第77話 『大迷宮』6階層へ


 ピクシーがいるかどうかは分からないが、魔道具『新階層チェック球』を冒険者ギルドで借りた俺たちは、『大迷宮』の入り口からいったん新拠点に戻り、そこから今回仕入れた樽の中に『暗黒の聖水』を補充するため『闇の神殿』へ向かった。


 いつものように、マッパになったトルシェが、池の中に飛び込んだところで、用意した樽を渡してやった。一度、樽をガーゴイルの脇に置いて戻ってきたトルシェに、漏斗じょうごとい、それと樋をうまく固定するための革紐を手渡してやった。


 器用にガーゴイルの首に革紐を渡して、樋がガーゴイルの口から樽の口に差し込んだ漏斗の上に来るようにセットできたようで、ガーゴイルの口から流れ出ている『暗黒の聖水』がちゃんと樽の中に流れ込むようにすることができたようだ。


「ダークンさん、すぐにいっぱいになりそうですから、次の樽を渡してもらえますか?」


『ほいよ』


 樽をトルシェに渡してやった。水がいっぱい入った樽がどの程度の重さがあるかは分からないが、トルシェにはかなり重いだろう。1バレルは160リットルくらいだったと思うが、この樽もそのくらいの容量があるなら、160キロにはなる。どれ、俺もちゃんと手伝うとするか。


 池の周りに並べられたから樽を二つ持って、ドボンと池に入って、トルシェのところまでやって来た。飛び込んですぐは、浮力がだいぶあったのだが、俺の体は相当重いらしく簡単に足が底に着いてくれた。


 鎧の隙間から水が入ってくるが、気持ちがいいとも悪いとも感じない不思議な感覚だ。ホッ! いま恥骨ちこつ部分が水に浸かったようだ。


『トルシェ、次の樽を渡しておくぞ。こっちはもう良さそうだな。どれ』


 そう言って『暗黒の聖水』の詰まった樽に栓をして、そのまま運んで池の周りに置いてやった。


『アズラン、から樽を俺に渡してくれるか?』


「はい」


 何度か同じ作業を繰り返して、作業が終わった。『暗黒の聖水』が一杯になった樽は、トルシェが一応全部収納した。


『それじゃあ準備も整ったようだし、トルシェが服を着たら出発するか』


 マッパのトルシェをせかすように言ってやった。


 どうも、トルシェはすぐ脱ぎたがるな。将来間違いを犯しそうだよ。その点、アズランは。


 と思って振り返ると、俺が床に置いていた鉄箱の横にしゃがんで、蓋を開けて中のコロちゃんを眺めていた。


 なんだか、この異世界のダンジョンの中で元いた世界の中間管理職の悲哀ひあい的なものを感じることができたような気がする。



 とにかく準備を終えた俺たちは、『大迷宮』の5階層への孔を通り抜け、『大迷宮』に侵入した。ここから6階層へ下る階段を目指して歩いて行く。


 遠くに見えるザコモンスターをトルシェがいつものように瞬殺しゅんさつしながら進んで行くと、4階層からの階段と6階層への階段を繋ぐ通路に出たらしく、他の冒険者が通路を歩いていた。


 俺たちもその流れに乗って歩いて行くのだが、暗いダンジョンの中で俺の鎧装ナイト・ストーカーの血管のように浮き出た赤く鈍く輝く模様が非常に目立つらしく、通路を向こうからやってくる冒険者が、俺を見て一様に右側の壁際に寄って立ち尽くして道を開けてくれる。


 別に通路はそこまで狭くはないんだから、そんなに壁にピッタリくっ付かなくてもいいんだよ。俺の首から下げた銀の札を認めるとあからさまにほっとしている。好きにしてよ。


『普通の冒険者は、階段間の通路では、行き来の邪魔にならないように通路の端を通るんですが、ダークンさんは通路の真ん中をで通ってさすがです』


 何だよ、俺はマナー違反してたのかよ。早く言ってくれよ。俺は『闇の眷属』だが無法者むほうものじゃないんだぞ。それを聞いてから、俺も通路の左端を歩くようにした。


『トルシェ、おまえかなり遠くからモンスターだかを瞬殺してるだろ?』


「はい。見敵必殺けんてきひっさつ! これがわたしのモットーです!」


 キリッ! って感じで言わなくても。


『それって、相手が何なのか確認してるのか?』


「敵です。見敵必殺ですから」


『そうだとは俺も思うが、言い方を変えると、まさか冒険者ってことはないよな?』


「さあ、確認はわざわざしてませんから」


 やっぱりそうだった。別に、超遠距離から知らない冒険者を殺したところでどうってことはないだろうが、俺の順法精神じゅんぽうせいしんに反する行いだ。


『トルシェ。これからは、相手が冒険者でないことを確認しような』


「いやだなー、なんでそんな面倒めんどうなことをするんですか?」


『まかり間違って、俺たちよりも強い冒険者に手を出してしまったらあとで困るだろ。だから確認するんだ』


「分かりました。わたしたちより弱そうならやっちゃっていいんですね!」


『もう好きにしてくれ。そのかわり証拠しょうこは残すなよ』


「了解でーす」


 トルシェ、危ない子だよ。キャラが立ちすぎだよ。それに比べて、アズランは、


 アズランは何してるんだ?


 アズランが俺とトルシェのあとをついて歩きながら、何やら妙な手つきと足取りで踊っている。


『えーっと、アズラン。いったい何をしてるんだ?』


「ピクちゃんを見つけた時に素早く捕まえることができるように今からイメージトレーニングをしているところです」


『で、そのピクちゃんてのは、ピクシーのことか?』


「はい!」


 そうでしたか。そうですよね。


『アズラン、話しをと思うが、今度遠くに何か見えたら、それが人間だったらトルシェが魔法でそいつを殺しちゃう前にトルシェに教えてやってくれ』


「了解しました」



 問題児を二人抱えていたが、なんとか6階層に下る階段にたどり着いた。


 その間、アズランがトルシェを止めることもなかった。もしここで、2、3回アズランがトルシェをとめていたら、これまでも5、6回はやっちゃった可能性が有るから少し安心した。


 たどり着いた階段前には、階段を上り切って脇の方で休憩をとっている冒険者のパーティーがいた。彼らは俺の姿を見てギョッとしてくれた。何だか悪いね。


『6階層にこのまま下りてくぞ』


「はーい」「はい」


 よく考えたら、俺の見た目はあれだがいたって常識的な行動をしている。いわゆるアブないのは、圧倒的あっとうてきにトルシェだ。見た目で判断してると、足をすくわれるか、墓穴ぼけつを掘ることになるんだぞ! って少し前は、ランク至上主義でそう思っていたんだっけ。



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