第17話 爺キャラをとりあえず強キャラにしとけばいいとか思うなよ
「所詮はこの程度。やはりお嬢様を任せるわけにはいきませんな」
あぁ、クソ。
顔が死ぬほど痛い。少し気を抜けば気絶してしまいそうだ。意識が遠退く最中、ふと不安そうに腕を抱える斎藤の姿が視界の端にうつった。
でも駄目だ。そんなことしてしまえば死ぬほど後悔してしまう。そんな確信がある。
しかし、無理に立ち上がったところで何が出来るのだろうか。ろくに太刀打ちなんて出来ていない。
クソ、あの時の動きさえ出来れば。あの一度だけ起きた学校での現象。僕以外の全てを置き去り出来るような、あの感覚さえあれば。それさえあれば負けないのに!
『条件達成ーー事故欺瞞発動』
脳内に響くような機械的な音声と共に突如世界が静止した。
いや、正確には世界がまるでスローカメラ映像のようにゆっくりと過ぎている。間違いない、あの時の感覚だ。
今までうんともすんとも言わなかったのにいきなりこれだ。条件達成ってことは通常時は使えないってことか。なんとも七面倒臭いスキルですこと。
まぁ、いい。
これなら負けない。何せこの時の僕は六魔天を相手にしても生き残れたのだから。
「ほぅ? 少々侮り過ぎましたかな」
「その余裕かました面ひっぺがしてやる」
もう誰も僕には追いつけない。
体が軽い。速さもあの時の比じゃない。六魔天がよこした武装は確実に僕の身体能力を向上させた。早すぎる男はモテないとか言うけどこれはいいものだ。
加えて全てが止まっているかのように見えるこの状態。負ける気がしないね。
ひび割れたアスファルトが軋む音。
ほんの少し駆けるだけで背後に回り込めた。そのまま勢い任せて短剣を煌めかせる。
「くたばれっ!!」
「ふぉふぉ、血気盛んですな」
かわされた!?
え、なんで??? 偶然か? そうだ。そうに決まっている。完全に死角からの攻撃だったはずだ。それなのにまるで来る場所が最初から分かっていたかのように簡単にかわされた。老執事はその立ち位置を数センチすら動かしていない。
だったら!!
ステータスに頼った強引な加速。籠手の補正値もステータスに加わるから加速は更に上がる。相手にした者は残像すら見えることだろう。
完璧に死角をとった。
がら空きの背中。しかも気づいた素振りもない。
今度こそいけるはずだ。
なのに……不安が心をよぎる。圧倒的に優位な状況に落とし込んだというのに不安が拭えない。
「他の誰かに言われませんでしたかな? ムンク様の殺気は露骨すぎるのです」
「悪かったねっ! こちとら三歩歩いたら忘れる性格でねっ!!」
「それは誠に……残念なことです」
そしてその不安は的中することになる。だいたいこういう不安の的中率は高いのだ。女の勘も顔を真っ青にするレベル。
振りかざした短剣は獲物に届くことはなく、かわりに腹に鈍く抉るような衝撃が通り抜けた。
かはっ
頭がチカチカする。腹が紅蓮に染まる鉄を押し付けられたように熱くて堪らない。もはや自分が五体満足なのかすら分からなち。
くそ、こんな奴どう相手しろっていうんだ。何しても柳のようにのらりくらりとかわされてしまう。
その癖、一撃一撃は重く響く。これでレベルアップしてないとかどういうことなんだよ。
あーー
「北原君っ!?」
時間切れだ。レンタル彼女の制限時間が来たかの如く、体から力が抜けて立つことさえ叶わなくなった。きっと今の僕は華麗なうつ伏せをかましていることだろう。やはりこの事故欺瞞というスキルは、以前もそうだったが制限時間があるみたいだ。
そして、それを越えれば指一本動かせなくなる。
「さて、これで終わりですかな。あまり筋がいいとは思えませんが、まぁ善戦されたほうでしょう。さて」
老執事はもはや僕を気にかかることすらせず斎藤へと歩み寄る。
「あ、アーちゃんは連れていかせないわっ!」
「はて、そう言われますと困ってしまいますなぁ」
四条は怯えながらも斎藤を庇おうとするが、きっと駄目だろう。
おそらくこの老執事には僕らが全員がかりで戦ったとしても勝てない。それだけの実力差がある。
「四条さん……もう、もういいわ……」
「だ、駄目よ! アーちゃん! 何されるか分からないじゃない!?」
四条の必死の訴えにも首を振るばかりだ。あの諦めたようで泣きそうな表情には見覚えがある。
そう、あれは世界が変わった最初の夜に見た表情だ。
『もし、話したいと思えた時は……助けてね』
その言葉を思い出した時、頭が真っ白になった。頭も心も、体すらよく分からない何かでグルグルとかき混ぜられてもう訳が分からないほどになった。全身が溶岩のように滾り、沸騰しているかのようだ。
駄目だ。とにかく駄目なんだ。
「ムンク様、男は時に引き際というものも大事ですぞ」
気がつけば僕は老執事の足に鎖を巻き付けていた。圧倒的な戦力差は理解している。無駄だと言うことも重々承知だ。
それでも何かせずにはいられなかった。
「渡さない……」
「はて?」
「渡さない! 斎藤は……アリスは渡さない!!」
いつの間にかそんなとんでもないことを叫んでいた。
「北原君っ……!」
「フフフッ、良い覚悟です。やはり日本男児たるものこうではなくては」
クソ、クソ、クソ!!
何か手はないのか?
僕はもう駄目だ。指一本も動かない。
ドローンはクソの役にも立たないだろうし、四条も軽くあしらわれるだけだろう。
頼みの斎藤の魔術も老執事には欠伸をしながらかわされてしまうことは目に見えている。
クソが……無力だ……。
そう頭をこねくり回している内に老執事は既に斎藤の目の前に接近していた。
「よろしいでしょう! その覚悟に免じて今回は見逃すことと致しましょう!」
「『「「「はい?」」」』」
はい?
突然の発言に面々が困惑する。
「お嬢様、セバスは一度身を引こうと思いますがお身体にはお気をつけになるように」
「え、えぇ」
しかし、こちらの反応なんて何のその。話を矢次にどんどん進めていく。
斎藤も彼の行動を理解できないのか困惑するばかりである。
「そしてムンク様、お持ちの武器の使い方もなってませんな。それでは宝の持ち腐れというものです。ただ飛ばすだけが脳ではないでぞ。まぁ後はご自分で考えるといい。では、さらば」
嵐のようだった。
そう言うと老執事は脇目もふらず高く跳躍してこの場を去っていった。
結果にして得たものはろくになく、僕がひたすらにフルボッコにされただけとかいう虚無しかない。
とにかく疲れた。文句やら何やら色々と言いたいことは山ほどあるけど、とりあえずこういうのは本当に勘弁してほしいね。
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