第28話 ルシファーと女神アンルーテ

「待ちなさい、ルシファー」

「貴様...誰だ」


今まさに、ルシファーは闇のオーラで形作った剣でアマノエルの首をはねようとしていたが、アマノエルがいつもとは違う雰囲気をはなっている。アマノエルから発せられる光は暖かく、見ているだけで安心感や懐かしさを覚えさせる。懐かしさを感じたのはルシファー、そしてヴァルナードも例外ではない。


「この懐かしさ...貴様、まさか」


懐かしさの正体を気づいた様子のルシファーは剣をアマノエルの喉元から離す。


「そう、私は...」


目を閉じたまま、両手を広げる。すると、二枚だった羽の上下から二枚ずつまた新たに羽が顕現し、六枚の羽を広げた。


「女神アンルーテ。そう呼ばれていました。お久しぶりですね、天使長。」

「ふっやはり貴様か女神。久しいでは無いか、死んだとばかり思っていたが。」

「はい、私は確かに死んだはずでした。」

「筈だと?」

「いえ、そんな事よりルシファー。神の元に行くのはやめなさい。」

「何を今更。私は天使のため、歩みをやめるわけにはいかん!誰にも止められるものか!」


はぁ、とアンルーテはため息をついた。そして叫ぶ。


「いい加減にしなさい!」


と。そしてまた静かに話し始める。


「貴方は...いえ、私達は間違ったのです。私は人間を雑に扱う創造主に腹を立ち、直接抗議しに行きました。ですが、創造主の怒りを買い、私は消滅させられました。貴方も似たようなものでしょう?」


「だからこそヤツを消す!気持ちがわかるのなら何故私を止めるのだ!」


「だからこそ、です。私は自分の私情で神の元に行き、消された。上に立つ私が感情に流され同胞達を、人間達を置き去りにしてしまった...そして貴方も同じ。仲間たちを置き去りにし、不安にさせてしまった。もう敵わない事くらいわかったでしょう。なら別のことを考えるべきです。」


「もう...」


ルシファーが小声で何か呟いた。


「もう遅い!私はもう止まることは許されない!止めるの言うのなら力ずくでも進ませてもらうぞ!」


「もう手遅れなのですね...それ程貴方は黒く染まってしまった。確かに全ては自分勝手な神が悪い。天使の心を弱く、感情のどん底沼にハマり黒に染まり抜け出せないように創った。そしてそれを何も知らない天使に排除させる...。自分の手を煩わせないために...」


アンルーテは胸に両手をあて、また話し始める。


「分かりました、なら私の力をもって浄化させましょう。貴方はもう休むべきです。」


分かり合えないことがわかり、戦うことになるとわかったルシファーは、剣を握りしめアンルーテにむかおうとした。

アンルーテも詠唱を始める。


「我らを照らす清らかなる光よ...」


しかしそうはさせまいとルシファーは攻撃を仕掛ける。


「させるものかぁ!」


詠唱により無防備なアンルーテの身体に闇の刃を斬りつける。その瞬間...

カキン、と金属音が鳴り響く。


「ソレも、させませんよォ!」


ヴァルナードが鋭く長い爪でルシファーの刃を受け止めて弾く。


「ヴァルナード、お前か」

「えぇそうデス。しかし、あまり驚かナイのデスねぇ!」

「私を誰だと心得える。元天使の長にして、悪魔の王。最初から知っていたさ。私は、完璧なのでね」

「ふふっ力も奪われ弱体化したアナタに勝ち目はナイナイ!神の代わりにワタクシが殺して差し上げますよ!ギャハハハハハハハハハハハハハハ」


「ふんっくだらん。多少力が減ったところで貴様のような雑魚を屠ることなど造作もないわ」

「いいのデスか?こうしている間にも、女神サンが詠唱を終わらせちゃいマスよぉ?アナタ、消えますよぉ?」


ルシファーはヴァルナードを無視し、アンルーテを斬ろうとするが、ヴァルナードが阻止する。その間にアンルーテは詠唱を続けている。

弱体化したルシファーとヴァルナードは五分五分。弱点である光魔法を使えるアンルーテがいる分、ルシファーが不利である。

少しずつルシファーにも焦りがでる。その顔を、ヴァルナードが大好物を見るような目で悦ぶ。


「クソ!そこをどけぇ!」

「あはっ♪イイ顔になりましたねぇ!ワタクシが見たかったのはソウイウ顔デス!さぁそのまま消えてくださいな♪」


アンルーテの長い詠唱も、ヴァルナードの時間稼ぎにより完了する。アンルーテから発せられる光は、先程よりもとても大きく、明るくなっていた。


「...我らに光を照らせ!」


太陽のような光の玉がヴァルナードごとルシファーを包み込んだ。悪魔にとってこれほどの光を浴びればひとたまりもないだろう。


「ぐ、おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ...!」


光により姿は見えないがルシファーの苦しむ声が聞こえてくる。ヴァルナードは...行方知らずとなった。


アマノエルの体のアンルーテは周りを見渡すと、ルシファーの闇によって蝕まれているアモンとミカエルがいるのに気づく。アンルーテは六枚の羽で羽ばたき、宙に浮かぶ。そして、手を天に掲げて言う。


「...私に残る最後の魔力を使いましょう。これで私も...。闇を照らす光あれ!」


アマノエルの身体は再び凄まじい光を放つ。暖かく、優しい光。闇をもかき消す。その光は、天界中を照らす夕日のようだ。


建物に避難していた天使達はその眩しさに目をつぶるだろう。そんな中魔道総司令長のパラトエルだけが、その光を見て何かに気づいた。


「おぉ...おぉぉ!これは...女神様の魔力...。暖かい...この歳になって母親に抱かれているような安心感を感じるとは思わなんだ...」


その頃、ミカエルは夢のようなものを見ていた。真っ白で何も無い空間。だがしかし居心地がいい場所。気がつくと、白く輝くルシファーが目の前の立っている。それを見たミカエルは思わず声を出してしまう。


「ルシファー...何故、白く...」

「分からない、だが女神アンルーテのおかげだろう。」

「女神...」

「そしておそらく時間が無い。ほんの少しの再会だな。」

「時間が無い...?」

「あぁ、わかるんだ。少しずつ身体が消えていくのを。闇に染った私に浄化の力を盛大に浴びてしまったからね。」

「そうか... 本当ならアマノエルの力で白に戻せなのなら、天界に戻ってきて欲しかった...。」



「すまないがそれは出来ない。もし消えなかったとしても、私は罪を犯しすぎた。」


しばらく沈黙が続いた。それはミカエルにとって苦しく重いものだった。何か話さなければ、そういう義務感が湧いてきた。時間が無い。最期に、双子の妹として何かを言わなければ。


「ルシ...」


ミカエルがやっと頭に浮かんだことを言おうとしたが、ルシファーがそれに被るように声をかけた。


「ミカエル、最期に私の頼みを聞いてくれるかい?」

「なんだ?なんでも聞く、なんでも言ってくれ。」

「もしもの話になるんだが、もし私が消えず、闇として再び君の元に現れた時、何があろうと捕らえるなり斬り捨てるなりして欲しい。おそらく、私であって私でないからね。」

「...よく分からないが、分かった。もしそういうことが起こったら、なんの躊躇いもなくそうしよう。約束する。」


「ありがとう、相変わらず優しいな。我が妹よ」

「なっ」


ミカエルが少しだけ、一瞬だけ不意の褒めで照れたがすぐ正気に戻り、咳払いをした


「私だって最期くらい...聞く。頼まれるの二回目だぞ?ただでさえ少ないってのに...」


最後の方はゴニョゴニョと言っていて何を言っているのか自分でもわからなかった。するとルシファーが軽く笑った。久しぶりにみた笑顔だった。ミカエルは心の底がグッとなったのがわかった。


「ははは、すまないな。私はやはり間違っていた。頼られ過ぎるが故に全て抱えすぎていた。だからこのザマさ。」


「あぁ、そろそろ時間のようだ。」


少しだけルシファーが悲しい顔をした気がした。こっちまで悲しくなってしまうでは無いか、とミカエルはそういう顔をした。いや本当に悲しかった。


「待ってくれ、もう少し...」

「無理だよ。私はもう逝くよ。また...置いていくことを謝っておくよ」


ルシファーの身体が次第に薄くなり、消えようとしている。


しかし突然、白い空間が真っ黒に染った。


「...」


ルシファーは沈黙している。


「なんだ、これは」


ミカエルが驚いていると、後ろからよろよろと何かが近づいてくる。


「何故、何故何故何故何故ェ!」

「貴様、ヴァルナード!」


「ルシファー...何故絶望していない!何故!」

「...君にも謝らなければならないな、ヴァルナード...。いや、ヴァルエル」


その名前を聞いた途端、ミカエルは声に出して驚いた。ルシファーはヴァルエルとそう言った。ヴァルエルはルシファーが天使長時代のルシファーの秘書をしていた天使だ。突然姿を消したとだけ聞いていたのだ。


「オマエは俺を無能、役立たずと切り捨てただけでなく突然現れ俺を殺しに来た!忠実に従ってきたハズだ!どうしてどうしてどうしてどうしてドウシテェェ」

「...すまない。私は君を信じていた。そして頼りにしていたさ。だが、急に姿を消し、見つけた頃には...染まっていた。」


「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ?ナンですかソレ。ナンナンだソレは。知らない?自分は知らないと?やったのに?狂わせたのに?苦しめたのに?俺がこんナンになったのに?許さねぇ!許さねええええええせぇぇぇぇぇ!ルシファァァァァ!」


ヴァルナードが血を流しながら怒り狂う。

ルシファーは目を閉じる。一息ついて目を開けてミカエルとヴァルナードに言う。


「私はもうここまでのようだ。ヴァルエル、ミカエル。今まで、すまなかった。本当に、すまなかった...今まで、ありがとう。そしてさようなら」


「...それじゃあな。お疲れ様...今まで天使を、私のためにありがとう。」


ミカエルは消えていくルシファーの身体をそっと抱きついた。少しだけ泣いていたかもしれない。


しかしヴァルナードは構わず消えゆくルシファーを爪で切り裂こうとする。


「俺の手で、死ねえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


ルシファーの身体は消えていく、そして黒く染った空間は再び白へと塗り変わった。

そしてヴァルナードの爪は虚しく空を斬る。目からは血、口からはヨダレを垂らしながら叫んだ。


「ああああぁぁぁぁ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁクソ、クソがああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「...見てられんな。」


突然ヴァルナードが静かになり、身体が力が抜けたように猫背で、両手はブランとした。


「もう、イイデス。妹のテメェを殺して怒りを鎮めマス...」


ヴァルナードの身体が急に痙攣したかと思うと、身体が巨大化していった。それだけでなく、魔獣のように体毛で覆われ、鋭い爪と牙が生えてきた。身体の色も変色し、禍々しい紫色へと変化した。

その悪魔は咆哮し殺意をミカエルに向けている。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!コロス。コロスコロスコロス!」

「こいつは...ちと骨が折れそうだな...」


ミカエル剣を構える。魔力を集中し、炎を纏う。

ヴァルナードとミカエルが今戦おうとしている。

...その時だった。


「これは...」


突然、ミカエルの六枚だった羽が、十二枚に増えたのだ。生えた六枚の羽はミカエルの羽よりも美しく、大きく、光り輝いている。


「ルシファー...」


最期の最期にミカエルに力を貸したのだろう。そう思い、目を閉じる。


「ありがとう」


想いを握りしめる


「君はその程度の奴に負けるべきではない。そうだろう?全力でやりたまえ」


そう聞こえた気がした。


「いくぞ!」

「グオオオオオオォォォォォ!シネエエエエエエエエ!


我も忘れ獣と化したヴァルナードと、十二枚の羽を広げたミカエルがぶつかる。凄まじい力と力がぶつかり合う。

ミカエルは空間全体を焼くような業火でヴァルナードを焼き尽くす。


「灰塵と為せ!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴっという音が鳴る。空間が赤く染る。そして、ヴァルナードの断末魔が聞こえるのであった。


「ギエエエエエエエエエエエェェェェェェェェ!ルシファァァァァァァァ!一生許...」

「眠れ、もう怒りで苦しむことは無いだろう」


ヴァルナードは猛烈な炎によりその大きな図体が溶けてなくなった。


気がつくと、元の場所に戻っていた。ミカエルが空を眺めていると、ルシファーが与えたであろう六枚に羽が光となって消えていった。


「ミカエル」


そう呼ぶ方向を見ると、アマノエルが目の前に立っていた。何故アマノエルに呼び捨てしてきたのかと疑問に思ったが、六枚に羽を生やしていたためそれはすぐにわかった。


「まさかとは思うが貴女が女神...」

「久しぶりですね、ミカエル。こんなに逞しくなって...」

「ありがとうございます!貴女のおかげでルシファーは...」

「礼には及ばないわ。間違った者同士のよしみ...いえ、昔我々の長として護ってくれた...だから。」

「はい...。しかし何故アマノエルの体に?」

「私はおそらく...理に反してはいますが、生まれ変わりに近いものでしょうね。この子、アマノエルが生まれましたがこの子と私の意識が存在していました。そして私は数年前に記憶を取り戻しました。

私の自我は小さく、この子の意識が無い時にしか現れることができませんでした。それもそうでしょうね、生まれ変わりとはいえ身体はこの子の物なのですから。」


ミカエルは終始黙って話を聞いていたが、一つだけアンルーテに質問した。


「あの、あの時...ドラゴンの悪魔との戦いでアマノエルがやられそうになった時は女神様だったのですか?」

「えぇ、この子が死んでしまうわけにはいかないもの」

「じゃあ、アマノエルの浄化の力はやはり貴女の」


「いえ、」


アンルーテは静かに目を閉じた。そよ風が吹き、アマノエルの長い髪を撫でる。


「この子は浄化の力は使っていないわ」

「それは...どういう」

「ドラゴンの悪魔との戦いの魔力因子をパラトエルに解析してもらったのでしょう?それなら私の浄化の力という結果がでたのでしょう。」

「ならこいつが使っていた力は...」


「祈りの奇跡、と言えばいいでしょうか」

「祈りの奇跡...」

「この子の力は、祈ることで奇跡を起こす力。それは、へたすれば浄化の力をも超えうる力です。この子は優しい。だからその力も上手く使えるでしょう。ですがそれ故にこの子は心が弱い...。神が天使をそう創ったから仕方がないの。でもこの子は特に弱い。ねえミカエル。」

「はい?」

「この子を、これからよろしくね。」

「はい、もちろんです。しかし貴方は...?」


「私はもう消えるわ」

「はい...?」


周りの雑音が消えたような気がした。ミカエルがポカンとしていると、アンルーテは静かに落ち着く声で変わらず続ける。


「私の魔力は今回の戦いで全て使ってしまったわ。普通の天使なら時間が経てば魔力が戻るだけ...でも私は違ったようですね。今思えば消滅され、残った魔力が何らかの形でこの子に入り、私が目覚めたのかもしれませんね...。」


「そう、ですか...」

「でもいいの。元は消された命、また懐かしい顔を拝めたし満足しました。それじゃあ、ルシファーの元を追うとしましょう。アマノエルをよろしくね」

「はい...任されました。ルシファーによろしく言っといてください」

「えぇ。こちらも頼まれました」


アンルーテが目を閉じると、天界中を照らしていた光が静かに消えた。アマノエルから生えていた四枚の羽も同時に消えていった。

アマノエルが、目をあける。


「...あれ、ミカエル様...。はっ!サタンはどうなりました?!」


ミカエルは混乱しているアマノエルに、事の顛末を話した。ルシファーのこと、ヴァルナードのこと。そして女神のこととアマノエルの力のことを...。


その後は未だ目覚めないアモンを病院に送り、アマノエルが看病することとなった。未だ頭の整理が出来ずにいるアマノエル。アモンの看病をしつつ、整理していこうと思うのだった。女神のことについて知っているパラトエルに話を聞きに行こうと考えたりもした。


こうして、ルシファーの進軍は止められた。


しかし、この戦いの影に、何者かが潜んでいたのであった。


「お〜危ない危ない。危うく光で消されるところだった!でーもぉ、黒の方のルシファーの因子、ゲ〜〜〜ット!」
















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