第25話 悪魔の変貌と三天使の使命
魔王サタンとなった堕天使ルシファーは、玉座に座っている。これでも力を蓄えているのだ。闇の瘴気を吸っている。天使であれば猛毒であろうが、黒に染まった天使や悪魔であれば天使の吸う、天界の空気と同じである。ルシファーは血と間違えてしまいそうな色のワインを片手に、独り言を話し始めた。
「天使は脆い...。力はある。だが、精神面が弱い...そう”設定されている”からだ。天使にとって悪感情は毒で、沼にハマると抜け出せず、どんどん深く堕ちていく。悪感情は次第に大きくなっていき、暴走する。そう、無意識に...。私ですら制御出来なくなってきている。私もいずれ、悪の権化へと変貌するであろう...。
段々記憶も薄れていき、友、家族ですら認識できなくなる。わかるのは敵というだけ。例外はいるさ、私のように天使時代の記憶がある者や記憶がありながらも悪感情を抑えきれず暴れ回る者もいる。
あのアーリィという天使だった者は、理由はわからんが天使に戻ったらしい。だが、悪感情を持った原因が無くならなければ何かの拍子にまた悪感情が湧く。だから、思い出させてあげたのだ。案の定、堕天使化は再発した。そして、一度天使に戻ったことにより、より複雑化したようだな。まずはアーリィに展開の状況を把握させ、隙をついてあの場所...あの忌々しい”カル・デ・メスに乗り込むとするか。今度こそ...神を殺す!力は蓄えた、今であれば...ふふふ。この私は完璧と言われ称えられた!不可能なことは無い」
黒い羽が六枚だったルシファーだが、天使長時代と同じ十二枚の羽をバサッと広げた。不敵に笑ったあと、近くで静かに立っていたヴァルナードを呼びつける。
「ヴァルナード」
「はっ」
ヴァルナードは返事をしてルシファーの前に来て膝を地面につける。
「私は近々、天界に行く。そしてはるか上空...カル・デ・メスに行くとする。それで君に、一緒についてきてもらいたい」
「かしこまりました。このヴァルナード、命に変えましてもサタン様のお命をお守り致しましょう。それではわたくしはその時の対策をするため、道具を仕入れにいくとします」
「あぁ頼りにしているよ、ヴァルナード」
「はっ。ではわたくしはこれで」
お辞儀をし、その場を立ち去るヴァルナード。頭を深々と下げている時、ヴァルナードが狂人のように笑っていた気がした。
「くひっ。ひひひ。復讐の時は近いようデスねぇ〜♪♪ええ対策しますとも!貴方を殺すためのね!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
今度こそ気の所為ではなく、口を大きく開けて嗤う。表情、喋り方や動きも大きく変貌する。そんなヴァルナードをルシファーはしるよしもない。
ヴァルナードは、魔界の門まで歩いていく。
「さて、この辺で変装しておきますかねェ」
指をパチンと鳴らすと、どこにでも居るような変哲もない天使の姿へと変わった。そして、魔界の門に手をかけ、何かを呟くとゴゴゴっという音を立てゆっくりと開く。
天界に着くと羽を広げ、何処かに真っ直ぐ飛び立つ。天使に化けたヴァルナードは天使達に気づかれることなく目的地へと辿り着いた。それは、ミカエルの居る建物だ。一体ミカエルになんの用があるのだろうか。
今まさにミカエルのいる部屋の目の前だ。ヴァルナードはノックもせずドアを開く。ミカエルはメタトロンのおかげでノックをせず入ってくるのには何も気にしなかったが、知らない天使が入ってきたことに疑問を感じた。しかしそれよりも
「貴様、悪魔か」
物凄い剣幕ヴァルナードを睨みつける。普通の天使であれば気付かれないだろうが、ミカエルレベルともなれば話は別だ。気配や微量に漏れている悪の気を感じとることが出来るのであろう。ヴァルナードは動揺することなく、むしろ不敵に笑って正体を表した。
「貴様、あの時の...何しに来た」
「これはこれはどうもお久しぶりです。このヴァルナード、貴女様にお話があり参上しました」
「話だと?」
「ええ、近々我が主君、サタン様が天界に侵入する予定でございます」
「何だと?いや、何故それを私に?そんな事を言えば...」
その瞬間、硬い表情だったヴァルナードの表情が変わる。下級の悪魔が殺戮を楽しんでいる時のような...そんな楽しげな表情だ。長い舌を出しながら手を大きく広げて笑う。
「そんなこと言っちゃったら、ルシファー様に怒られちゃう〜テェ?ギャハハハハハハハハハハハハ」
「...それが貴様の本性か。珍しいと思っていたんだ。悪魔にしては言動や身のこなしはしっかりしすぎている、と」
「それ、差別発言。ま、いいですケド!ひゃはははははははははははは」
「話はそれだけか?終わりなら今すぐ消えてもらおうか」
「お〜っとそうだった!貴女はァサタン様を元に戻したいンですよねェ!」
「それがなんだ」
「ソレ、ワタクシが手伝ってあげますよ?お〜なんて優しいンでしょう!ギャハハハハハハハハハハ」
「お前に何のメリットがある。主を失うことになるぞ」
「関係ィ無いですねぇ〜俺はあのルシファーを絶望する顔が見てぇだけさ!ヤツに復讐出来れば何だってスルさぁ!」
「ルシファーに何をされたか分からんが、私は悪魔の手など借りねぇ諦めろ」
「そう〜デスか!でしたらわたくしが勝手に動くとしましょう!ではコレだけ教えといてあげましょう!ヤツはカル・デ・デスに行くつもりのようですよ〜知ってる通り、神を殺す為にねぇ!あいつどうせ勝てねェのに!馬鹿だよなァ!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
今まで以上に涙を流すほど笑うヴァルナード。堕天使になっているとは言え実の兄を馬鹿にされまくるのは、たとえミカエルでも頭にくるだろう。しかしこれは悪魔の戯言に過ぎない。耳を貸すのは悪魔の思うつぼである。そう思い、我慢するように眉間にシワを寄せた。
ヴァルナードは暫く笑い続けていたが何かを思い出したように「あ」と声を出した。
「早く帰らないと主様に怒られちゃう〜♪と、言うわけで私はこれで失礼致しましょう〜!ではまた、その時にお会いしましょう!ギャーーーーハハハハハハハハハハハハハハハ」
再び指を鳴らすと、何処にでもいるような天使の姿へと変わり、魔界に戻って行った。ヴァルナードがいなくなるとミカエルは、大きなため息をついた。しかしヴァルナードが言っていたことは本当だろう。ミカエルは実の兄を止めるべく、対策をせねばならない。カル・デ・メスの侵入を許せばきっとルシファーは...
取り返しのつかないことになる前にミカエルは数名の天使を呼び寄せた。
呼んだのはアモン、サンダルフォン、そしてアマノエルだ。呼ばれた三人はミカエルがいつもより真剣な表情をしているのを見て、何を言われるのかと少し緊張した。特にアマノエルは額に汗をかくほどだろう。
呼び出した三人が集まったのを確認し、ミカエルがようやく口を開く。
「皆、急に呼び出してすまねぇが聞いてくれ。近いうちにルシ...悪魔の王、サタンが神の塔カル・デ・メスに攻めてくるそうだ。狙いは天使ではなく我らが創造主の神だ」
三人は疑問点が多いだろう。何故魔王が攻めてくるのか、それも天使ではなく神を、それをミカエルは何故知っているのかも。だが問題はどう対策するかだろう。
ミカエルは続けて話す。
「アマノエル、アモン。お前達は私とカル・デ・メスで待機して欲しい」
「で、ですが相手は魔王サタンなんですよね?!来るのが分かっているなら大勢で...」
「いや、三人でいい。お前は浄化の力を駆使して戦って欲しい。きっと効くはずだ。そしてアモン、お前にこれを渡しておこう。お前と相性がいいはずだ」
「これなんすか?」
「魔食いの水晶だ」
その名前を聞いたアマノエルは、前リョウ・コンタブーとの戦いで使用した魔封じの水晶と名前が違うことに疑問を感じ頭を傾げた。
「魔封じの水晶ではないのですか?」
「あぁ、あの後商人に改造してもらってな。相手の力を封じるものだったが、吸収できるものへとなった。」
「へぇなんか俺の力と同じっすね」
そんな中、命令を下されていないサンダルフォンが、自分はどうすればと言わんばかりにそろーっと手を挙げて言った。
「あの、ミカエル様」
「ん、あぁサンダルフォン、お前は天界と魔界の狭間の空間で悪魔討伐部隊を率いて待機して欲しい。念の為だ。もし天界に入ろうとする悪魔がいれば倒して欲しい。
「分かりました、一匹残らず排除します」
「三人とも、頼んだぞ。他の天使にも私が伝えておこう。早速準備に取り掛かってくれ」
突然呼び出され、大きな使命を与えられた三名。アモンは修行の成果を見せる時だと意気込んだ。サンダルフォンはもう弱気にはならない、アマノエルは不安しかないが期待に応えてみせると思いはそれぞれだが、三名とも覚悟を決めただろう。そして、絶対に使命を果たすと心に決め、準備に取り掛かるのであった。
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