第32話 人間界と転入
「みんな聞いてくれ!今日はこのクラスに、転入生がやってきた!入りなさい」
「えええええ!」とクラスのみんなが声を揃えて言ったかのように教室に響き渡る。その後、「どんな人だろう」「女の子かな?」「可愛いかな?」「イケメンかな?」などと、生徒達は近くの席の人とヒソヒソと話している
(大丈夫、私はできる、できる...)
と、緊張しているアマノエルは心の中でそう言い聞かせる。ゆっくりと入ってきて、教卓の前に立ち、ゆっくりとお大人しい喋り方で話し始める。
「はい、初めまして。空乃 天羽っていいます。皆さん、よろしくお願いいたします」
...時は少し遡り、下界にやってきたアマノエルはどうしようと迷っていると、突然脳内に声が聞こえた
「アマノエル、すぐ近くの学校に行ってみろ。なに、手続きは済ませてある。お前の家も用意した、住所を後で送っておく。私は忙しいからまたあとでな、頑張れよ」
ミカエルの声だ。一方的に要件を伝え、声は聞こえなくなった。
ミカエルの言う通りに、近くの学校へと足を運ぶことにした。
「人間って不便ね。飛んで移動できないんだから」
なんてことを呟きながらも、学校について学んだことを思い出しながら入口へ向かう。
学校の受付らしきところに着き、受付の人がアマノエルを一目見るとこっちにやってきた
「空乃 天羽さんですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
本当に手続きがされていて、あの短時間でどうやったんだろうと疑問に思いながら、案内される。
「職員室」と書かれている部屋の前に立たされると、一人の大人の男性が出てくる。
「おっ来たね!俺は田中、田中先生って呼んでくれ。今から教室に来てもらって、みんなに挨拶をしてもらう!いいね?」
「はい、私は空乃天羽と申します。田中先生、これからどうぞよろしくお願いいたします。未熟者ですが、お世話になります。」
「ははは硬いね!ほら、肩の力を抜いて抜いて〜自然体自然体!」
「は、はぁ...」
と言われても困惑するだけだ。何故なら天使にとって上司にはこういうきっちりした言葉遣いをするからだ。ここではそうでもないのかなとアマノエルは思った。
時は戻り、アマノエルは空乃 天羽として学校生活を過ごすこととなる。
窓際の席になり、近くの席の生徒に軽く挨拶をし、席に着く。窓から見える空を見上げながら、「人間界にも空があるんだな」としみじみ感じていた。
アマノエルは授業を難なくこなし、昼休みへとなった。その瞬間、隣の席の女の子が声をかけてきた。
「ねーねー!天羽ちゃん一緒にご飯食べない?」
「あーずるい!私と一緒に食べるんだから!ね、天羽ちゃん!」
「うちが最初に誘うつもりだったのにー!ずるいよ!」
などと、アマノエルの意見など聞かずに言い争っている。結局、その言い争っていた子達と食べることになった。席をくっつけ、アマノエルを含め4人で食べる。
第二ボタンまで開けている女の子が最初にアマノエルに話しかける。
「うち、佳代!よろしくね〜!」
と自己紹介すると、他の2人も名乗った。
桃色のカーディガンの袖を手が半分隠れるようにしてきている女の子は「愛」、上着を腰で巻いている女の子は「麻衣」と名乗った。
アマノエルは話を頑張って合わせながらも昼ごはんを食べた。
そのまま午後の授業が終え、放課後になると、
昼休みの3人がまた声をかけてきた。
「ねーねー!これからカラオケでも行かね?」
「いーねえ!そうしよそうしよ!」
「ね、いいよね天羽ちゃん!」
相変わらずの勢いでアマノエルに問いかける。そう言ってくれるのは嬉しいが流石にアマノエルも困惑した。カラオケ、というのも知らない。それ故に、今日は断ることにした。
「あの、私今日はそのまま帰ろうかなって。ごめんね」
そう言った瞬間、その3人は思考が停止したかのように一瞬固まってしまった。
すると、佳代と名乗った女の子がアマノエルの胸ぐらをものすごい勢いで掴んできた。
「は?ちょっともう1回言ってくれる?」
「えっ?」
突然のことに困惑するアマノエルを気にせず、残りの2人も静かな様子だが怒りの表情に変えてアマノエルを追い詰める。
「私達友達だよね?なんで行ってくれないの?」
「そうだよ!天羽ちゃんがそんな付き合い悪い子だと思わなかった...なんで、どうして?」
「あーもういい、こんなやつほっといてうちらで行こ」
勝手に怒り、勝手にどこかに行ってしまった。
アマノエルは、なにが起こったのかわからなかった。全てあの人たちに合わせればよかったのか?
どうすればよかったのか?謎なまま、アマノエルはとぼとぼと用意されていた家へと向かう。
その道中、重い荷物を持ってよろよろしている老人が歩いていた。その老人に、アマノエルはなんの躊躇いもなく話しかけた。
「あの、おじいさん。重たそうな荷物ですね、良かったらお持ちしましょうか?」
「おぉすまんのぉ...家はもうすぐそこなんじゃが...重くてのぉ」
「ではそこまで運びますよ」
「ありがとのぅ...」
門に「橘」と書いてある家まで、その荷物を運ぶと、老人に頭を下げてお礼をされた。
「その制服...そこの学校の生徒か...。お嬢ちゃん、名前は?」
「空乃天羽です」
「ほっほっほ。いい名前じゃ。ありがとのぉ」
「いえ、おじいさん体にお気をつけて」
そんな挨拶をすると、自分の家へと向かう。
その日、何も考えることが出来なかった。
緊張ながらも楽しみで、ワクワクしていた人間との関わりの1日目最初が、あんな風に終わってしまった。
最悪の初日...多少なりそう思っただろう。
「はぁ...」
家で独り、ため息をついた。次の日からどういう顔をすればよいのか、どう接すればよいのか。アマノエルはそう考えたが、疲れたためすぐ寝ることにした。
翌日、アマノエルの気分を反映したかのような雨の日。寝ても気分が晴れることなく、思い足取りで学校へと向かう。
「行きにくいなぁ」
気がつくとそう呟いていた。しかし学校には行かなければならない。それが現実というもの。
下駄箱を開けると、バラバラとゴミが転がってきた。
「えっ...」
アマノエルは立ち尽くし、虚しく飲み物の空が転がり、足にあたった。
一体誰がこんな酷いことを。天使学校ではこういうことは経験したことがないため、とても悲しい気持ちでいっぱいになった。
胸が熱くなる感覚がしたが、ぐっと堪えた。
ゴミを片付け、教室へと向かう。
教室のドアを開けようとする手が一瞬止まった。
ふぅっと覚悟を決めるかのように一息つき、ドアに手をかける。
無言で席に向かう。あの3人は既に教室に着いている。心臓の鼓動が高まったのがわかる。
それでもアマノエルは席へと向かう。
席に着くと、隣の席の佳代が声をかけてきた。
「あ、天羽ちゃんおはよー!」
「えっ」と声が出そうになった。昨日あんなに怒っていたのが無かったかのように、普通に接してきたからだ。分からない、この人の気持ちがわからない。
「う、うん...おはよう...」
そんなきごちない挨拶をしただろう。佳代の挨拶に続き、残りの2人も挨拶をしてきた。
「天羽ちゃんおはよー!聞いてよ、昨日カラオケで愛がさ〜」
「ちょっと、何喋ろうとしてんの!あれはー...」
と、またアマノエルのことを置き去りに元気に話をしている。昨日とまるで変わらない。
この人達の気持ちが分からない...。普通でよかった、と言うよりもそちらの気持ちが上だろう。
...アマノエルは、この3人の心を読むことにした。とは言っても完全に心の声を聞けるわけではない。
心の色を見れるだけだ。
色は...「紫」
「憎しみ...」
明るく接しているにもかかわらず、心にはアマノエルに対して憎しみを持っている。
アマノエルは多少人間不信になったであろう。
悲しくなり、落ち着かせようとトイレの個室へと入る。
すると、2人でお喋りをしている声が聞こえてくる。
「あの転入生...天羽だっけ?あの人ヤバい奴らしいね」
「まじー?可愛いから話したかったけどやめとこ」
「それがいいよ、なんでも初日に急に胸ぐら掴まれて暴言吐いてきたんだってさ」
「うーわ怖。絶対無理だわ。ありえないわ〜」
「だよねー、それがいいよ」
「人は見た目によらないね〜ははは」
絶対に泣かない。アマノエルはそう思った。
負けない、あの人達には絶対に。そう決意した。
溜息をつきつつ、トイレから出て教室に向かおうとしていると、前にいた田中先生と目が合った。
こちらに気づいた田中先生はこっちに向かって来て声をかけてきた。
「おう空乃、おはよう。新しい学園生活はどうだ?」
「おはようございます。そうですね...まだ慣れないことが多く...少しでも早く覚えていけたらなと思っています」
「そうか、話は変わるがお前...隠してることはないか?」
「えっ隠していること...ですか?」
「なんだ、白を切るのは先生、感心しないな」
「いえ、そんなことは...」
「お前、昨日放課後に何をしていた?」
「えぇっと...まっすぐ家に帰りましたけど...」
「はぁ、あくまで白を切るつもりか。あのな、昨日橘さんという年配の方から苦情がはいってな。空乃天羽という生徒に重い荷物を持っているところに、体をぶつけられ、バランスを崩して怪我をされたそうじゃないか」
「私はそんなこと」
橘と、そう田中先生は言っていた。昨日放課後に重い荷物を運んであげた老人だ。その人が名指しで苦情をいれたようだ。
信じられない。そう思っただろう。田中先生もアマノエルの意見など聞く様子でもなく、黙っていると...
「何黙っているんだ、違うなら言ってみろ。やましいことがあるから黙ってるんだろ。あのな、うちのクラスに泥を塗るような真似はしないでくれ、頼むから。俺の評価が下がるんだぞ。だいたいな...」
誰も彼も自分のことばかり。ありえない。
自分の評価ばかり。自分の都合の悪いことがあれば激怒する。人の噂話を鵜呑みにし、決めつける。
人の意見は聞かない、聞こうともしない。
不満、不愉快、不合理、不条理...そして理不尽。
もう、アマノエルの頭はグチャグチャである。
その日1日、色々な人に何かを言われた気がするが、覚えていない。
放課後になり、まっすぐ家に帰らず、公園のベンチに座っていると、同じ制服の男の子が声をかけてきた。
「君、大丈夫?すごい顔してるけど。なんかあったの?」
誰とも喋る気などなかったが、この溜まったストレスを発散したくてつい言葉を吐いてしまった。
「...こういうことがあって」
「そうなんだ。辛かったね。その人達、頭いかれてるよ。やばいね」
「すごく悲しい気持ちになった...私どうすれば」
「とりあえずさ、気持ちを紛らわせるために何かしよう!俺、付き合うからさ!」
あぁ、この人は優しそうだ。よかった。
と安堵しただろう。もしこの人まで良くない人だったら、きっとアマノエルは人間を信じれなくなっていただろう。
「うん...。じゃあ、お願いしてもいい?」
「いいよ!全然全然〜。じゃあ今から俺の家行こうよ。ね、いいでしょ」
「えっと...」
「大丈夫だって〜ゲームとかあるからさ!ほら、ね!」
その男は、アマノエルの腕を掴んで半ば強引に引っ張ってきた。
アマノエルは、少し抵抗しつつ、念の為心の色を見ることにした。
色は、「桃色」
「下心...」
「何を嫌がってるのさ〜落ち込んでいる時はさ、こうぱーっと気を晴らすのが1番だからさ!」
「嫌...」
アマノエルが抵抗していると、男の態度が変貌した。
「さっさと来いよ面倒くせえな!何もしねぇつってるだろが!」
男はアマノエルを拳で殴ろうとしてきた。
アマノエルはとっさに、下級の風魔法を放ってしまった。
「やめてっウイング!」
「うおっ」
男は公園の端まで吹き飛び、気にぶつかり、気を失ってしまった。
「あ、あぁ...私は、私は...」
頭を抱えるアマノエルは、涙を流していた。
人に魔法を放ってしまった。天使が人間に攻撃することは、禁止事項である。
「でも...でも」
防衛本能。仕方の無いことだ。正直に言おう。
男は軽傷、きちんと説明すれば...。
そんなことは、考える暇などなかった。アマノエルの感情はもう踏みにじられてしまっているからだ。
その場を走り去り、家へと駆け込んだ。ただただ、走った。アマノエルは、人間不信へとなってしまった。
もう何も信じられない。人間が怖い。人間が怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
布団にうずくまり、そう呟いていた。
...先程の光景を、1人の女の人が眺めていた。
「あーあ、いけないんだぁ。人に手を挙げちゃったねえ、アマノエル」
それは、アマノエルを誰よりも憎む、アーリィの姿であった。
「あーしが仕組んだ。もうヘマはしない。ここであいつを蹴落とす!徹底的に!ふふ♪計画通り♪」
というと、バサッとコウモリのような黒い羽を顕現させた。
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