第10話 交錯
『ゆうちゃん、今度の日曜日空いてる?』
そう、突然訊かれたのは3日くらい前の事だっただろうか。
急な話だったが、スワローズは遠征だし、野球に行く以外インドアな人間に休日出掛ける予定など当然ながら無い。
『空いてるよ』
『私ライブでそっち行くんだけど、夜公演まで少し時間あるから夕方くらいに少し会えない?』
『別にいいよ。わかった』
汐里と会うのはあの日以来だった。
最近はたまにメッセージのやりとりをすることがあったけど、以前のように会うことは全くなくて、顔を合わせて話すのは本当に久しぶりだから緊張する。
でも、何か用でもあるのだろうか。
訝しみながらも、何着て行こうかと頭の中でシミュレーションをしているうちにいつの間にか眠りについた。
6月初旬、神宮球場。
いつも通り3回終了後に席を立ち、唐揚げを買って戻る途中に柚羽さんと目が合って、足を止めた。
「今日は打ち勝てそうですね!」
そう言って、ポニーテールを揺らす柚羽さん。肌は野球観戦で焼けたのか、黄金色だ。
今日はポニテなんですね。実は耳が見えるのが凄く好きなので、とてもいいと思います。はい。
「最近は好調ですね。6回までにリードすれば、中尾ー近藤ー石山で逃げ切れますし、野手陣も多少気が楽なのかもしれませんね」
「リリーフが岩盤なヤクルトは強いので、今年は期待できますね!!」
「僕も期待してます。2015年のように粘り強く戦って欲しいです」
じゃあまた、と踵を返しかけた時、あっと柚羽さんが声を上げたので再び視線を戻すと、手を軽く合わせて何かを思い出したかのような表情を見せた後、ニッと笑って口を開いた。
「そう言えば私今度ZOZOマリン行くんですよ!友達に誘われて。スワローズじゃないんですけどね」
「ZOZOマリンですか、いいですねぇ。神宮、ハマスタ、東京ドーム以外は行ったことないので羨ましいです」
「私も初めてなんですよ〜。何かお土産でも買ってきますね!」
「いやいや、いいですよそんな」
「いえ、遠慮せず!」
「じゃ、じゃあ……。よろしくお願いしま
す」
球場に行ってお土産とはと思いつつも、軽く口角を上げて会釈する。
「ではまた」
そう告げて柚羽さんのもとを後にする。柚羽さんは、少しだけ歯を見せて小さく手を振ってくれた。お茶目なところもあるんだなぁと、年上の可愛い一面に新鮮味を感じて緩んだ頬に唐揚げを放り込んだ。
6月中旬。
梅雨晴れの今日は絶好のディズニー日和だろうなぁ、と思いながら舞浜を通過した。
目的地は、海浜幕張。
汐里と会うため、高い交通費を払って電車に揺られていた。
そう、海浜幕張まで行くと途端に高くなるのだ。舞浜まではそうでもないんだけど、海浜幕張までとなると爆上がりする。
だからと言って舞浜から歩くわけにも行かず、結局ペイして今に至る。
寝たり本を読んだりしながら過ごし、舞浜からそこそこの時間がかかって海浜幕張に到着した。
結構遠いんだよね……。だから高いんだけど。
待ち合わせ場所の千葉ロッテのグッズショップ前に向かって歩く途中、遠目からでもわかるオシャかわ色白女子を見つけた。
小走りで近くまで行き、確かに彼女であることを確認して声を掛ける。
「久しぶりだね。待った?」
スキニーパンツに白地のノースリーブ。華奢な腕は服に同化するくらいに白くて、細く長い指でスマホをポチポチしている。黒のキャップを被っていて、爽やかな清潔系女子という雰囲気の服ながら、ショートカットも相まってボーイッシュなイメージを受ける。
オシャかわ美少女は顔を上げると、弄っていたスマホをポケットにしまい、よう!という具合に軽く手を上げた。
「今来たとこ。でも、なんでここ?」
そう言って、ロッテのロゴを親指で指す。
「ん?ああ、俺がわかりやすいから」
「いや、普通女の子に合わすでしょ」
「まあ、普通はな」
「ゆうちゃん普通じゃないしね。方向音痴だし」
呆れたというジェスチャーとともに、はぁーとため息を吐いて見せて、そのあとにふふっと笑った。
「変わらないね、ゆうちゃん。久しぶり」
「半年やそこらで変わる方が珍しいんだよなぁ」
「それはあるね」
久しぶりだけど、ちっとも変わらないテンションで、凄く居心地の良い会話だ。
「そういや、何で急に誘ってきたの?何か用でもあった?」
「何でもいいの。ほら、行こ」
そう言うと汐里はあざとく頬を膨らませて、くるっと回り背を向け、後ろで手を組んで歩き出した。
いやなんだよ……。てかどこに行くの……。と心の中でツッコミながら、後を追った。
「でね、友達が━━」
汐里に連れられて来たのは、駅のすぐ近くにあるショッピングモールのTully's Coffee だった。
Tully's Coffee って普段入らないから緊張しちゃうなぁ、とDOUTOR専の俺は思うのだった。
まあどこ行っても大体初めてだから緊張するんだけどね!
「ゆうちゃん、なんか面白い話ないの?」
ストローを咥え、上目遣いで言ってきた。
「いや、唐突だな……」
「ね、ないの?」
「突然言われてもなぁ。そういうの一番困るって小学校で習っただろ……」
「習ってないわ。なーんだ、つまんないの」
「えぇ……。今まで散々話しといてそれかよ……」
「いや、ゆうちゃんだし」
「俺の使い方雑すぎでしょ……」
口ではそう言いながらも、汐里はどこか楽しそうに見える。
「やっぱり、ゆうちゃんといると落ち着くな。私ね、楽しいよ今」
「そうか」
なら━━。言いかけた言葉を豆乳ラテと一緒に飲み込み、一言だけを返した。
彼女は、照れ隠しなのかコップ残った氷をストローでガラガラかき混ぜた。
「うん、いつも話聞いてくれてありがとね」
「急にどうした。便秘か?」
「うるさい!ばーーーーーか!!」
べーっと舌を出して、もう一度小さくばかっと呟いた。やや溶けていた氷水をズズっと吸い上げ、腕時計を確認する。
「じゃあそろそろ開場時間だから、出よっか。ちょっと御手洗行ってくるね」
鞄を持って御手洗に向かったのを見届けて、会計を済ませておこうと俺も席を立った。
「来てくれてありがとう。遠いのにわざわざごめんね」
「ああ、いいよ別に。予定がなきゃ来るに決まってるでしょ」
「何それちょっとキュンとした」
くだらない会話を続けながら、幕張メッセまで見送ろうと歩き出す。
すると、ロッテのユニフォームを着ている人が周りに多いことに気付いた。
まだ明るいが、時間は夜と言ってさしつかいない。デーゲームだったロッテは、試合が終わったのだろう。
「初めてだったけど、楽しかったぁ」
「でしょでしょ!また来てね!」
「俺もまた来たいなぁ」
「今度は神宮にも来てよ!」
前から歩いてくる若い男女の集団の会話が漏れ聞こえてきた。どうやらヤクルトファンもいるようだ。
なんだか良さげな雰囲気で、野球観戦デートかぁいいなぁと思いながら、ちらっと見る。
そして、息を飲んだ。
「えっ」
向こうも俺に気付き、目を見開いた。
黒いロングスカートにボーダーの服を合わせた、いつものスワローズユニフォームとは雰囲気が違ってバッチリお洒落をした柚羽さん。
「どうしたの?ゆうちゃん」
Tシャツの裾を掴んで、汐里は訝しんで聞いてくる。
柚羽さんも、俺も、顔を強ばらせたまま一瞬足りとも目を離さず、足も止めず、そのまますれ違った。
「ねぇ、ゆうちゃん?顔、怖いよ」
汐里にそう言われるまで、時間は数秒しか経っていないはずなのに、俺には果てしなく長く感じられた。
「あの女の人と知り合いなの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます