間違いなく君だったよ ―― 同題異話SR -June-
間違いなくきみだったよと、あたしは言いたい。
あたしと
――だから、連中どもは見る目がないというんだ。
駅前にあるアーケードを通り、帰路を進む中、汐理はぽつりと言った。
「よかったぁ。四位で。もうひとつ上だったら、表彰台に上らなくちゃいけないところだったよ」
控えめなのも汐理の美点であろう、が、今はそれで良しとできない。表彰台の一番上に! 汐理は上るべきだったんだ!
うちの高校、県立
女子校のミスコンである、かっこいい女子に人気が集中するのは仕方がないのかもしれない。これが隣の茜ヶ嶺男子高との合同開催であれば、まだ優勝の目があったかもしれないものを。
優勝は間違いなく汐理だったよ! と、あたしは声を大にして言いたい。
しかし悲しいかな、それを実際に言ってみたとして、下手な慰めと受け取られるのがオチなのだ。「気を遣わせてごめんね」と恐縮されるに決まっているのだ。
あたしの気持ちを理解してもらうためにはどれほどの熱弁をふるえばいいのか、それを思うと怖くて言い出せないのも現実なのだ。なんて言えばいい? 毎日毎日、その美貌に熱視線を送っていると言えばいいのか。内面もミス
否定されたらどうする。あたしは誰より美しい汐理が好きでたまらないんだと告白したくなってしまう。幼なじみとしてふたり生きてきて、恋心を抱いたのはいつからだったろう。毎日毎日抱きしめたい、いいや、いっそ抱きたい、と、白状したくなってしまう。好きで好きでどうしようもないんだ間違いなく一番は汐理だよと言いたくなってしまう。
――なので言えずにいる。間違いなくきみだったよ、とは。
「みんなきらきらしてて、気後れしちゃった」
などと汐理は微笑んで言うので、かわいくてときめくやら腹立たしいやらであたしは忙しい。しかし、まさか銅のトロフィーさえもらえないとは。
汐理は舞台上でおどおどしていたわけではない。しとやかに、自分の良さをむしろ堂々とアピールしていた。連中どもにはその良さが十分に伝わらなかったようだが。我がことのように悔しい。いいや、あたしたちはまだ二年だ。来年こそは!
結局、黙ってもいられず、あたしは遠回しに汐理を称えるようになった。
「ごめんね。ミスコンに汐理を他薦したの、実はあたしなんだ」
思ってもなかったというふうで、汐理はたおやかに驚いた。
「
短いアーケードを抜けたところにある小さな公園に、あたしは目をやった。「少し、話そうか」と誘うと、汐理は「うん」と頷いてくれた。
空の果ては紅から紫に変わりゆく、自然光の移ろいが、汐理の美しさを
ブレザーを汚すのはためらわれ、結果、立ち話となった。
「汐理なら、絶対に一番になれると思ったから」
「四位だったよ。期待に応えられなかったかな……」
汐理は俯いて申し訳なさそうにする。違う。そんな表情が見たいんじゃないのに。あたしは頭がこんがらがってしまう。あんな綺麗な汐理に、こんな顔をさせるなんて。余計なことを喋る悪癖が顔を出す。
「いや、そうじゃなくてね。四位でも十分立派というか。あのね、汐理はもっと目立ってもいいと思うんだよ。こんなに美人なんだし、ほら、人気出れば彼氏とかできるかもしれないしさ」
あたしは本音でないことばかりぺらぺらと喋ってしまう。嘘だ。こんなことが言いたいんじゃないのに。
会話をばっさりと切ったのは汐理だった。
「彼氏なんていらない!」
汐理は涙顔に近しい表情を浮かべ、そしてどこかで怒っていた。「ごめん。帰るね」そう言うと、あたしへ振り向かずにひとりで歩き始めた。
残されたあたしは行き場なく、しばらく立ち尽くし、汐理の姿が見えなくなってから、自分を責めるために鉄棒で頭をごんと打った。
汐理に何を怒らせたのか不明瞭なままでも、自分の失態は明確だった。
「彼氏なんて、できてほしいわけないじゃんか。あたしの馬鹿」
さすが幼なじみ、帰ってみれば、家は隣なのである。互いの部屋もすぐ隣にあるのである。窓越しに会話をすることもしょっちゅうある。
今日は涼しくて、互いに窓を開けていた。網戸越しに目が合った、ような気がした。
あたしは網戸を開けて、様子を窺ってみることにする。ほどなく、がらりという音とともに、向かいにある汐理の部屋の網戸が開いた。お互いが、お互いをはっきりと見た。
声を張って近所に聞かれたくはなかったので、あたしはスマートフォンを手に取って、チャットアプリを通して汐理に通話をかけた。汐理はベッドからスマートフォンを取ってくると、『もしもし』と、通話に応じてくれた。なんて素直ないい子なんだろう。あたしたちは、互いに向き合う。
「ごめん。嘘
『ううん。私も本当のことは言わなかったから、おあいこ』
「本当のこと?」
実はもう彼氏がいたりするのだろうか。いいやまさか、そんなはずは――
『私、彼女ならできてもいい』
急な爆弾発言に、あたしはスマートフォンを取り落としそうになった。いやまさか、そういう意味だとは露知らず。言い訳になるのかわからないが、あたしは狼狽していたのだ。
「いや、だったらなおさら、人気者になって、彼女つくって――」
『
そう凄まれて、あたしは何も言えなくなった。黙るよりなかった。
『私、
汐理があたしを見る視線はまっすぐで、声音も真剣で、何もかも本気だと判ずるしかない。あたしは今、何を言われている? ひょっとして、告白されているのか?
『
「よくない!」
あたしは声を荒げて、とっさに通話を切っていた。電波越しではなく、直接の声で伝えたくなった。隣近所に聞かれてもかまうもんか! 汐理もまた、声を張って、肉声で応じてくれた。
「四位じゃだめかな? 彼女にふさわしくないかな?」
「四位じゃだめ! でも――」
さあ、やっと言おう。ちゃんと言おう。
「あたしにとって、いつだって、一番は間違いなくきみだよ!」
このままでハッピーエンドにしておけばよかったのだ。そうすれば蛇足なしに美しく終われたのだ。なのにあたしは黙れず、止まれなかった。必要なことは十分言ったにもかかわらず、勢いそのままで喋り続けた。
「毎日眺めてたい! ううん、毎日凝視してる! 抱きしめたい! いいやいっそ、今すぐ抱きたい! 大好き!」
あたしが恐れていた事態はこうして現実となった。あたしは言わなくていいことまでぺらぺら語ってしまったわけである。結果、どうなったかというと――
「何言ってるの!
これでもかという豪腕ストレートで枕が投げられ、飛んできた。狙いは外れず、あたしの顔面に直撃ヒット。あたしは思わず倒れ伏す。そりゃあ、隣近所に聞こえる声であんなことを言えば、こうなって致し方ない。
悶絶したままでいたら、スマートフォンが鳴って、汐理からのメッセージが届いたことを知らせた。取り落としたスマートフォンにどうにか手を伸ばして確認してみたら、こうある。
『どんな下着が好き?』
顔を上げて窓の向こうを見れば、汐理が真っ赤な顔をしている。誰より美しいあたしのお姫様は、見かけによらずむっつりだったみたいだ。
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