50食目 甘いパンに挟まれて
「おーい、お姉さんってば」
少年の片割れに声をかけられ自分が上の空だったこと気が付いた。せっかく部屋に招いたのに失礼なことをしてしまった。
招いたと言っても私が進んでそうしたわけではなく、彼らの言うがままにお茶の時間を取らされている。私より幼いながら人を誘導するのが上手だと変なところで感心する。
「ごめんなさい、少しぼんやりしちゃったみたい」
双子の少年達が淹れてくれたお茶のカップを両手で包むと温かさがじんわりと手のひらから伝わってくる。この香りのいいお茶に気持ちが癒されるものの、やはり心はざわざわと揺らいでしまう。
クラウスと合ってからどうしても気持ちが落ち着かないわ。変な気分。
クラウスは私の素性を知っている様子だったが、自分との関係性は未だ謎のまま。王族に関係する者なのか、腹違いの兄弟なのか。検討するにはあまりにも材料がなさすぎた。
「謝らないでよ、ぼんやりしちゃうのもわかるからさ。その霧のかかった心を晴らすために僕達いるんだ……なんてね」
「そうそう。あ、孤児院にいた時の院長への悪戯はまだ話してなかったよね? べレス」
「あぁ、あれだろ? 執務室の引き出しにさ―――」
アレスとべレスは昔の悪戯話に花を咲かせている。彼らの間に挟まれる形でテーブルを囲っているのでどちらを向いていればいいのかわからなくなる。
同じ顔に挟まれてると何だか変な感じね。
彼らは双子、同じ顔同じ声同じ髪型だ。どこか違うところがあってもいいのにそれを見つけられない。
私は気遣ってくれる彼らに申し訳ない気持ちでいた。彼らは私の不安や悩みに寄り添うように明るい雰囲気を作ってくれる。優しい子達なのに私は不躾にも個人の見分けすらままならない、それが嫌で仕方がなかった。
「あの……アレス、べレス」
「ん? どうしたの?」
「お腹空いちゃった?」
「いえ、違うわ。貴方達ってすごく似てるけど、どうやって見分けたらいいのかなって……」
話の腰を折ったうえに失礼なことを聞いてしまった。あぁ、やってること言ってることがぐちゃぐちゃ……自分勝手だわ。こういうの、情緒不安定というのかしら。
私の突拍子もない質問にも彼らは気を悪くすることなく笑顔で答えてくれた。
「なんだ、お姉さん僕達のこと見分けたいの?」
「そうね、ずっと気になってはいたのだけど……」
「うーん、でも見分けるって言っても特に見た目に違いはないんだよね。服も一緒だし」
二人は色々違いを考えてくれているようだ。悩む姿はまだ幼さを残していて、彼らが演じ分けるように少女と少年が同時にそこに存在していた。透き通った肌、薄紅色の唇、後頭部で結われた宵闇色の長髪にしなやかな首筋、どれも見惚れるくらいに綺麗だ。
―――って、どこを見てるのよ! 失礼極まりないわ!
「ねぇねぇお姉さん、いいこと思い付いたよ」
私がそんなことを考えていると、アレスと思われる方から提案があった。私は内心を気取られないように極めて落ち着いたふりをする。
「いいこと? あまりいいことじゃない気がするのだけど」
「あはは、いつもは悪いことも考えるけどこれは真面目なことだよ。椅子に座ったままじゃ難しいんだ、あっちのベッドに座ってみて?」
いつもは悪いこと考えてるのね……。
私は促されるままベッドに腰をかける。ベッドはぎしぎしと音を立てて私の体を支えた。
「ここでいいの?」
「そうそう、いい感じ。じゃあ僕達も」
そう言って二人は私を挟むように両脇に座る。軋むベッドはまだぎりぎり壊れていないらしい。
「それじゃあ今から見分けられるようにするよ。見分けるっていうか感じ分けるってとこかな」
どうやって、と口にするより早く、片方が私を抱き寄せた。中性的で幼いと思っていた彼らの体は触れると筋肉質で、意外に男性らしいのだと思った。
「ちょっ、ちょっと……どういうこと!?」
私は腕の中でもがいたが、彼は太った私の体をがっしりと掴んで離さない。
「しーっ……安心して、痛いことはしないよ。いいかな、お姉さんも感じたことがあると思うけど人は人を見た目で判断してしまうんだ。まぁ僕達を見た目で判断するような奴は特にいいカモ―――じゃなくていいお客さんなんだけど。でも大切なのは目には見えないもの……本当に見るべきは心なんだ」
耳元で囁きながらまるで幼子にするみたいにあやされる。熱を帯びた吐息が頬や耳に触れくすぐったい。いつのまにか私は大人しく身を任せていた。彼らは私に危害を加えたりしないのはわかっている。だから彼らの行動に身を任せるなんてことが出来る。例え普段は悪戯好きの小悪魔であっても。
私は自然と彼の体に腕を回していた。
「人は性格も違うしそれぞれに異なった魔力を持っているんだ、属性とは違うその人だけの個性と言ってもいい。僕達はわかりやすく魔力が見えているけれどそれは感じることも出来るんだ。お姉さんは魔力がないけれど、だからこそ人の魔力の違いがよくわかるはず。変に魔力に染まってないからね。感じてみて」
「そ、そんなこと出来ないわ。私には魔力もないし感じることも出来ないのよ。皆とは違うの……誰より縁遠いことだわ」
私だけが異質、私は邪魔者。王家のお荷物王女。魔力がない上に醜いから捨てられた、そんな風に考えてきた。だから彼が言うようには出来ない。怖い。今まで遠ざけていたことに触れるのが。
彼の抱き締める力が強くなる。
「僕達は色んな人を見てきたけどお姉さんほど優しくて興味深くて……素敵な人はいないよ。ほら、もっと僕を感じて。魔力を感じて」
私は深呼吸をして目を閉じる。
―――暖かい。
彼の鼓動がとくんとくんと聞こえる。集中していると体にじわりと風のような流れる感覚がした。
気のせい、かしら……。
魔力の感覚はノエルと過ごした精霊祭以来感じたことがない。しかし確かに何かが彼から流れていた。一種の風や水流のようなもの、あるいは暖気や寒気のように見えなくても肌で感じるあの感覚。それをもっと体の奥から感じる。
「僕はべレス。これが僕だよ、お姉さん」
「べレス……」
私が名前を呟くと急にべレスから引き剥がされ今度は反対側に抱き寄せられる。べレスとは向き合っていたのでアレスには背後から抱き締められた。
「今度は僕ね。悪いけど、べレスより優しくないかも」
あちらがべレスならこちらはアレス。首に顔を埋めるようにして来るので吐息も垂れる髪もくすぐったかった。
先程のように感覚に集中する。とくんとくんと鼓動を感じ、体温を共有する。
今こんなことを考えるのはおかしいかもしれないが、自分が一人じゃないんだと安心出来た。
「アレス……貴方はちょっと刺激的な感じだわ」
べレスよりも少しピリピリとしたような感覚は辛くて美味しい香辛料を彷彿とさせた。これが彼の魔力なんだろう。私が稚拙な感想を言うと、アレスは一笑した。
「何それ。もっとちゃんと感じてよ」
いつもより低い声に囁かれ緊張してしまう。私の鼓動もアレスに聞こえているだろうか。
「そんなこと言われても……魔力なんてよくわからないもの」
アレスの顔を見ると言葉の刺の割には照れたような笑みを浮かべている。
「アレスばっかりずるいよ、僕の感想は?」
「べレスは……そうね、甘いパンみたいなふんわりしてる感じかしら」
「えー? もっとこうドキドキとかしないのー?」
ドキドキって……それは魔力と関係するのかしら。
「しなくもないけれど、やっぱりわからないわね。でも、貴方達の魔力ってこんな感じなのね」
「僕達の扱える属性は同じ地属性だから、そこに違いを感じられるならそれが魔力の個性だよ。人の個性だ」
彼らから感じるものは前にノエルから感じたものとは明らかに違っていた。ノエルとは属性も違うが、同じ魔力なのに感じ方がそれぞれ違うのは彼らの言うように人の持つ一つの個性なのだ。
良かった、私でも違いがわかったみたいで。でも、魔力のない私がどうして区別出来たのかしら?
少し疑問が残るものの、もうくっついている必要もないと判断した私はアレスから離れようともぞもぞと体を動かした。
「ありがとう、これで見分けもつくわね。それじゃ―――」
……あれ?
身を捩るもアレスは力強く私を腕の中に閉じ込めたままだった。
「えっと……もう離してもいいのよ?」
私の言葉は聞こえているはずなのに離れてくれない。むしろより強く拘束されている。いつの間にかべレスも前から挟み込むように体を寄せている。ベッドの上で重ねた手からも温もりが伝わってくる。
「―――お姉さん」
二人はそう小さく、低く呟くだけだった。いつものような明朗な元気はなく威圧感のようなものを感じる。
「ど、どうしたの?」
この子達、疲れちゃったのかしら……。
しばし沈黙は続き、どうすればいいのかわからない。はね除けるわけにもいかずただなすがままに挟まれる。
これって滑稽な光景よね……違和感しかないわ。
二人の少年に挟まれる太った豚のような女。脳裏に浮かんだのは美味しそうなお肉を挟んだ二枚のパンだ。もしや私は調理パンの具材なのかと思い始めた時、二人は弾けたように笑い始めた。
「っく……あははははっ! もうダメ、全然ダメだ!」
「だ、だよねっ……あははは!」
二人は笑い転げて私の拘束を解いた。私は突然、この空気を把握出来ないでいた。
「えっ? えっ?」
キョロキョロと二人を見ていると、アレスとべレスは笑い死ぬと言いたげに大袈裟に息を整えながらベッドに座り直した。
「ごめんねお姉さん。あまりにもお姉さんが雰囲気読まな―――じゃなくて、純粋無垢だからさ。可愛くて笑っちゃった」
「うんうん、これじゃあ何も出来ないよね」
他にも何かするつもりだったの?
そう思ったものの、口にするとまたよくわからない内に笑われそうなので黙っておくことにした。
「貴方達が楽しいなら良かったわ」
「楽しいよ、すっごく!」
「楽しくて飽きない!」
笑い過ぎて涙を拭う彼らの屈託のない笑顔が眩しい。
純粋無垢なのは貴方達だわ、私はこんな風に笑えない。
アレスとべレスは無邪気な笑顔で私の手を取ってくれる。彼らといると暗い気持ちも吹き飛んでしまう。いつの間にか私の中の暗い炎は小さく、か細くなっていた。
「―――いつか私の家に招待するわね、きっと今より楽しく過ごせるわ」
何となく口走った言葉にアレスとべレスはピンと背筋を伸ばし興味を示した。
「ほんと? お姉さんの家に行けるの?」
二人は喜びで目をくりくりとさせている。幼子に戻ったような期待に満ちた瞳は本当に可愛らしい。
「いいわよ、目的が終わったらね」
自分がどんな状態かわからないが、手紙で招待するか迎えに来られたらそうしたい。
城に招くことが出来たら、どんな顔をするのかしら。喜んでくれるといいけれど。
「じゃあその時は、僕達の取って置きを披露してあげる!」
「取って置き……? 楽しみしておくわ」
まだ先のことなのにもう何して遊ぼうかと浮わついた気持ちになってしまう。遊びに関しては彼らの方が詳しいだろうから、そこは任せようと思う。
「まぁその前に色々意識してもらえる男にならないとだけどね、まったく一筋縄じゃいかないよ」
「それが一番難しいよねー」
肩をすくめる二人は困っているというより嬉し気だ。
「よくわからないけど……その時はよろしくね」
私が目指す先に彼らと過ごす楽しい時間が加わる。未来への期待がまた一つ膨らんだように感じる。
気が付けば私は穏やかな笑みを浮かべていた。そんな私の顔を見た彼らもいつになく柔らかく微笑むと、不意に背伸びをしながら立ち上がった。
「あーあ、僕もう眠くなっちゃった」
「僕もだよ。お姉さん、今日はありがとう。もう部屋に戻るよ」
「こちらこそありがとう、お仕事帰りなのに付き合ってくれて」
彼らは眠たげに目を擦るとテーブルの上の茶器を片付けてくれる。
「あ、私がやるわ!」
慌てて私も片付けようと手を伸ばすが遅かった。
「いいのいいの、お姉さんこそ少し休みなよ。これは受付に返しておくから。それじゃね」
「またね、おやすみなさい」
「あ、ありがとう。おやすみなさい」
二人は風のように片付けを済ませ、部屋から出ていってしまった。急に一人にされると寂しかったが、入れ違いに近い時間でノエルが物資を抱えて部屋に帰って来た。
「ただいま戻りました。遅くなり申し訳ありません。レティシア様、ご気分はいかがでしょうか?」
ノエルは物資の入った紙袋をテーブルに置くと中身の整理を始めた。
もしかして……ノエルが帰って来るのを察知したのかしら?
「ええ、大丈夫よ。買い物してくれてありがとう。私も一緒に整理するわ」
あり得るわね、あの二人なら。
彼らの危機察知能力に感心しつつ私は内心苦笑いをした。
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