白昼夢

 春の陽気が降り注ぐ昼下がり、私は木陰に身を寄せて物思いにふけっておりました。それは、足音が遠くなった冬のことを思い返し、青々と茂った草木を眺めながら春の心地よさを感じ、この瞬間の永遠を願っておったのです。そんなこんな考えておりますと、眠気が差しましたので少し休もうかと思いました。すると、私の視界が陰りました。葉が揺れているのかと思いましたが、風が吹いている様子もありません。気になりましたので、それを確かめようと試みました。


 不意に春風のごとく、柔らかな声が耳をかすめたのです。


「あら、先客がいらしたのね。」


 春風の正体は女性でありました。


「こんなところで人に会うとは、白昼夢かと思ったよ。」


「あらやだ、夢なんかじゃありません。私はちゃんとおりますよ。」


 ほら、と彼女はくるりとまわってみせました。私はその美しさに、鳥の声、小川のせせらぎ、日差し、その全てを置き去りにして魅入ってしまいました。


「こんなところで何をしてらしたの。」


 私は現実に戻ってまいりました。


「ああ、少し休憩をね。この時間はすごく気持ちがいいんだ。」


 彼女はあたりを見渡し、


「いいところですね。ここには良く来るんですの。」


「大体毎日来ているよ。君は見ない顔だがどこから来たんだい。」


 私は早速疑問をぶつけました。


「松山の方からきたの、昨日越して来たのよ。」


 山ばかりのこの田舎に越してくる物好きもいるんだと、考えておりました。しかし、今私が居る場所は村からかなり離れているのです。


「君はこの場所どうやって知ったんだい。かなり山の中だよ。」


 彼女は、

「荷運びが一通り済んだから、散歩しようと思ったの。気づいたらここまで来てた。そしたら人がいるもんだからびっくりしちゃったわ。」


 散歩で来るような場所ではないのに、よく来たなぁ。と私は驚きと同時に感心を覚えたのでした。




 それから、私は彼女と山を下りました。道中モッコウバラが綺麗だろ。と話して見せると、花に詳しいんですの、わたくしに教えてちょうだい。と言ってくるので、私は山の花、沢の花、野の花と色々と聞かせてやりました。そのたびに彼女は、幼子のような笑を浮かべておりました。


 しばらくして彼女と別れました。すると、どっと疲れが出てきたようでありました。いつもなら川縁に沿って帰るのですが、その頃には空が赤みがかり一番星が現れそうな勢いでしたから、今日はそのまま帰路につきました。

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