第30話 美少女の笑顔はプライスレス。え? 僕のは?




 伝家の宝刀。高速スライディング土下座をかますことでなんとか縄による高度なMプレイを回避した。


 プライド?


 何度も言うがそれ食べれるの?

 揚げ物になって出直してこい。



「……」 


 どれだけ頭をこねくり回そうが聞こえてくる。

 真っ暗な中隣から聞こえる微かな寝息。

 どうして吹けば消えてしまいそうなほど繊細なのだろうか。

 当然ベッドも別。布一枚隔てている。しかし、男子とのあまりの違いに異性をどうしても感じてしまわざる得ない。



 アカン。これ僕は縄に縛られたほうが良かったかもしれん。



 事を起こさないためにもセルフ縄結びするか……? 

 ちょうど手頃な鎖とかあるし。



 しかし、こう女子の寝息が聞こえると色々捗るよね。何とは言わないけど。




 ガチャリ



 ん?



 ドアの開く音だ。

 スマホを見ると時刻は一時。真夜中ですよ真夜中。



 音がした方に目を向けると、四条がこっそりと保健室を出ようとしていた。 



 全く何やってんだか。世話が焼けるよもう。




 ーーーー



 後をつけた先には、四条がベンチにもたれ月を見上げていた。



 また、月か。 



 綺麗だよね、お月さま。

 うんうん、とても綺麗な月である。いやほんと綺麗。

 ほんと綺麗すぎてあの日みたような……。 


 あぁ……くそ。誤魔化しても駄目か。どうしても昨日の出来事が頭をよぎる。

 月明かりに照らされる中、感じた彼女の体温はとても……。



 って、僕は何考えてるんだか。

 やめやめ。

 どうせ、斎藤は何も思ってはいないことだろう。

 虚しいし、どこか腹立だしいね!

 そもそも僕ごときが、そういうことをを期待すべきではないのだ。モテないし。

 期待して期待して期待した先にあるのは、ただただ虚無でしかない。

 世の中って糞だなぁ。



「誰っ!?」



「僕だよ」



 ばれた。怪しいものじゃないから警戒しないで欲しい。

 ぷるぷる、僕は悪いニートじゃないよぅ。



「あぁ、あんたか。なによ?」



 四条は肩透かしと言わんばかりに大きなため息。

 どうでも良さそうな顔をされた。解せぬ。


 あれかギャルゲー君でも期待したのかな? 残念! ムンクちゃんでした!



「いや、夜に出歩くのは危険じゃない?」



「別に少しぐらい平気よ」



 四条は鬱陶しそうに口先を尖らせる。

 もう少し危機感を持った方がいいとは思うけど、何も言うまい。


 人には夜風に浸りたいときが時折あるのだ。



「そういえばあんたに聞いてみたかったことがあるんだけど」



 はい?

 何だ。藪からスティックに。

 なに? 政治の話とか?

 三権分立とか語っちゃう? 語っちゃう?



「アーちゃんと付き合ってるの?」



「はい????????????」  



「え、違うの?」



「えっ むしろなんでそんな風に見えるの?ていうか、それ斎藤に聞かないでよ?」



 そんな誤解されていることがバレたら処分は免れないだろう。

  


 もちろん、僕が。



「いや、男女が二人きりだと大体そう思うでしょ。それになんか話してて楽しそうだし」



 あんなに話すアーちゃんは初めて見たと付け加えた。


 え? そうなの?


 家畜を見るようにしてる記憶しかないから、あれを楽しいと判断するなら斎藤さん女王様ですよ?



 まぁ、そこまで否定はするまい。



 内容は大いに現実と食い違って原型を留めていないレベルだが、ここでムキになって反論しないほうがいい。



 ほら、ムキになると「図星だから顔が真っ赤ー」とかからかってくる奴いるじゃん?

 あれ死ぬほど面倒臭いから逃げの一択ですよ。



 ……




 …………




 ………………




 沈黙。




 斎藤の時もそうだけど、僕にそういうのを期待しないように。


 コミュ障だからコミカルなトークで沈黙を無くすとか出来ないから。


 そういうのは愛しのギャルゲー君に頼んでくれ。




「アタシはね、勝ち目なさそうなんだよねー」


 

 四条の言葉はどこか軽く聴こえたが、表情はとてもそうとは思えなかった。今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情。

 多分ギャルゲー君との恋愛事情かな? 前置きとか入れて欲しい。

 このデストロイな世界になっても、恋愛第一なのは流石女子高生って感じだなぁ。



 皮肉っぽくなったけど貶してるわけじゃないよ?

 僕は恋愛は性欲から派生したもの派の人間なので、恋愛欲とかは人間の本能みたいなものだと思ってるしね。



「あぁ、ギャルゲー君だとライバル多いもんね」



「ちょっとはフォローしろし」



 彼女は苦笑した。


 やはり、彼女の笑顔は心なしか覇気がなく弱気に見えてしまう。

 彼女が弱気なのは新鮮だ。いつもツンツンしてるからね。



「アタシはこんな性格だから、アイツの前だと素直になれないし全然だめなの」



 四条は落ち込んだように項垂れる。

 勝ち目がないと分かっていながら諦めきれない。その独白にはそんな想いが滲み出ていた。



 ふっ



 全然男のことを分かってないな、四条は。なってない。

 なら、この駄目男代表の僕が教えてやろうじゃないか。

 男の子の真実とやらを!



「案外男なんてちょっとでも可愛ければコロッと墜ちるもんだと思うよ。やってみなきゃ分からないもんさ」



「何それきもい。一応慰めてくれてる?」



 キモいとかやめて。

 ココロオレル。てか折れた。



「いや全然? ただ、この世の真理を言っただけだねっ」



 そう、僕は真実の追求者なり。それ以上でもそれ以下でもない。



「面倒臭い奴ね。ふーん、アンタもそうなの?」



「え? 僕? 当たり前でしょ。チョロいよ。チョロチョロだよ、ちょっとでも気にかけられたらすぐ惚れちゃうね」



 僕のことなんか参考になると思えないが……コミュ障ボッチは女性耐性がない。

 ふとした瞬間に目があっただけで惚れる自信があるね。

 ましてや、ボディータッチなんて勘弁して欲しいよ。

 簡単に惚れちゃうからね。



「まぁ、あれだ。もしダメなら気まずいだろうからしばらく僕らについてきたら?」



 四条は首を傾げてキョトンとした顔をした。


 慣れないことを言うものだから羞恥心が込み上げて来た。

 顔に熱がこもるのが分かる。

 こうなったら、言葉でかき消すしかない。矢継ぎ早に言葉が飛ばすしてごまかしてしまえ。


 やれ、もしもね? とか。


 まぁ、そんなことはないと思う とか。



 あとーー



「斎藤とか友達少なそうだし喜ぶんじゃない? 何せアーちゃん呼びでしょ?」 



 四条は一瞬目を見開いたと思ったら、急に口を押さえた。

 え? なに?



「ぷっ、ふふ……あはは……!」



 僕の言葉の何が面白かったのか。

 よく分からないが、口元を押さえて笑いを堪えている。


 そして、彼女は少し笑った後、顔を上げて真っ直ぐに僕を見つめて来た。

 月に照されて輝く彼女の瞳は曇り一つ見えない。



「北原。あんがとね」



 ニッコリと向日葵のような笑みだった。

 月に照される向日葵。そんな表現がぴったりだろうか。

 芸術なんてものは、てんで分からない。

 しかし、この月明かりに照される中、煌々と輝く笑顔はとても綺麗だと思った。



「まぁ、そのお役に立てたなら何よりだよ」



 気の効いた返事どころか、ただ頬をポリポリとかくことしか出来なかった。

 この残念さが僕らしいっちゃ僕らしい。


 まぁ、あれだ。なんか不安そうだったし、少しでも払拭できたならよしとしよう。そうしよう。



 それに昔からこんな諺があるのだ。


 美少女の笑顔はプライスレス。


 なんちゃて。

 でもやっぱりツンデレはいいものだよね。



 ーーー



 保健室に戻る道中、北原がアーちゃんって呼ぶと滅茶苦茶キモいよねとニマニマした笑顔で言われた。



 ほっといて欲しいね、まったく。



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