36食目 行きはよいよい

 アレスとべレスに助けられた後、ごちゃ混ぜになっている様々な物資をコレット院長に届けに行った。一度に抱えられる量ではなかったので院長室と裏口を往復し、私もカイから貰った食材等を孤児院に寄付することにした。私とノエルだけでは消費が間に合わず食材を傷めることになるので、院長が快く受け取ってくれて嬉しかった。

 私は荷物の第一発見者として、院長室で中身の確認や整理を手伝うことにした。アレスとべレスのことを隠している後ろめたさから、荷物だけ渡して無関心ということには出来なかった。室内は本棚や執務机など、最小限の家具のみでこじんまりとしているが整理整頓されていて、壁には何枚かの古そうな集合写真が簡素な木枠に納められて飾られている。ここにいた孤児達や女性達だろう、写真に写る彼らはにこやかに笑っていて幸せそうに見える。

 私と院長は用意した木箱に物資を分けていく。


「レティシアさん、本当にありがとうございます。いつもこの物資は仕訳が大変で……助かります」

「いいえ、気になさらないでください。私がやりたいだけですから」


 私が先を急がなくてはいけないのはわかっている。こうしている間も、どんな意図にせよ父上は私を探しているのだ。

 初めて出会うすべてに私は後悔したくない、自分の感じた気持ちを大切にしたい。初めて訪れた場所、初めて出会った人々、最初で最後になんてしたくないけど、そうなる可能性だって十分あるから。

 だから私は今出来ることを今頑張りたい。


―――そういえば、アレス君とべレス君が星降る精霊祭に行くといいって言っていたわね。コレット院長なら知っているかしら?


「あの、コレット院長。星降る精霊祭が二日後にあると聞いたんですが……私、祭事には詳しくなくて。教えていただけますか?」

「あぁ、レティシアさんは旅の方ですものね。精霊祭は大精霊様に感謝を捧げるお祭りで、教会広場で行われます。たくさんお店が出ていて賑やかですが、一番大切な催しは、皆で空に魔力を放出して、大精霊様に感謝の魔力を捧げる【星贈り】です。それはもう、厳かでありつつ瞬きも忘れるほど美しい光景ですよ」


 コレット院長は記憶の中にある祭を思い出したのか、少し興奮しつつ説明してくれた。


「星贈り……とても素敵な祭事ですね。是非参加したいです」


 参加なんてしても、私には―――魔力がない私には出来ない催し物だわ。


 しかし、とても興味深い内容だ。悠長に遊ぶわけにはいかないが、ノエルの為なら―――


「……レティシアさん、あの子達から聞いたのでしょう?」

「え?」


 不意を突いた院長の言葉に、私は一瞬固まってしまった。


「え、あ……あの子達って、誰ですか?」


 誤魔化そうと惚けてみるが、院長は憂いを帯びた瞳で私をじっと見据えている。もうすべてはお見通しということらしい。


「隠さなくてもいいのですよ。度々運ばれてくるこの品々は、アレスとべレスが用意しているのでしょう?」

「ご存知だったんですか?」

「はい。あの子達は秘密にしたがってますけれど、私にはすぐにわかりました。あの子達がいなくなってからこれらが届けられるようになりましたし……何より、子供達への品が証拠です」


 そう言って、コレット院長は木で出来た玩具を一つ手に取った。平たい木を削ってそこに木の棒を差し込んだもののようだ。


「あの子達、がさつそうに見えて手先が器用でして。これは空を飛ぶ玩具なんですよ、ほら」


 コレット院長が両手で棒の部分を擦り合わせるようにしながら軽く上へ投げると、玩具はくるくると回転しながら高く飛び上がった。


「わぁ! 飛んだ!」


 玩具は天井にぶつかると床に落ちてきた。コレット院長はそれを拾って眺めると、穏やかに笑った。


「すごいでしょう? 孤児院にいる時は、他の子達によく玩具を作ってあげていたんですよ。……今はどこで何をしているのか。どうして顔を見せてくれないのか、私にはその理由まではわかりません」

「そうでしたか……」


 確かに、彼らがここまで孤児院を想っているのに顔を見せない理由がわからない。慕ってくれる子もいるし、コレット院長だって心配している。


 今度見掛けたら、コレット院長や子供達に会うように話してみましょう。お節介かもしれないけど、こんなに心配してくれる人がいるんだもの。理由くらい説明してあげてほしい。


「ごめんなさいね、レティシアさん。柄にもなくしんみりしてしまいました。さて、そろそろ夕方のお手伝いをお願いできるかしら?」

「はい! 何でも任せてください!」

「じゃあ、まずはこの木箱を―――」


 コレット院長が説明しようとしたその時、院長室の扉が大きな声と共に乱暴に開け放たれた。


「院長! 大変です!」


 現れたのはエキドナだった。彼女は血相を変えて息を乱していて、何か重大なことが起こったのだと私でもわかった。


「どうしたの。説明を」


 コレット院長も彼女の異様な雰囲気に厳しい顔付きになり、私も唐突に訪れた緊張感に唾を飲み込んだ。


「アイリーンがいないんだ! 子供らと探したんだがどこにも……!」

「エキドナ、落ち着いて。きっとどこかにいるはずよ。レティシアさん、申し訳ないのですが一旦作業は中止します」

「は、はい」


 子供が一人いなくなった、その言葉に私は一抹の不安を覚えた。どこかに隠れているだけならいいが、私にはどうしてもそうは思えなかった。不安は次第に大きく膨れ上がり、心臓の鼓動が早くなる。


「あの……コレット院長。アイリーンって子はどんな容姿の子ですか?」


 どうか私の予感が外れていますように―――


「アイリーンですか? 彼女は金の髪に青い瞳の女の子で、年は九つです」


 その言葉に私の願いは無情にも打ち砕かれることになった。嫌な予感というのは、ピンときた時には既に当たっているも同然なのだ。


「私が探します!」


―――違う、何を正義ぶってるの。私が探さなければならないのよ。その責任が私にはある。


「ありがとうございます、助かります。ではエキドナと私は孤児院の周りを、レティシアさんは子供達と一緒に院内を探していただけますか?」

「いいえ、コレット院長。私とノエルが孤児院の外を探します。コレット院長とエキドナさんは子供達と一緒にいてください。……きっと、皆不安になってると思います。側にいてあげてください」


 私の提案にコレット院長は少し難色を示したが、しばらく考えた後に頷いてくれた。


「……わかりました。レティシアさんにお心当たりがあるとお見受けしました。どうか、アイリーンを見つけてください」


 コレット院長は頭を下げると、エキドナにもそれを促した。エキドナはまだ信用ならないのか渋々同じように頭を下げてくれた。

 頭を下げなければいけないのは私の方だ。こうなってしまった原因はお尋ね者となった私にある。コレット院長達に事情は説明できないが、私も頭を下げると急いで部屋を出た。

 すると、部屋の扉横には既にノエルが修道服にローブを羽織り姿勢よく立っていた。その手には用意周到かな、私のローブがあった。

 何でここに、という疑問もエキドナの血相を変えて走り回る姿を見て異常を察知したノエルならば、すぐに私の所へ駆け付けるだろうと察しが付く。

 そのエキドナが勢いよく扉を開け放っていたので、会話は丸聞こえだったかもしれない。


「ノエル、良かった! これから貴方に手伝って欲しいことがあるの!」

「はい、不躾ながら聞かせていただきました。人探しですね」


 やはり聞こえていたようだ。それなら話しは早い。

 私は室内の二人に聞こえないようにひそひそと話した。


「えぇ。アイリーンちゃんという女の子よ。私と似た風貌をしているから、きっと―――」


 連れ去られた、そう言い掛けると、ノエルが私の口に人差し指を当てたのでその言葉は飲み込んでしまった。


「それ以上は無用です。急ぎましょう、恐らくあまり時間は残されておりません」


 そうだ、こんなところで立ち止まっている間に王都へ連れて行かれてしまう。判別方法は定かではないが、もしも私ではない別人と分かればアイリーンの命が危うくなるかもしれない。

 私はノエルからローブを受け取ると素早く身に纏い、フードを深く被る。


「―――行くわよ。アイリーンちゃんを助けに」

「はい。レティシア様の仰せのままに」


 私が急ぎ足で孤児院の外へ向かうとノエルもその後に続いた。

 何としても、彼女を無傷で取り戻す。

 私とノエルは孤児院を後にし、ジュモーの街の中心部へと向かう。


 ノエルがいてくれるなら心強いわ! でも、こんな危険なことを止めないなんて……ノエルらしくない。いつもなら反対しそうなのに。


 些細な疑問は残るものの、協力してくれて良かったと思う。

 遠くから夕刻を告げる鐘の音が響き渡り、フードの隙間から見上げた空は宵闇に染まろうとしていた。

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