第21話 トラウマと勇気

サンダルフォンは目を覚ます。これで試練も終わりだろう。そう思った。だが...次に目を開く時の光景は、驚くべきものだった。

辺りの家々は燃え、一般天使は何かから逃げ回ってるようだ。

サンダルフォンは思わずその場で立ち尽くしてしまった。


「そんな、これは...。そうだ親父...親父!」


立ち尽くしてしまったサンダルフォンだが、何かを思い出すと親父という言葉を連呼しながら一般天使が逃げる方向とは逆に向かっていった。


「親父...たしかあっちに...親父」


何度も呼び続ける。自分を出来損ないと呼んで呆れ、諦めていたのに。そんな親なのに、親父と呼びながら探している。


(あんなやつでも、俺を諦めていても...あれでも俺の親だ。それに親父との決闘で分かった。あれは...不器用ながらもどうしようもない俺をどうにかしようとしていたんだろう...。それより、早く親父を探...)


早く親父を探そう、そう思いかけたところでサンダルフォンは足を止めた。


「親...父」


ようやく、サンダルフォンの目の前に父親が現れる。だが、その姿は先程までの姿とは違っていた。


「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉ」


激しい雄叫びをあげる父親。目は白目をむき充血し、口からヨダレを垂らし、猫背で剣は引きずりながら歩いている。そして、剣は異様な形をしている。柄の部分には一つの目玉があり、触手のようなものが数本生えてウネウネと動いている。剣は血で赤く染っている。


(魔剣ダーインスレイヴ... この魔剣は一度鞘から抜くと生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に納まらないといわれている呪われた剣...。今だからわかる、親父は強き剣を求め、魔剣へとたどり着いた。だが、その剣は魔剣ダーインスレイヴに触れた親父を乗っ取り、殺人鬼へと変貌させた...。そして、今の状況がある。そして乗っ取られた者が死ぬまで暴走させる。弱かった俺は、怖くて殺せなかった。魔剣に乗っ取られているとはいえ実の父親だ、殺せるわけがなかった。その後は何とか生き延び、天使に討伐された。だが俺は兄貴から腰抜け呼ばわりされるようになった。」


棒立ちしているサンダルフォンの後ろから、何者かが近づいてくる。振り向くと、サンダルフォンの双子の兄、メタトロンだった。だ幼い姿ではなく、成長した今の姿だ。


「兄貴...?どうして」

「サン坊、今こそてめぇの手で親父を斬れ。それが俺様からの試練だ」

「俺の...手で...」

「そうだ、出来なければてめぇはいつまでたっても腰抜け野郎でどうしようもない弟だ」

「俺は...」


この日から逃げてばかりだった。いつまでも父親に認めてもらえず、呆れられてばかり。そして、父親を斬れなかった後悔。それから誤魔化すように力をつけるように必死に努力した。だが力はついても心はいつまでたっても弱いままだった。それもそのはず、心の弱さを隠すように力をつけたのだから当たり前である。それから兄にもいつまでも腰抜けと呼ばれ、代用品扱いされ、元から少ない自信もなくなっていったのだ。

そしてまた、試練という形でおとずれた。ここで変わらなければ何も変わらない。それどころか更なる後悔で今までよりも悪くなるだろう。

だがまだ怖い。鞘を抜こうとする手が震える。届かない。


(やっぱり俺は何も変わってない。ダメなんだ。さっきの過去で少しはマシになったと思った自分が馬鹿馬鹿しい。あぁなんで無駄な勇気を出してあんなことをしたのか...。俺は何度も何度も同じ過ちを繰り返すというのに)


段々深い深いネガティブの沼にハマっていくサンダルフォン。それをみたメタトロンは右手を握りしめ、歯が割れるのではないかと言わんばかりに食いしばった。そして額に血管を浮き上がらせながら怒鳴った。


「サンダルフォン!!てめぇそれでもミカエルの野郎に信頼されてる身かよ!!最期の父親のセリフを思い出せ!なんて言った!」


最期の父のセリフ...?あぁ、忘れていた。後悔で何もかも忘れていた。天使に討伐されるとき、最期にサンダルフォンに言ったセリフ...


「お前は...優しい...。でも、勇気がたり...ねぇ。勇気をもて...そうす...れば、優しく...強いヤツに...なれ...る...」


“勇気を持て”確かにそう言ったはずだ。そうすれば強くなれると。

そしてミカエルも、入隊式の時にこう言っていたではないか。


「私はお前を評価しているんだぞ?」


と。昔から足りないのは自信だなと何度も言われてきた。しかしそれは自分が弱いからと諦め、見て見ぬふりをしてきた。そう思える勇気がなかったから。

今必要なのは勇気、父親を斬れる勇気を...。少しでいい。過去のトラウマを断ち切る勇気を。


サンダルフォンは目を閉じ、大きく深呼吸した。

痺れをきらしたのか、様子を伺っていた呪われた父親は大きく雄叫びをあげた。


「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉおおおおおおおお

おおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


一般天使であれば鼓膜が破れそうな勢いだ。だがサンダルフォンは一歩も引かない。呪われた父親が魔剣で血を撒き散らしながら斬り掛かる。

サンダルフォンに刃が触れようとした瞬間、

サンダルフォンは目をカッと開き、父親を...一閃


「さよなら、親父...」


(そしてさようなら、弱き自分)


離れる上半身と下半身。崩れゆく体。体が煙をだしながら少しずつ消えていく。最期に父親が、正気に戻って話しかけてきた。


「サンダルフォン...強く...なった、な。お前は...もう...恥晒し...じゃ...ない。俺は...嬉しい、ぞ...」

「親父...ううっ」


涙が溢れ出る。思わず袖で拭う。だがいくらでも溢れてくる。膝を地につき、子供のように泣いた。泣き止んだ頃にはいつの間にかメタトロンの屋敷に戻っていた。

そうして、過去を乗りきったサンダルフォンであった。

部屋にメタトロンが入って来てサンダルフォンに声をかけた。


「試練クリアだ!いい面になったじゃねぇか!頑張ったと褒めてやる、サンダルフォン」

「兄貴...俺の名を...ちゃんと」


腰抜け呼ばわりされるようになってから、というより最初からちゃんとした名前で呼ばれたことがなかったのだ。それも喜ばしいが、今は今まで逃げてきた過去を、試練を乗り切った達成感の方が強い。

サンダルフォンはその場で仰向けになり、色々と考えていると、疲れもあり気がつくと眠ってしまっていた。


試練を乗り越えたサンダルフォン。しかしアマノエルと特別コースを与えられたアモンはどうなったのか...。

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