第30話 父の敵とミノタウロス
逃げる魔剣を追うために魔界に侵入したサンダルフォン。魔剣はその見た目とは裏腹に、素早いスピードで触手を足にして逃げている。魔剣を追いかけているうちに、洞窟についていた。中は薄暗く、狭い。サンダルフォンは魔剣を見失わないように目を凝らしながら追い続ける。
しばらく追い続けると、魔剣の目の前には壁があるだけで、行き止まりであった。
魔剣が観念したのか立ち止まる。サンダルフォンは少しずつジリジリと魔剣に近づいていく。
「追いつけたぞ。観念してもらおうか。」
この洞窟は剣を振るうには狭いため、風の魔法で仕留めようと試みる。しかし、魔剣の目玉が赤く光る。洞窟内を不気味に照らす。
すると、石が崩れるような音がしたかと思うと、洞窟内が揺れる。そして、何者かが大勢こちらに向かているような足音が聞こえると、サンダルフォンは何かを察する。
「なるほどな...追い詰められたのは俺の方だったか。その前にお前を破壊してやる!」
サンダルフォンは空気を圧縮し、見えない刃を作り出す。そして、魔剣に向かって斬り掛かる。
魔剣は宙に浮きながら自らの刃を盾にして戦う。洞窟が狭く、壁に刃が当たるが構わず壁を斬りながら振り回す。サンダルフォンの刃を難無く受け止める。
「バカな、この剣技は...」
サンダルフォンの父親の剣技。サンダルフォンの剣技は父親に習ったもの。父親と戦っているような感覚がする。魔剣も、サンダルフォンの剣技を理解しているようである。
サンダルフォンが手こずっていると、魔剣が動きを止める。すると、どこから発しているのか声をする。
「ふふふ。強くなったなサンダルフォン。だが、まだまだだな。」
「その声は...親父。いや、騙されはしない。」
父親はもう居ないのだ。そう思い、サンダルフォンは耳を傾けず、再び剣を振るう。自分の剣技の弱点くらいわかる。サンダルフォンは相手の隙を作るように剣を振る。魔剣はサンダルフォンの剣を受け止めている間に、隙が生まれる。
「そこだあぁ!」
見えない刃で魔剣を真っ二つにする。ギギギという声を発しながら地面に虚しく落ちる。触手がピクピクと痙攣している。
「まだ生きているだろう...さっさとトドメをさして帰還しよう。俺の過去の因縁も、これで...」
トドメを誘うと刃を掲げ、刃を振るその時だった。
「待て!サンダルフォン!お、俺はあの時天使達に肉体は殺されたが魂は魔剣に吸収されていたんだ!
助けてくれ!我が息子よ!」
また父親の声でサンダルフォンに呼びかける。サンダルフォンはその可能性もあると一瞬思ってしまった。隙ができたサンダルフォンの後ろから、ブンブン鈍い音をたてながら、サンダルフォンの身体くらいの斧が回転しながら飛んできた。
それに気づき、風の魔法で斧の動きを止める...。しかし、その隙をついて、折れた魔剣がサンダルフォンの脚を斬る。
「しまった...。」
サンダルフォンは地面に膝をつく。魔剣は最後の力を使ったのか、動かなくなってしまった。
「魔剣を...親父の敵はうったぞ...。これくらいの傷なら...?!」
斬られた傷から血が流れ続ける。傷薬を塗るが塞がらない。
「これは...まずい...な」
そして、前の方から近づく何者かがまだいる。斧を投げた張本人が。
暫くすると、サンダルフォンの方に牛の魔物が姿を現した。二足歩行で体毛に覆われた筋肉質の魔物で、二本の大きな角が生えている。歩く度に地面を揺らす。
「ミノタウロスか...この狭い洞窟で、この状態では...部が悪いな...。だが負けるわけには...いかない。」
ミノタウロスは雄叫びをあげる。
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉ」
サンダルフォンに目掛けてまっすぐ、角を前に向けて突進してくる。逃げ場はない。血が流れ続けるサンダルフォンは少しずつ力が抜けていく。力を振り絞り、風の魔法を放つ。風で動きを止めるだけでなく、鎌鼬を発生させながらミノタウロスの体を傷付ける。
しかし弱ったサンダルフォンの風では動きを鈍くすることは出来たが、動きが止まることはなく、そのままミノタウロスの角はサンダルフォンにぶつかった。
サンダルフォンは洞窟の壁に叩きつけられ血反吐を吐く。サンダルフォンは地面に倒れこんでしまう。
「はぁ...はぁ...だめだ。視界が...霞む。」
勝ちを確信して喜ぶかのようにミノタウロスが雄叫びをあげる。
「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおおぉぉぉ」
ミノタウロスは斧を拾い、トドメをさすためサンダルフォンにでかい足音をたてながら近づいてくる。
「こんな所で...死ぬ訳には...。俺は、まだ...まだやれる!」
サンダルフォンに残るありったけの魔力を右手に集中する。倒れたまま右手をミノタウロスの方に掲げるその手は、プルプルと震えている。
「くら...え...!」
急にミノタウロスの動きが止まると同時に周りの音が聞こえなくなる。聞こえなくなったというより、音がしなくなった方が正確だろう。ミノタウロスの口から垂れていた唾液が一瞬にして蒸発する。ミノタウロスが喉を抑えながらもがき始める。息ができていないようである。
苦しみながらも相打ちにしようとミノタウロスが斧で倒れているサンダルフォンを潰そうとするが、
サンダルフォンの身体に当たる前にミノタウロスは倒れてしまう。
サンダルフォンが最後に放った魔法は、相手を周囲を真空状態にするもの。空気は肺や内臓から流れだし、真空にさらされた体液は一瞬にして蒸発する。空気が体内から失われながら、血液中は気泡だらけになり脳への酸素供給が止まり、気絶させる。長時間続けば当然死に至る。
サンダルフォンはほふく前進で体を引きずりながら洞窟から出ようとする。
「ゴホゴホ...やったか...早く...ここ...から...」
血を流しすぎた。サンダルフォンも意識を失おうとしたその時、
「てめぇ、こんな所で何寝てんだ?はっ七大天使の代理の名が廃るな。なぁ?サンダルフォン!」
「何...でだ...兄貴の...声の...幻聴...」
「幻聴じゃねぇ。おい、これ飲め。」
意識が朦朧としている中、メタトロンによく分からない薬のようなものを飲まされる。すると、サンダルフォンの傷は一瞬にして塞がった。しかし血は抜けたままなため、サンダルフォンはそのまま意識を失った。
「さて、こいつを拾ったことだし帰るか。魔界はまた今度暴れるとすっか...あ?」
メタトロンは真っ二つになった魔剣に目が止まる。
「ははーんなるほどな。こいつが親父の。サン坊が執着するわけだ。ん...?」
何かに気づいたメタトロンは動かなくなった魔剣を無慈悲に踏みつけ、粉々にする。
「剣のくせして死んだフリたぁな。おーし、帰るとするか。」
洞窟の入口から帰らず、天井をぶち抜き、外に出る。その後、自分の部下にサンダルフォンを病院に連れていかせ、メタトロンは屋敷に戻る。
一応、ミカエルにこのことを報告したらしい。
一方、病院にて療養中のアモンがついに目を覚ました。そばに居たアマノエルがそれに気づくと、抑えた声で優しく声をかける。
「アモン!目が覚めたのね。よかった...。」
「あぁ...。サタンは...止められたんだな。でも俺は...。」
「何?どうしたの?」
「俺は何も出来なかった...。」
「そんなことないよ、サタンの力を奪ってくれてたんでしょ?そのおかげで...。」
「でもそれだけだ。もっと、力があれば。試練で力をつけたのに...。まだ、まだ足りねぇんだ。」
布団で隠れているが、アモンは手を握りしめる。
落ち込んでいるアモンに、アマノエルはそれ以上の励ましは逆効果だと思い、何も言えなかった。
「アモン...。」
「...悪い。もう少し寝かせてくれ。」
「うん...おやすみアモン。」
再びアモンは目を閉じる。悔しさを噛み締めながら。
「もっと、力を。みんなを守れる強さを...。」
アモンが自分の腹部に怪しげな模様が浮かび上がっていたのに気づくのは、また後になるのであった。
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