第27話 炎の巨人


 トルシェと気の置けない気の抜ける話をしながら歩いていると、通路が左に折れる場所までやって来た。


『ここを曲がるとその先の明るく見えるところに「炎の巨人」がいる。まだずいぶん先だが気を引き締めていこう』


『分かりました』


 用心のため、曲がり角の手前で立ち止まり、かどから顔を出してその先を確認した。かなり遠方でぼんやりと明りが見える。そこがヤツのいるところだ。


 気を引き締めていこうとトルシェに言ってはみたが、具体的に何ができる訳でもないので、そのまま進んで行った。


 むろん見つけたブラック・スライムをたおしながらだが、トルシェは、『ファイア・ボール』のように大きな音がする魔法は使わず、近寄って『フリーズ』で凍らせて、壁や天井から落っことしている。


 落っこちたブラック・スライムは粉々に壊れてしまい、砕けた破片は床の上で溶けると、いつものように黒い水たまりになった。


 ある程度、明かりに近づいたあとは、二人ともスライムは放っておいて、前方を見ながら音を立てないように進んだ。


 俺も進化したおかげか、裸足はだしの骨の足なのだが、いつのまにか音を立てずに歩くことが可能になっていた。


 そうやってゆっくりと進み、ようやく『炎の巨人』まで50メートルくらいまで近づいた。通路の先に、炎でできた巨人の下半身だけが見える。その炎のせいで周りが照らされ相当に明るい。



『トルシェ、俺は気付かれないようにヤツに近づくから、合図したら「ウォーター・ボール」をヤツに撃ち込んでくれ。そしたら、適当な「シールド」魔法で自分を守ってくれ。

 それで、もし余裕よゆうがあるようなら、ヤツに矢を牽制けんせいを頼む。危ないと思ったら逃げていいからな』


『分かりました。ダークンさん、これまでお世話になりました』


『あのなあ、俺はまだ死ぬ気はないから、最期さいごのお別れはしなくていいから』


『何があるかわかりませんから、自分に後悔こうかいしないよう、今できることは今しておこうと思ったまでです』


『もういいよ。それじゃあ、行ってくるから』


 俺は、例のごとく武器を持った両手を広げ、姿勢を極端きょくたんに低くして『炎の巨人』へ接近を開始した。


 通路の天井が『炎の巨人』の目の高さよりかなり低いのが幸いして、見つからず『炎の巨人』のいる広間まで、あと10メートルほどまで近づけたが、これ以上近づくと、『炎の巨人』から俺が見えてしまう。


 いつでも飛び出せるように、やや腰を上げ、後ろに控えるトルシェに後ろ手で右手のエクスキューショナーを振り、攻撃の合図を送った。それと同時に俺も巨人目がけてダッシュする。


 ヒュー! そんな感じで、ドッジボールの何倍もあるような水の塊がダッシュ中の俺の脇を通り過ぎていった。最初のころと比べて今のはずいぶん大きな水の塊だ。


 ドーン! 


 腹は空っぽで何もないのだが、例えとして腹に響くような音を立ててトルシェの『ウォーター・ボール』が巨人の左膝ひだりひざに命中し、その衝撃で巨人は片膝をついた。


 チャンスだ。


 一気に巨人にった俺は、巨人の首を刈るべく右手のエクスキューショナーを振る。


 しかし、巨人は俺の動きに機敏きびんに反応し、その燃える左手で自分の首をかばった。


 ジュサ!


 俺の一撃は巨人の左手首を切り飛ばすまでには至らず、逆にエクスキューショナーが巨人の手首に喰い込んだままになってしまった。マズい。


 ブォン。


 そんな音を立てて、巨人の燃える右こぶしが俺の頭にめがけて迫ってくる。とっさに右手のエクスキューショナーを手放し、そのこぶしをかわしながら一歩引き、両手でリフレクターを持って構える。


 ブォン。


 今度は、エクスキューショナーを手首に付けたままの燃える左こぶしが俺に迫ってきた。何気なにげに巨人の手首から突き出たエクスキューショナーの刃先が怖い。さらに一歩引く。


 防戦一方ではまずいのだが、何せ相手の間合まあいの方が俺の間合いの何倍もある。


 俺が巨人を攻めあぐねていると、トルシェの放った矢が巨人の左膝に突き刺さった。


 先ほど、『ウォーター・ボール』で痛めたのも左膝だった。左膝にかなりのダメージが入っているハズ。


 巨人は左足を引きずりながらも俺に迫ってくる。俺はなんとかトルシェの矢の射界から巨人がズレてしまわないように右左みぎひだりと動いて、巨人の攻撃をかわし続ける。


 巨人がこぶしを振るううちにエクスキューショナーが巨人の手首から外れて近くに転がって来た。


 ひょいとしゃがんで、うまい具合にエクスキューショナーを拾い上げることができた。俺のその動きをスキとみた巨人が俺めがけてこぶしを振りあげる。


 とっさに、リフレクターで頭をかばったところに巨人のこぶしが振り下ろされた。


 バガーン!


 大きな音のわりに俺にはほとんど衝撃が来なかったのだが、『炎の巨人』の左手首が変な方向に折れ曲がっている。リフレクターが巨人の攻撃を反射したようだ。


 リフレクター、恐るべし。


 グガーー!


 ここに来て、巨人がえた。そして、巨人は再度俺を見据みすえて口を開けた。


 来るぞ、何か来る。


 ここでもう一度、トルシェの矢が飛んで来て、巨人の右足に突き刺さった。


 いまのトルシェの攻撃で、巨人は通路の先からの攻撃を先に何とかしようと思ったようで、一度あけた口を閉じ、両膝をおって、矢の飛来した通路をのぞき込んだ。


 さっき巨人が口を開け何かしようとしていたアレはヤバいヤツだ。おそらく特大級の『ファイア・ボール』か何かが飛び出していたのだろう。


 とにかくヤツの注意がトルシェに向かっている今がチャンスだ。あの攻撃がトルシェに向けられないうちにこいつをたおしきる。


 ここで、またもトルシェの矢が飛んで来て、巨人の顔に突き刺さった。それもかなり深く矢羽根やばねの近くまで矢が突き刺さっている。いまのはトルシェの短弓、烏殺うさつのクリティカルだったのだろう。


 そして、また一本。矢が深々と巨人の顔に突き刺さった。もう、巨人はトルシェだけしか注意を向けていない。そう思えるほど、トルシェをにらみつけている。


 グガーー!


 また来た。巨人がトルシェをにらみつけ咆哮ほうこうを上げた。そして先ほど俺に向けようとした攻撃をトルシェに向けて放とうとゆっくりと口をあけた。


 ビーン! そんな感じの稲妻いなづまのようなトルシェの矢の一撃が、巨人の口の中に吸い込まれていった。矢じりが、頭の後ろに突き抜けている。


 今のトルシェの一撃で、のけぞりながらわずかに動きを止めた巨人の脇に移動した俺は、リフレクターを手放し、両手でエクスキューショナーを構えて振り上げ、全身の力を使って巨人の首に斬りつけた。


 シャッ!


 ゴロ、ゴロゴロ。


 巨人の頭が床に転がり落ち、いままで燃え盛っていた,『炎の巨人』から炎が消え、わずかに赤味を残す黒ずんだ残骸ざんがいだけが残った。


『トルシェ、やったぞ! お前のおかげだ。よくやってくれた』


 駆け寄って来たトルシェに礼を言ったら、


『えへ、うへへ。ダークンさんもそれなりにはすごかったですよ』と、上から目線で取ってつけたようなことを言った。


 たしかに、今のはトルシェの弓矢のおかげで『炎の巨人』をたおせたわけだから言わせておこう。チーム・ダーク・ブラックの初仕事、うまくいったようだ。


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