第9話 ショートボブ

 神宮開幕戦から数週間が経った某日、家でビジター戦をテレビ観戦した後、風呂に入り諸々のナイトケアを終えてから寝室にもなっている自室のドアを開け、ベッドにダイブした。

 だからと言って別にすぐ寝るわけではない。

 QuizKnockの動画を見たり、ラノベや漫画を読んだり、写真集をパラパラめくったりして一人の時間を楽しむのがいつものパターンだ。

 てことで、いつもの如くツイートしてみたり、QKの動画を見たりとスマホをポチポチしていたところ、千石撫子のような柔らかく包み込んでくるような天使の着ボイスと共に画面にメッセージが表示された。

 その送り主を見ると、俺は一度スマホをスリープ状態にして閉眼し、大きく深呼吸をした。そしてまたスリープ状態を解除して通知欄を確認する。それを数回繰り返してみたが、表示されているメッセージ、送り主に変化はない。

 取り敢えず原始的な方法も試そうとスマホを叩いてみたが、やはり変わらない。

 軽いバグかもしれないとも思い、再起動のボタンを押す。

 ━━動揺していた。そんな馬鹿な。

 再起動しても変わらなければ、きっとバグでも幻覚でも何でもなく、確かに彼女からのメッセージなのだろう。

 意を決して、再起動したスマホに視線を戻す。「使いなさいな」と書かれたフォルダからLINEを選んで開く。その一番上、最新のメッセージの送り主の名前は、見間違いではなく、彼女だった。もう疑いようがない。

 『汐里』

 その名前に、心臓が強く反応しているのを感じる。身体が熱い。耳にはリズミカルな拍動の音だけが響いていた。

 あの日から既に4ヶ月近くが経っていた。

 今更、一体どういうつもりなのだろうか。

 予期せぬ出来事に頭が追いついていかない。しかし無視するわけにもいかず、震える手で一番上に表示されているその名前をタップする。


 『ゆうちゃん、突然ごめんね。久しぶり。連絡しようかずっと迷ってたんだけど、ゆうちゃんにはいろいろ相談に乗って貰ったし、やっぱり言わなきゃって思って』

 『あのね、私ショートにしたんだ』


 その内容は、神妙な文面に似合わず、俺がよく知ってる汐里の話だった。

 突然の事で相当身構えていたため自然に入っていた全身の力が一気に抜ける。

 その瞬間、頬が緩んだ。

 そっか、ショートにしたんだ。

 送信されてきた写真を見ると、なるほど、背中まで伸びていた髪はバッサリと切られ、ショートボブヘアになっている。

 でも元々美形で整った顔立ちをしているのだ。似合わないわけがない。数ヶ月ぶりに見た汐里は、ただただ可愛かった。


 『久しぶり。なんだ、よく似合ってるじゃん』


 だから、俺なりの最大の賛辞で応えた。

 触れたら溶けてしまいそうな白い肌、長いまつ毛に大きな目、その瞳はよく澄んでいて人の本性を覗く。怖いくらいに綺麗で大人びた顔貌なのだが、ショートヘアにしたことで若干のあどけなさを感じるようになった。

 彼女の美に対する努力は、目を見張るものがある。改めて、尊敬の念をおぼえた。


 『ありがとーーーヽ(*´v`*)ノ』

 『でもね、クラスでは半々くらいなんだよね……賛否が』


 『うーん、まあショートは好き嫌い分かれるからなぁ。俺は勧めた身だし、普通に予想通り似合ってると思うよ』


 『そう?やっぱり??』

 『ありがと』


 続けて、私に似てるらしいんだよねって言って以前よく送ってきていたウパーのスタンプが送られてくる。

 たしかに雰囲気がイメージに合う気がする。


 『そういやゆうちゃんさ、彼女出来た?』


 次に届いた文面に、不意をつかれて固まってしまう。


 『いや、いないけど』


 『なんでよ。早く彼女でも作って、惚気話聞かせてよね。待ってるから』

 『写真とかも送ってね!』


 そして、彼女はいつも俺を置いていく。

 こちらの気持ちも、積もる話も、少しだけ期待した掴めなかった未来も、全て置いて彼女は俺を突き放してどんどん先へと突っ走っていく。

 その背中は見る見る間に見えなくなり、後に残されたものは自分が進んでいるのかもわからない。

 歩みを止めてしまえば、彼女の背中をもう一度捉えることは絶対に出来なくて、だからただがむしゃらに足を出す。


 『また連絡するね!おやすみ』


 彼女がたまに残してくれるオアシスで水を飲み、歩みを進める。

 荒野をひたすら、前へ、前へ。

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