第12話 問
この世で一番わからないのは、人の心だ。
他人のことを理解することは出来ないし、理解されることもない。
━━そう考えるようになったのは、いつからだろうか。
いや、もしかしたら人は潜在的にそういった意識が根付いていて、わからないということがわかっているのかもしれない。
だから悩みを聞きたがる。共感を求めて、偽りの理解による快感を得ようとする。
誰もが理解して欲しいと願っている。
しかし同時に、簡単に理解されたくないとも思っている。
プライドという鎧を身につけ、懐を守り、挙句の果てには仕方がないと勝手に諦める。理解してもらおうなんて思ってないくせに、どうせ理解出来ないと吐き捨てる。
そこにいつも存在しているのは、傷つきたくないという絶対的な防御反応だ。
誰しもが傷つきたくない一心で、箱の外からつつくだけで中身を見ようとはしない。
だから人の心はわからない。
いつだって人は、シュレディンガーの猫なのだ。
「━━今度の日曜日、14時に池袋でお待ちしています」
6月最終週日曜日。
梅雨晴れの下、池袋駅東口のKIOSKの前の柱に身体を預けてスマホをポチポチと弄っていた。
緊張で頭が回っていなくて、マジでポチポチしているだけだった。
今日は柚羽さんと出掛ける約束をした日だ。
集合時間の15分前くらいに到着し、今のポジションに落ち着くとそれからずっとポチポチしている。
なんでお呼ばれしたのかしら……。
謎は深まるばかりで、そんな問いを既に数十回繰り返している。
だから頭の中はクエスチョンでいっぱいで、作業的にスマホを弄っているだけだった。
不意に画面左上に表示されている時間に目がいった。
ちょうど左端を除いた数字が全て変わったところだった。
画面から顔を上げると、柚羽さんが小走りで向かってくるのが見える。
「優雨さん!!すみません、ギリギリになっちゃいました〜」
ライトパープルのワンピース、足元は涼しげなヒールサンダルで、髪は後ろで1本にまとめてリボンで結び毛先には軽くパーマがかかっている。
いつもの何倍も綺麗だった。
ひらりと揺れる袖口からすらっと伸びた細い腕を挙げて手を振っている。
本当に彼女と待ち合わせているのは俺なんだろうかと、少し心配になった。が、彼女は迷うことなくこちらに近付いてきて、俺の前で足を止めた。
「晴れて良かったですね〜!」
陽光に照らされて、目尻にクシャッと皺を寄せた笑顔が眩しい。
「本当に良かったです。名前に雨っていう字が入ってるので、雨に好かれるんですよね」
「えっ、優雨の“う”って雨なんですか??」
「そうなんですよ。涙で顔を濡らす人に優しい雨を降らす、って意味らしいです。いや、全然意味わかんないんですけどね」
「そうですか?私は素敵だと思います」
今度は口角を軽く上げた優しい笑顔で、応えてくれた。
「じゃあ行きましょうか」
柚羽さんに導かれ、雲一つない空の下に一歩踏み出した。
連れられるがままに歩いて着いた先は、サンシャインシティだった。
小テーマパークに水族館、展望台にはVRアトラクションもある。まさにデート施設。
小テーマパークで少し遊んだあと、水族館に入ることにした。
薄暗い館内で水槽だけが淡い光を発し、その中を優雅に泳ぐ魚を眺めていると不思議と張り詰めていた心が弛緩し、ポロリと本音が溢れ出す。
「今日は、どうしてここへ?」
ずっと胸中に渦巻いていた疑問が口をついて出た。
「……」
柚羽さんは、口元をキッと結び慎重に言葉を選び、フッと一つ息を吐いて訥々と話出した。
「この前、幕張でお会いしましたよね?」
探るような瞳でこちらを伺う。
「……はい」
真っ直ぐな眼光に、やや狼狽えて目線を外しつつ、肯定をして次の言葉を待つ。
「あの時の……その……あの子は、……」
しかしすぐに言葉は途絶えてしまい、なかなか前には進まない。
ワンピースの裾を掴む手が震えていた。
これ以上、待ち続けるのは酷だと思った。
確かに人の心はわからない。だから、投げかけられる問いの意図はわからない。けれど意図はわからずとも、彼女の問い自体は何となくだが予測がついた。それに対する解は用意出来る。出題者の意図が不明でも、解を出すことは可能なのだ。
人の心がわからないのならば、これ以上待って意図を聞き出した所で理解は出来ない。解が出ているのなら、こちら側が理解出来ないことの表出に苦しむ必要はない。
だから、嘘偽りなく彼女の問いに対する解であろうことを伝えることにする。
「……彼女のことが、好きでした。年下なのに、僕よりもずっと大人で、強くて、いつも勇気をくれたんです。……彼女は恩人です」
淡々と事実だけを並べる。
柚羽さんは、戸惑いなのか悲しみなのか、ぐにゃりと一瞬表情を歪めたが、唇を噛み締めてすぐに優しく微笑んだ。
「私、伝えたいことがあって」
そして彼女は、俺の解に対して別の解をもって応えた。
鋭く俺を捉えていた眼光はいつの間にか緩み、やや目尻を下げて水槽へと視線を移す。
連られて、ゆったりと水中に浮かぶ海月をぼんやりと眺めた。
「私、……告白されたんです」
けれど、もう一度綺麗な横顔を見るまでにはコンマ何秒もかからなかった。
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