17食目 銀の太陽

「これが、街……!」


 私達が辿り着いた最初の街は、人々の賑わう声が町中に溢れ活気に満ちていた。まだ街に入って数歩だと言うのに見たことのない数の人々が闊歩し、建物に入ったり挨拶をしたりと目まぐるしい光景が広がる。


 すごい……人の生きる力が伝わってくるようだわ。


 この街の人々の家や店舗だろう、石造りの建物が建ち並び、道も石で舗装されていて歩きやすい。木造建築の建物もあるが、蔦植物を這わせたり花を咲かせたりと自然の風合いを活かしていてお洒落だ。


「予定より早く到着しましたね。レティシア様、イグドラシル聖王国にて最東端の街であるここソレイユは―――」

「ノエル見て! 綺麗なお花があるわ!」


 私は近くの建物の入り口付近にある黄色い大輪の花を指差して叫んだ。少し声が大きすぎたかもしれない、周りの人々が少しだけ笑ったような気がする。


「……レティシア様。そのように大声を出されては、はしたないですよ」

「でも、すごいでしょ!? こんなに大きいのよ、見て!」


 私は花の横に顔を並べるように少し屈んで、大きさの比較をしてみる。私の顔よりも大きく黄色い花は、建物の入り口と更に中にも所狭しと並んでいた。

 ノエルは私と花を交互にじっと見ているが特に感想もないようだ。


 何か言ってよ……私だけはしゃいでちょっとだけ恥ずかしいわ。


「……それにしても、どうしてこんなにたくさん同じ花があるの?」

「こちらは名産の花を売っているお店です。他にも名産品を取り扱っている店は多いですよ、あちらには鉱物を加工した装飾品もありますし、他には―――」


 どうやら街の出入口付近には、名産品を売るお店がたくさんあるようだ。ノエルの説明は聞き流しつつ、街を上から下まで見回して観察した。


 私は今日までこの光景を知らないまま過ごしてきた自分を悔いた。世界はまだまだ広く、人々は星の数よりも多いのだ。そしてそこにあるものすべてにそれぞれの人生や物語があると思うと身震いがした。


「……レティシア様、聞いていらっしゃいますか?」

「あ、はい……」


 本当は全然聞いていなかったのだが、可哀想なので聞いていたことにする。


「これだけ人が多いと歩きにくいですね、まずは宿屋を探しましょう。しっかりついてきてください」


 そう言ってノエルは宿屋を探して歩きだした。ノエルは人の隙間を流れるように進んでいくが、私は人にぶつからないようにしながらノエルを追いかけるのに必死だった。

 しかし、何度も人にぶつかりその度に謝っている。


「あっ! ごめんなさい!」

「気を付けろよ、ったく! でかい体しやがって!」


 何度目かにぶつかってしまった体格のいい厳つい男性に怒られた私は少しだけ悲しくなった。


 私って、思っているよりも体の幅が大きいのね……避けてるつもりでもぶつかっちゃう。


 ノエルの姿は少し遠くなってしまったがまだ追える距離にいる。ノエルもこちらを振り向いて私が付いてきているか確認してくれている。

 恐らく迷子になることはないと思うが、もう少し待ってくれていたらと思う。しかしこの人の波の中、立ち止まることは難しいだろう。

 いつの間にか開いたノエルとの距離を縮めるため、私はひたすら必死に追いかけるしかない。


「うぅっ……足が痛い……」


 ここに来て足が旅の疲労で悲鳴をあげ始めた。間接も筋肉も酷使して既に限界だ。


「ねぇ、ノエル待っ―――きゃっ!」


 呼び止めようとした瞬間、大きな人の波に押されて路地裏に弾き飛ばされてしまった。凄まじい熱量を辺りに撒き散らしていくその波は女性の集団だった。


「きゃぁーっ! ディオン様ー!」

「急いでー! ディオン様が私達を待ってるわー!」


 彼女達は黄色い声をあげながら大勢でどこかに向かっているようだが、その姿はまるで嵐。辺りの人々を押し退けながらあっという間に去っていった。


「いたた……はぁ、驚いたわ……。あんなに急ぐなんてそんなに人気者なのかしら?」


 私は独り言を呟きながら立ち上がって、尻餅をついて汚れてしまったローブを手で軽く払った。


「早くノエルの所へ行かなくちゃ……心配かけちゃうわ」


 表通りへ戻ろうとした瞬間、すぐ近くにいたらしい大きな人にぶつかってよろけてしまう。


 大変、またぶつかってしまったわ!


「ご、ごめんなさい」


 ぶつかったのは私よりも縦も横も遥かに大きい男性だった。黒々とした短髪、鋭い視線、筋骨隆々の肉体のその男は無言で私を見下ろしその巨体で私を覆うほどの影を落としている。首に巻いた草色の布が風に揺られてその巨体を更に大きく見せた。


「あの、そちらに行きたいのですが通していただくことは出来ませんか?」


 尋ねても男は返答もなく微動だにしない。静かに瞬きをするだけだ。


 揉め事を起こしても嫌だし、別の道を行こうかしら。


 さすがに不気味さを覚えた私は踵を反して路地裏に向かう。ちらりと後ろを向いて男の動向を伺うが、あの場に立ち止まったままだった。


 お話しが苦手なのかしら? もしかしたら、声を出せない方だったのかも。もしそうなら失礼な態度をしてしまったわ。


 私は心の中で謝罪しながら路地裏を進む。建物の隙間にできた道は私が丁度よく通れるくらいの幅があり、窮屈ではない。こちらからは表通りの様子が見えないが、複雑な道ではないし抜け出すのは簡単そうだ。

 光が遮られたこの空間は暗く、湿り気を感じる。所々に藻が生えているのを踏まないように気を付けて進むと、人々の明るい声が聞こえてきた。


「あっちが賑やかね、きっとこの先が表通りだわ。ノエル、きっと探してるわよね」


 幾度か曲がり角を通り路地裏を抜けると急に明るくなり目が眩む。ゆっくり瞼を開け周りを確認すると、大きく開けた場所に出たらしい。

 街の広場と思われ、真ん中に大きな街灯とそれを囲むように噴水がいくつも並んでいる。そこに腰を掛けて談笑をする老若男女は皆一様にあの黄色い花のように明るい笑顔だ。


「皆満たされてるのね、幸せそう」


 この街に来られて良かった。


 もし人々が暗い顔をして貧困に喘いでいる街だったなら、私はこれからの道中とても耐えられそうにない。私の歩む旅路が闇へと続く道ではないと、希望と幸せに満ちていると思わせてくれるこの街に出会えて良かったと心から思う。


「ちょっとそこの大きなお嬢さん、失礼してもよろしいかな?」


 突然声を掛けられた私は驚き、小さく飛び上がって声の主を見た。大きなお嬢さん、と呼ばれた後、失礼なのは貴方じゃないのかしらと一瞬思ったが心に留めておく。

 背の高い若い男性が目の前に立って私をにこやかに見下ろしている。太陽の光を詰め込んだような輝く白銀の髪が肩の辺りで涼やかに揺らめいた。


「そこだよ、その道に入りたいんだが……」


 男性は私の後ろを指差す。私はすっかり路地裏への入り口を塞いでしまっていたらしい。


「あっ、すいませ―――」


 言い掛けて、先ほど撥ね飛ばされた嵐……ではなく女性達の黄色い声が広場の方から聞こえてきた。それと同時に私は、男性に肩を回され方向転換、路地裏に捩じ込まれた。


「えっ? な、何ですか突然!」

「私はあの甲高い声が苦手でね、少し隠れることにしたのさ」


 言いながら私は男性にどんどん路地裏の道を進まされる。彼を通せたらいいのだが道幅は私が一人通れる程度、彼を先に行かせる余裕はない。


「そこの道を右だ。その次は左」


 指示されるままに、肩を押されるがままに進む。


「私、退きますから! 放してください!」


 分かれ道でなら道を譲れるのに、男性は私の肩を離さない。握られた肩が少し痛む。


「旅は道連れ世は情け、という言葉があってね。とても昔の人が言ってたらしいが、世の中を渡るには人情をもって仲良くしなくてはいけないそうだ。私にも情けをかけてくれまいか? 大きなお嬢さん」

「か、勝手に道連れにしないでください! 困ります!」


 小走りで人を押しながらよくそんなことが言えたものだ。肩越しに男性を見ると、煌めく金色の瞳と目が合い思わず吸い込まれるような感覚に陥った。男性は悪戯が得意な子供のように目を細めてニタリと笑うと、更に私を押してくる。


 一瞬でも綺麗と思ったのが悔しい……!


 そして道を小走りに抜けるとどこかの建物の裏、草木が並ぶ小さな庭のようなところに出た。

 そこでやっと肩を解放された私は男性と距離をとる。見た目は綺麗な貴族のような風貌だが、中身は子供のように強引で意地悪な人。


「ここはどこですか? 教えてください、私は連れに会わなければならないのです」

「ここは街一番の宿屋だ。君は旅人だろう? 寝泊まりするならここがいい、美味しい食事と静かな空間。おすすめだよ」


 落ち着いた様子で近くに咲く赤い花に顔を近づけて香りを嗅いでいる姿は、悔しいが文句のつけどころのないほど絵になった。きっと世の女性達は頬を淡い赤色に染めながら溜め息を漏らしてしまうだろう。

 私は別の意味で溜め息が漏れている。


「宿屋ですか、ありがとうございます。では失礼します」


 出来るだけ関わらないようにしなくちゃ、面倒な事になりそうだわ。さっきも女性達から逃げていたようだし、もしかしたらこの人が例の人気者かもしれない。


「待ちたまえ、そう急がなくてもいいじゃあないか。私の名前はディオン・ブランシャール、連れ回した詫びにディオンと気軽に呼んでくれ」


 名乗られなくてもそうだと思っていた。

ディオンというこの男性は、私を無言で見つめている。これは私も名乗れと言う圧力以外に考えられないが、名前を教えるのは非常に危険だ。


「…………」


 無言の笑顔が怖い。


「―――レティシアです」


 圧力に負けて名前だけ名乗る。緊張で握り拳の中は汗で濡れてしまっている。

 ディオンに出会った時から、私は緊張し苦手なものを目の前にしているような気がしてならなかった。例えば天敵に出会った動物のような、或いは嫌悪感にも似た感覚に戸惑う。


「レティシア……可愛らしい名だ。姓は―――」


 ディオンは表通りから聞こえてくる女性の声を敏感に聞き取ったらしい。彼は私から素早くローブを引ったくると布を大きく翻し自分が着てしまった。


「な、何をするんですか!」

「拝借するよ、お嬢さん。また会えたなら運命だと思うことにしよう」


 ディオンは顔まで深く被ったローブの隙間から不敵な笑みを浮かべ、路地裏とは違う出入口から表通りへと消えてしまった。

 奇妙な捨て台詞を吐いて消えた奇妙な男を私は恨めしく思った。


「嵐はこっちだったみたいね……」


 私は深く溜め息をついて仕方なく宿屋の入り口へ向かった。

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