で辞めさせられた。しかも同じことが二件目・三件目もあったので、納言は塾に対して強い不信感をもってしまった。
「はあ・・・私ってどうして受験で失敗してしまうんだろう・・・・?」
憂鬱になり、鉛筆を持つ手を止めてしまう。
「はっ・・・・!!いけない、勉強しなくちゃ。」
そして我に返り、再び鉛筆を走らせる。この行動を舞子は、三時間の勉強の内に二三度繰り返してしまう。こんな若者からすればつまらないことをしてしまう程、舞子の東大合格への執念は凄まじいのだ。
そして十二時ニ十分、舞子はアルバイトのため近所のコンビニへと向かった。徒歩で三十分、中学生の頃から利用している稲荷町のコンビニだ。裏口から入ると、店長の桐谷が声を掛けた。
「沖浦君、昨日合格発表だったろ。結果は?」
「ダメだったわ。」
「あっ、そう。」
桐谷は業務に戻った、人間とは実に薄情なものだという瞬間だ。
『何よ・・・、自分から聞いてきたくせに・・・。』
こんな桐谷でも三年前までは、「また頑張ろうよ!!」と励ましの言葉をかけてくれた。でも二年前から「他に別の目標を持ったら?」と、東大を諦めることを示唆する言葉を言うようになってしまった。
『何で私に東大を諦めろっていうの?東大を目指すことがそんなにいけない事なの?』
舞子は浪人生活の中でこう思うようになった、でも両親から「世間にはね東大を毛嫌いする連中がいるの、東大合格を諦めろという者はほとんど東大が嫌いな者だから、無視していればいい。」と言われた。
『確かに両親の言う通りなんだけど・・・・。』
舞子は周りの言う事を深く気にしてしまうタイプ、ついつい気にしてしまうがそんな気持ちも集中していればすぐに忘れてしまう。
「さあ、仕事しよう。」
舞子は弁当の棚に弁当を規律よく置いていった。
沖浦舞子は何故ここまで東大合格を目指しているのか?と、疑問に思っている読者もいるだろう。もちろん両親の異常なほどの期待もあるが 、実は舞子の方にも理由がある。舞子はいわゆる「夢が無い子供」だったのだ、小学四年生の時担任の先生に「将来の夢」とは何かと問われた舞子は、首をひねりつつも答えられなかった。そのせいで舞子はクラスの生徒から、執拗にからかわれてしまい嫌な気持ちになった。そんな時に舞子は納言から、東大のオープンキャンパスに行くことを勧められた。
「オープンキャンパスって何?」
「大学はね、普段はなかなか入れないけど年に何日か誰でも自由に中を見学することができるの。しかも大学でしか出来ないことも見られるんだ!!」
目を輝かせながら熱く語る納言に、舞子はオープンキャンパスについて興味をそそられた。
「私、いきたい!」
「いいよ、じゃあ来週父さんと行きましょう。」
翌週、舞子は彦田と納言と一緒に東大へ向かった。まず舞子が驚いたのは、家から車でたった十分で到着したことだった。そしてその次に驚いたのは、その広さだった。
「うわあ・・・・ここ全部が東大なの!!」
「ええ、東大は様々な科目ごとに建物があって、それぞれ学んだり研究したりしているんだ。ここには病院だってあるんだぞ。」
「凄い・・・・。」
舞子は歩きながら、オープンキャンパスのイベントを見て回った。まだ小学四年生では理解できないことばかりだったが、舞子は「これらが理解出来たら、私は凄い人になれる!!」と理想が持てた。ちなみに東大の学食が美味しかったことも、東大への憧れを大きくさせた。そして家に帰るとき、東大なのに舞子は「帰りたくない!」とその場に居座るようになった。
「ほら舞子、帰るわよ!!」
「やだ!ずっとここに居るの!!」
「舞子!!」
納言が大声で叫んだので、舞子は黙ってしまった。
「いい?この夢の場所に行くにはね、試験に合格しないと駄目なの。今の舞子が入ったら、皆に置いていかれてしまい夢の場所を楽しめなくなる。そんなの嫌でしょ?」
「うん・・・。」
「舞子、焦ることは無い。東大の試験を受けるには高校に入学して卒業しなければならない。そして高校に入学するためにも、試験を受けて合格しなければならない。」
「それってどれくらいかかるの?」
「そうだな・・・順調に行けば八年後かな?」
「八年もかかるんだ・・・。それに合格できなかったらどうしよう?」
「でも試験に合格できなくても、また試験に挑戦できる。これは夢と同じだ。」
「夢と同じ・・・、私夢を持つことが出来た!!」
舞子はコンプレックスが消え、飛び跳ねながら喜んだ。
「おいおい、どうしてそこまで喜ぶんだ・・・?」
「きっと将来の目標が持てたのよ、舞子そのことでずっと悩んでいたから。」
「そうか。舞子、私も母も全力で助けるから、頑張れよ!!」
こうして舞子は、東大という聖地に足を踏み入れる目標を胸に帰宅した。
あれから十四年、舞子はあの時の夢を捨てずに生活をしている。そして舞子に勉強を強要する両親には、むしろ「見捨てないでいてくれてありがとう!」と感謝している。そして今日はそんな両親の誕生日、舞子の両親は父母ともに誕生日が同じなのだ。
「今日は何かプレゼントを買って帰ろう。」
舞子は帰りにスーパーマーケットの雑貨売り場に向かい、父にハンカチを母には新しい髪留めを買った。プレゼント用に梱包してもらいそれを紙袋に入れて、舞子は喜ぶ両親を頭に思い浮かべながら帰宅した。
「パパ・ママ、ただいまー!!」
「舞子!舞子が帰ってきた!!」
そして舞子の目の前に衝撃な光景が写った、なんと男女の高校生が舞子を出迎えたのだ。
「お帰りなさい、舞子!」
「・・・・・あの、どなたですか?」
舞子はまずこの高校生が何者なのか知りたかった、知り合いにも親戚にも高校生がいないからだ。
「あ・・・・実は・・・私は彦田なんだ。」
「私は納言・・・。」
「は?へ?・・・どういうこと?」
「つまりあなたの両親です。」
舞子はこれまでにない高い叫びを上げた。
「えっ!二人がパパとママ・・・・嘘だ!!」
「とにかくまずは、一度上がろう。」
そう言って舞子はリビングに入り、彦田と納言から事情を聴いた。
「実は二人でゆっくり過ごそうと、午後の仕事を休んで早退したんだ。それで二人だけの誕生日パーティーをしていたんだけど・・・気が付いたら体が少し縮んでいたんだ・・・。」
どこかの名探偵みたいに薬を飲まされたわけではないが、確かに彦田と納言は若返っていることを現実に受け止めた舞子だった。
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