蛍その一

 三日後、小さな灯りを持って集合場所へ行きました。あたりは薄暗くなり、蛙がせわしなく鳴いておりました。彼女と落合い、山へと足を進めます。ここまで来ると蛙の声が遠くなって、虫の鳴き声が夜道を包み込みました。今日はあいにく曇りのようで、いつもより湿っぽい感じがしました。


 それからだいぶ歩きまして、日はすっかり落ちてしまいました。いろいろ探し回りましたが、残念なことに蛍はいませんでした。空は真っ暗闇が広がっておりまして、灯りのおかげでかろうじて足元が見えている状態でした。残念でありました。


「まだ、出ていないようだね。また改めて来よう。」


「そうね。でも、夜道をこうやって歩くのちょっぴり楽しかったわ。」


彼女は明るく言うのでした。


私たちは少し休憩しようと、持ってきた茣蓙を敷いて座りぼんやりと灯りを眺めていました。


私はこの二人でいる時間がとても特別で変えがたいものに感じられました。辺りは暗く、黒く、どっしりと重くなっていきます。


そんな時です、


「そういえば、わたくしあなたの名前聞いていなかったわ。」

彼女が話を切り出しました。


私は突然のことにびっくりしてしまいましたが、確かにと思いました。出会ってからかなり経ったのですが、お互いの名前を未だ知っていなかったのです。そうして私は知らなかったと言うのに、あんなにも気軽に話していたのでした。


そして、私はこの世の神秘を打ち明けるかのように言いました。


「喜代美と言うんだ、僕の名前。」


手が震えておりました。そして自分の名前を言うだけでこんなにも緊張するのかと思いました。


彼女は、微笑みながら私の名前を聞くと、


「風子よ、姓は東。両親と、この村まで越してきたの。」


彼女は両親と移住先を探しておったようで、偶然この村にしたと言います。それから、彼女の里のことや、私のこれまでの生活なんぞを語り合いました。


この会話は晩秋の夜空にかすかに響き、黒はどこまでも広がっていきました。

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