第19話 噂の斎藤タワーに在住のミノタウロスさん



「あれが噂の斎藤タワーか」


 思わずゴクリと喉が鳴る。

 件の目的地に辿り着くのに僕の家からそう時間はかかることはなかった。

 眼前には陽光を反射しながらガラス張りのタワーがそびえ立つ。その高さたるや天にも届く勢いで現代のバベルの塔とも言えるのではないだろうか。違うか、違うな。



「その不名誉な呼び方を止めてくれるかしら?」


 斎藤は何故か頭を抱えている。どうしたん? 話聞こうか? 頭痛薬でもあげようか?

 しかし、僕の海よりも広く地獄よりも深い慈悲は絶対零度の視線で突き返された。

 すんごい怖いから四条の後ろに移動しとこ。


「しかし流石天下の斎藤ヴィレッジよねー。あんなのすらアーちゃんの物なのね」


 タワーを見上げる四条は感嘆の声を上げている。まぁ、僕的にはその貴女様の双丘のほうがすんごいと思うけどね。そんなこと言ったら殺されるから言わないけど。


「別に私の物という訳ではないのだけれど。財産上は父の物よ」

「どのみち凄いのれす」

『ちなみに中にいる人間は私だけだよ。ここにいた金持ちの連中はそうそうに安全なところに避難していることだろうよ』


 流石金持ちクオリティー。汚いというかずる賢いというか。まぁ、どの時代も金持ちなんてそんなもんだろう。



「それであれが件の巨大獣ミノタウロスね。近くで見ると迫力ぱねぇ……所用の腹痛があるから帰っていい?」



 タワーの入口には自宅警備員の言う通り巨大獣ミノタウロスが胡座をかいて耳障りなイビキをかき鳴らしている。

 ゆうに三メートルも超えるであろう体長は威圧感溢れすぎている。もうちょっと自重して欲しい。

 ともかくあんなのと戦うなんて御免被る。ここは詐欺師らしく何か言い訳して退散させていただくことしよう、そうしよう。


「あのさあのさ、僕はミノタウロスの半径一メートル以内に入ったら死んでしまう病なんだよね」

「北原君……潰すわよ」

 斎藤は優しい声音で僕の名前を呼んだと思うと、地獄の底から滲み出るような言葉を吐いた。

 僕は何の躊躇いもなくノータイムで土下座をかました。生きていくのにプライドなんて必要ないのである。


「北原……アンタもうちょい賢くなりなさいよ」

「ムンクお兄ちゃん……」


 四条と幼女ちゃんが憐憫の眼差しを向けて来るが知ったことではない。そんなことよりも命の方が大事なのだ。


『君たちはいつも楽しそうだねぇ。さて茶番はいいからさっさと行こうじゃないか』


 くそう……ただ飛んでいるだけのドローンが子憎たらしい。いいよね現場に立たない貴方様は。社会の縮図とかもきっとこういう感じなのだろう。知らんけど。

 社会の奴隷と変わらず僕も結局は巨大獣アレと戦うことは決定事項らしい。

 やっぱり世の中ってクソだよなぁ



 ◆



『じゃあ詐欺師君、手筈通りよろしく頼むよ』


 僕の周囲を蠅かのようにブンブンと飛び回るドローン。僕の敵前逃亡を危惧して張り付いているのだと思うが安心して欲しい。今更そこまで往生際は悪くない。多分。

 と言いつつ後ろをチラリ。ダメだ斉藤さんがものっそい睨んでる。これは逃げられない。


「はいはい、やりますよ。やらさせていただきますよっと!」


「ブモォッッ!?!?!?」


 巨大獣ミノタウロスに事前に武器固有技能ウエポン・アビリティで増やしたを蛸足の如く絡み付かせる。当然気持ちよくうたた寝していた巨大獣は激昂するがここまでは自宅警備員氏の目論見通りだ。


 目論見はこうだ。

 まず彼女は僕の鎖が触れた存在のSPを吸収出来る特性に目をつけた。SPは気力のようなもので減れば減るほど精神は疲弊していき、ゼロになれば倒れる。ゼロに出来なくとも削る事が出来れば弱体化させる事が可能だ。その為にSP回復薬をがぶ飲みした。ちなみにお金は齋藤持ち。齋藤サマサマだね。


「ブモオオオオオオオオオオ!!!!!」

「ちょっ!? まっ!?」

「北原!?」


 怒りに怒り狂った巨大獣は大暴れ。そして鎖で繋がっている僕は必然的に振り回されて望まぬお空の散歩を強要されることになる。ちょ、止まれ。


『さぁここまでは計画通りだ! 四条君、齋藤君頼んだよ!!』

「行くわよアーちゃん!!」

「ええ! 美琴さん!!」


 巨大獣は手足首胴体と可動部のほとんどが鎖で繋がれている状況だというのになんのその。背負った大斧を振り回して暴れ出した。


「させない! アンタの相手はアタシだっちゅーの!!」


 ギイイイイイイイイイイイイインンン!!!!!!


 巨大獣と四条の斧刃が鍔迫り合いになり耳をつんざくような高音が響き渡る。


「ぐぅっ!?」


 しかし、数秒は拮抗するものの相手は格上だ。徐々に押され始めた。四条は苦悶の表情を浮かべながらもなんとか堪えるが確実に押されている。


「『緊急発動クイック』『複製コピー』『一斉掃射バースト!!!』」


 齋藤の人差し指に嵌められた紅玉色の宝石が緋色に煌めく。

 眩い精製光と共に数十を超える半透明の銃弾が形成される。そしてその全てが巨大獣に向けて解き放たれた。


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!!!


「ブモオオオオオオオオッ!?!?!?!?!?」


 銃弾の一発一発は大した威力は持たなくとも数十発もあれば話は違う。格上である巨大獣ミノタウロスも無傷とはいられない。たまらず怯み、ついには仰向けに倒れてしまった。


「うぎゃあ」


 当然鎖で赤い糸かの如く繋がっていた僕も巨大獣に引っ張られて地面に叩きつけられた。地味に痛いんですけど。


「あら中々にお似合いの姿ね」


 地面に転がる不恰好な僕を見て手を差し伸べるどころか、斎藤は清々しいほどのご満悦な笑みを浮かべるだけという。何そのドヤ顔。なまじと言うか完全無欠に顔が良いだけに余計腹ただしいんですけど。









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