頑張るのって、何のため?

物書き・K

前編 18人の泣き顔

 少年達を救ったのは、漫画『ドラゴンボール』のキャラクター・亀仙人の言葉だった。一度絶望しかけた彼らは、再び立ち上がることができた。


 それは、本当に大事なことを知ることができたから。

 


 2020年4月26日の夜、

 画面に映る顔は、みんな泣き顔だった。


「インターハイのために毎日練習してきたのに」

「自分達の目標がなくなった」

「今まで頑張ったのはなんだったのか」


 PC画面には18人の高校3年生の顔と1人の50代男性の顔が並んでいる。

 18の若い顔は、いずれも真っ赤、そして涙と鼻水でグシャグシャ。

 ただ1つ、白髪交じりの男性の顔のみが冷静さを保っている。

 

 いまやすっかりお馴染みとなったビデオ会議システムの画面。

 

 そこに並んでいるのは、日本有数の文武両道校として知られる九門クモン学園高校バスケットボール部3年生の顔と、同部の顧問の顔。

 17人の丸刈りと1人のおかっぱ。男子選手と女子マネージャーは、いずれも泣き顔だ。


 「オンライン飲み会」なるワードと共にビジネス用途を飛び越えて一気に世の中に浸透したビデオ会議は、同校の部活動の現場でも活躍していた。


 昨今のコロナ禍によりチーム練習や試合の機会が失われた中、しかし彼らは顧問の指示のもと自宅での個人練習に励み、いつか帰ってくるであろう、いつもの日々を待っていた。


 顧問は、毎日ビデオ会議を実施した。来たるべき本番を前に、ともすればあっさりと切れてしまいそうな少年達の集中力とモチベーションを繋ぐために毎日会話を続けた。


 マネージャーは、顧問の指示をパワーポイントにまとめ、在宅練習ドリルとして毎日仲間達に展開した。「このくらいしか出来ることないから」と笑顔で作業に励んだ。


 少年達は、顧問の熱意とマネージャーの努力に全力で応えた。1日たりともサボる日はなかった。ビデオ会議を欠席する人間も1人もいなかった。


 必死で頑張った。いつか帰ってくるであろう、いつもの日々と、その先にあるインターハイのために。



 だが、

 いつもの日々が帰ってくる前にジャッジメントは下された。


 2020年4月26日、全国高校体育連盟の臨時理事会により、全国高校総合体育大会、通称「インターハイ」の中止が決定されたのだ。


 

 彼らは「九門バスケ部史上最強」と呼ばれた世代だった。同校15年ぶりの日本一の夢を、2020年夏に賭けていた。あらゆる情熱をバスケに注いできた。


 他のことには目もくれない様子の彼らに当初疑問の視線を向けていた保護者も「3年の夏が終わったら勉強する」という約束が交わされた後は、子供達を応援する姿勢に切り替わった。


 昨年冬の選抜大会では2年生以下の布陣で全国大会進み、次の日本一の夢はいよいよ現実味を帯びてきていた。


 しかし、一致団結の努力の成果を披露する場はこの日消滅した。



「先生、僕達は何のために頑張ってきたんですか」



 涙を流す少年達に、顧問は「インターハイがすべてじゃない」と言った。


 その瞬間、少年達はみな同じ顔になった。

 途端に酷く冷めた表情になったのだ。


―― 何度も聞いたよ、それ

―― 先生も同じか


 インターハイ中止の発表からこのビデオ会議までの数時間、周囲の人間から、あるいはSNS上で発信活動をする成人アスリートから、あるいはどこの誰だか分からないが正義の味方っぽい発言を連発する数々のアカウントから、同じような意見を何度も見聞きした。


「インターハイがすべてではない」

「 君達には未来がある」

「 これまでに流した汗は決して無駄にはならない」

「この経験はきっといつか役に立つ」

「辛いときだけど前を向こう」


 教科書にでも書いてあったのかというくらい、ことごとくみんなが同じことを言う。いってしまえば、もう聞き飽きた。


―― いつか役に立つって、いつ? 何の役に? 未来って?

―― つまり大人も分からないんだろう、それが何なのかは

―― 子供だましの声はいらない。自分達はもう子供じゃない


 だが、この顧問は違った。

「ちょっと大人向けのハナシかもしれないが……」


「……?」


 少年達の姿勢が変わった。どうやらこれまでとは違うハナシが始まるらしいと。


 とはいえ、その第一声は彼らの想定とあまりに違い過ぎた。


「お前ら、亀仙人かめせんにんって知ってるか?」


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