かつて
すっかりインテリアになって埃被ったギターを弾いてみる。錆びついた弦は使いものにならない。それでも安いウィスキーを片手にギターを抱えていると優雅な気持ちになれた。
テレビから流れ込んだ『Move over』を無意識に指先が追う。静かに口ずさんだ歌声は、酒焼けして音痴に聞こえる。それがまた年齢に見合った味を出しているようにも思えた。
本気でミュージシャンになれると思っていた。レコード会社から声を掛けられたのが運のツキ。高額な借金をして作ったデモテープも虚しく、結局どこも買ってはくれなかった。あとに残ったのは借金だけだった。
バンドメンバーはそろそろと音楽をやめていった。もっともらしい言い訳をしながら、努力も半ばで才能がないと認めたんだ。情けない。
才能があると過信したままのぼくは細々と音楽活動をつづけた。アルバイトをして資金を貯めて、機材を購入してはアルバイトをする。たまに自主製作CDを制作したりしながら、やっぱりアルバイトを中心に音楽活動をした。
三十を超えたあたりから、この道の先には、この暮らしを維持するだけの生活しかないのだと気付いて、音楽に対する情熱を失いはじめた。その頃には何万人もの観客の前で歌う未来を描けなくなっていた。見知った顔だけの客席に希望を付加するのには限界がある。もはや夢でも意地でもなければ、金にもならない音楽活動は、人生の重荷だった。
「音楽やめようと思って」
「やめてどうするの」
何気ない発言が自分の首を絞める。
なにかをやめたら、なにかをはじめなきゃならないのだと思い知らされた。
人生の半分以上を占めている音楽を捨てるという選択は、完全に社会からはみ出すことでもあった。特殊な道を選んだ人間が、そこから外れるとすれば、通常の枠組みに収まって生きるしかない。
「うちで働く?給料は悪くないと思うよ」
「いっ、いいんですか」
そんなみっともないことできるか、という心の叫びを堪えて即答した。今更新しい環境に馴染めるとも思えなかった。
「人手足りないから助かるよ」
長年のアルバイト先で正社員として働くことになった。年中無休の居酒屋なので、週休一日で開店から閉店まで働いた。それに見合った対価が毎月手渡された。個人経営というだけあって、いろいろと曖昧な部分はあったが、然程気にならなかった。
合間に音楽活動をしていた頃よりずっと楽だった。しばらくは生きる糧を失って屍のような気持ちだったのも、ほんの数か月で慣れてしまった。居酒屋での仕事は嫌いではなかったし、気心知れた人たちと毎日一緒にいられるという安心感がある。なにより家賃や光熱費の心配をする必要がなくなったのが大きい。
生き甲斐を失っても人生は殊もなくつづいた。仕事と、仕事と、仕事しかない暮らしは、穏やかに過ぎていった。退屈だと思うほど時間に余裕もなく働いた。
ぽろんぽろん。誰もいない部屋で乾いたギターが寂しそうに鳴る。取るに足りない暮らしが音楽歴を追い越そうとしていた。空虚な心に酒を流し込むと、その分の水分が瞳からこぼれた。
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