第112話 特殊剣、インジェクター


 フェアの武器が市販では手に入りそうもないので、自分たちで今あるアズランの暗器あんきを加工してしまおうということになり、ヤスリと砥石といしを買っていったんみんなで拠点に戻って来た。


 大広間にトルシェの買って来たヤスリと砥石といしを並べ、


「どんな形がいいでしょう?」


 と、アズラン。


『今の形を生かしつつ、短くしていくのが無難ぶなんじゃないか?』


「やはりそうですよね。先の方から1センチくらい短くなるよう削ってみます」


 あらめのヤスリを使ってアズランが元の暗器を削り始めたのだが、暗器が小さすぎるためかかなり削りにくいようで時間がかかりそうだ。


 それでも何とか削り切ったようで、鞘の革を手前から1センチほどナイフで切り詰めたものに差してみて、それをフェアに背負わせて様子を見たが、もう少し短い方が良さそうに見える。


 アズランもそう思ったようで、もう一度あらめのヤスリで暗器を削り始めた。


 今度も1センチほど短くなった。たった2センチの差だが最初の時と比べると格段に短く見える。革の鞘をもう一度1センチほど短くして暗器を差し込み、フェアに背負わせたところ、いい塩梅あんばいだ。


『それくらいでちょうどいいんじゃないか?』


「そうみたいです。それじゃあ仕上げをしていきます」



 アズランは今度は目の細かいヤスリで全体を削った後、台所に砥石を運び、そこで水を上から砥石に掛けながら、暗器を磨き始めた。アズランの手つきがなかなかいい。これまで自分で暗器などの手入れをしていたのだろう。砥石がだんだん目の細かい物に代えられて行き、


「できました」


『かなり刃先が鋭そうだな』


「そこはいいんですが、刃先に向かった刻みが砥石をかけた関係でなくなってしまいました」


『フェアを暗殺者にするわけじゃないんだから、そのくらいは問題ないだろ。

 そういえば二人が寝ている間に黒スライムを潰して黒い液を回収したんだった。そいつを鑑定してみたら、「暗黒あんこくの涙」とかいうとんでもない毒だった』


「えっ! 『暗黒の涙』というのは暗殺界では知らぬもののない最高級暗殺用毒物です。ほんの爪の先の分量で金貨10枚の価値があります」


『へー、そうなのか。これなんだけどな』


 そう言って『暗黒の涙』が一杯に入った油ビンを出してやった。


 ビンの蓋を開けたアズランが、


「これだけまとまっているとあの『暗黒の涙』とは思えませんね。黒スライムが黒い液体になった時も大量だったので『暗黒の涙』とは全く気付きませんでした」


 そんなものだよな。


『俺は必要ないからアズランが適当に使ってくれ。ここにいればいくらでも手に入るけどな』


「ありがたく使わせていただきます」


 アスランは、いったん『暗黒の涙』を『キューブ』に収納して、


「この暗器は私用わたしようじゃないけど、私が名付けて強くなるでしょうか?」


『おそらく強くなるんじゃないか。名づけの時だれが使うかなんて聞かれてないし。まあ、試してみろよ』


「それじゃあ。でも、名前を考えてない」


「ハイハーイ、ハイハーイ」


 ここで、いままで蚊帳かやの外だったトルシェが元気づいてきた。まったく関係ないことだが、ワンルームの中でマッパでないトルシェはなんだか新鮮だった。


「名前だったら任せて!」


『それじゃあ、トルシェ案をいってみようか』


秘剣ひけん、『燕返つばめがえし』!」


『いや、それは技名わざめいだろう』


「いいのを思いついたのにー」


『それはボツとして、うーん。毒で相手をたおす。毒を相手に。うーん。毒、毒、毒の注入、……、そうだ!』


「いいのができました?」


 大喜利おおぎりじゃないからいいの悪いのってことはないが、


『「インジェクター」はどうだ! 注入するものって意味だ!』


「おっ、なかなかいい。わたしの考えた秘剣、『燕返し』より良さそうなのがうらめしい」


「わかりました。それじゃあそれでいってみます」


 アズランは加工した暗器を両手の指先で持って目の前に掲げ、


「おまえの名前は『インジェクター』だ、フェアの力になってくれ」


 その言葉に反応したのかのようにアズランの手の中の加工暗器かこうあんきが一瞬青く光った。ような気がした。


『ようーし、それじゃあ広間に出て、どうなったか鑑定石で鑑定してみよう』


「はい!」




 インジェクターを鑑定石の上に置いたアズランが、


「それじゃあ、いきます」


<鑑定石>

「鑑定結果:

名称:インジェクター

種別:特殊剣とくしゅけんめい付き)

特性:識別困難。塗布された毒の毒性を強化する。自己修復、不壊」



 ちゃんとすごいのに進化していた。特殊剣か。いいなー。


 あ、トルシェも物欲しそうな顔でインジェクターを見てる。


『やったな』


「はい!」


『その剣を強化するために、この階の黒スライムじゃあ面白くないから一階下がって、ムカデをりに行くか?』


「行きましょう。すぐに行きましょう」



 アズランにかされ、拠点を出た俺たちは300段の階段を下りて、一層下にやってきた。


 ちゃんといるいる。ムカデがたくさん。何を喰っているのかいないのか。ダンジョン不思議生物に生態系云々うんぬんは無用だがこいつらも黒スライム同様いつ来てもうようよだ。


『まず、「暗黒の涙」をインジェクターにつけてどの程度のものなのか試してみよう』


「それじゃあ」


 アズランは油ビンの蓋を開けて、インジェクターの先に『暗黒の涙』をすこしだけ付けた。


「フェア、これを持って、あの大ムカデをやっつけてみて」


 軽くフェアがアズランの言葉にうなづいて、受け取ったインジェクターを両手で構えて、壁に貼りついていた大ムカデにフラフラと近づいて行った。すぐに大ムカデがフェアに気付いたようで頭を上げたのだが、その瞬間フェアが俺の視界から消えた。


 気付いたときには、また、アズランの近くでインジェクターを両手で持って飛んでいた。


 ん? フェアが近づいて行った大ムカデの頭の部分がぐちゅぐちゅに溶け始めた。そのまま壁から床に落っこちた大ムカデは体を丸くして、動かなくなった。それでもぐちゅぐちゅ化は止まらず体の半分くらい溶け落ちたところでやっとぐちゅぐちゅ化が止まった。


 エグい、エグすぎる。


 アズランもトルシェも半分口を開けて大ムカデの惨状さんじょうを見つめている。


「すごい」


「いままで、これほどひどい毒は見たこと有りません。今つけた毒は『暗黒の涙』じゃなかったのかな?」


『いや、あれはインジェクターで強化された結果じゃないか』


「すごい。欲しい」


「これがインジェクターの力。フフ、フフフフ」


 なんだか二人とも目つきが変わって来たぞ。大丈夫なのか?


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