凍えるほどにあなたをください ―― 同題異話SR -Jan.-



 この季節、彼女はいつも寒い場所にいる。

 寒がりの私にとっては到底理解が及ぶところではないのだが、文芸部に所属し、詩人をやっている彼女にとっては、この寒さというものは得がたい好機であるらしい。寒さが痛みとなって生きている実感を与えてくれる。その実感が閃きをもたらし、その閃きが詩となる、とのことであるが、私にはさっぱりわからない。わかるのはただ、私、栗村くりむら牧子まきこが、彼女――瀬藤せとう真由里まゆりを愛してやまない、ということくらいである。

 冬に彼女に会いに行くには、厚着をして出かけなければならない。居場所を尋ねたら、丘の上にいるという。茜ヶ嶺あかねがみねの市街を一望できる小高い丘だ。周囲に風を遮る物はなく、一月の凍える風が体に滲みる。せっかくの休日を、真由里は寒風にその身を晒して過ごしているらしい。物好きな。

 そんな彼女が気になって仕方なく、のこのこ外に出て行く私もまた、物好きには違いない。


 真由里のことを気にするようになったのは、彼女が昼休み、毎日屋上に行くことに気づいてからだ。コートも着ずに、ひたすらに一途に屋上で佇む姿を見てからだ。

 屋上でひとり、ここではないどこかを思う様子を見て、風に揺れる長い髪の一縷いちるを見て、美しいと思ってしまったからだ。

「風邪引くよ」

 丘の上に着いて真由里の隣に立つと、私は恒例となっている言葉をかけた。真由里はコートもジャケットも着ようとはしない。半袖ミニスカで来ようとしないだけましか。いくら言っても真由里に省みるところはないし、また、真由里が風邪を引いたためしもない。私はそれきり言葉を継がず、黙って使い捨てカイロを差し出した。

「ありがと」

 手袋もマフラーもしないのに、不思議なもので、カイロは黙って受け取る。彼女はカイロの包装を裂くと、両の手のひらの間でそれを揉み始めた。

 なぜこんな奇矯ききょうな女子に惚れてしまったのか。どうして佇む真由里の姿を見て、とっさに美しいと反応してしまったのか、私は私の感性に疑問を持つものの、すっかり好きになってしまった事実に変わりはない。

「閃きそう?」

 私は真由里に問うた。私が真由里の詩の出来を気にするのは、それが告白の返事だからだ。

 そう、私は真由里に告白をした。女同士だからと突っぱねられなかったところは僥倖ぎょうこうと言えるだろう。真由里からの返事はこうだ。牧子まきこを想う詩が書けたら、それは牧子が好きということだから、そうしたら付き合う、と。

 そうして私はしばらくじらされているわけである。私を想う詩とやらが、一向に書き上がらない。

「最初はね、すぐに浮かびそうだったんだけど」

 真由里はぽそりと言った。だけど、とはどういうことだ。結局じらされた挙げ句に私は振られるのか。

「今は迷子。どうしてもまとまらない」

 真由里は市街を見つめて言う。私への気持ちが迷子ということか、そうでないのか、それを聞く勇気はとっさに出なかった。

「場所、変えよっか」

 そう真由里が言うので、私はおとなしく従って例によってのこのことついていった。


 二人連れ立って大きな公園を歩いている。なんとなくデートの雰囲気がある。大変よろしい。

 園内を流れる人工の川があり、それは池に続いている。寒々とした川沿いを歩きながら、真由里はぽつりぽつりと漏らした。

「今までずっと、ひとりで寒さを味わってたの。それが当たり前で、普通のことだよね」

 川のせせらぎが、いかにも寒く耳に届く。

「それが、牧子が隣にいてくれるようになって、寒いのになんだか暖かくって、外で会えば会うほどに、牧子のことが気になっていった」

 歩いていって、池にまで到達した。薄く氷が張っている。寒いわけだ。

「最初ならできた。今ではもう、思いがあふれすぎて、詩にできない」

 聞いていて、だんだんと腹が立ってきた。どうしてそんなにも詩という美学にこだわるのか。詩人でない私には一向にわからない!

 苛立ちそのままに、私は真由里を池に突き飛ばした。ばっしゃーん、薄い氷はあっけなく、音もなく割れ、真由里は見事に池の中に着水。溺れるほど深さのある池じゃない。立ち上がった真由里はこちらへ振り向いて、目を丸くしていた。

「これ以上なく寒くしてあげようと思って」

「何? 私、牧子に嫌われた?」

「それで詩が思いつかなかったらすっぱり諦めて、素直に言えばいいんだよ! そのまんまの言葉で! 真由里自身の素直な言葉で!」

 真由里はのそのそと池から上がってきた。この寒さの中で冷水を浴びては、本当に凍えるほどだろう。真由里は私に向き直ってはっきりと言った。

「詩にできない! 好きです! 大好きです!」

「いやっほう!」

 喜びのあまり、私は私で池に飛び込んだ。ばっしゃーん。私も随分と奇矯だ。池の水に凍えながら、私は真由里を誘った。

「一緒に私の家に行こう。今日うち親いないからさ、ふたりでお風呂に入ろうよ。ちょっと狭いけどさ」




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