第4話 休日と思わぬ敵
初の鍛錬から一ヶ月程がたった。その間は鍛錬は相も変わらず厳しいものの、アマノエルはさほど変わらぬ日常をおくっていた。その厳しさ故かはたまたアマノエルの適用能力のおかげか、鍛錬には慣れてきていた。
鍛錬の日、任務や休日の日は隊によって違うのであるが、あの厳しいミカエルの事なので鍛錬や任務ばかりで休日があまり無いという印象を誰もが持っているが意外にも休日を大事にしており、休暇も鍛錬も内と考えている。勿論体調が悪ければ無理やり来させることもせずしっかりと休ませている。その代わりに一日一日の鍛錬は厳しいのだ。しかしミカエルの鍛錬の仕方や休暇の取らせ方は天使達のモチベーションや体力を保つだけでなく忍耐力も高め、力も順調につけていっているのだ。
そんなわけで今日は週二日の休日の二日目の朝であるがアマノエルは何かの本を読んでいる。窓からポカポカ陽気がさしており、日光を背に文字を一文字一文字丁寧に読んでいく中、気になった文を口に出して読み上げた。
『黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった...』
その文を読み上げたあとも、顎に手をおきながらも自分以外いないこの部屋で独り、外から聞こえる小鳥のさえずりよりも小さいボリュームで長々と呟く。
「これ...つまるところ、幾多の敵を掃討なさっていた今は行方知らずの天使長のルシファー様が、敵に倒されて堕天使になったってこと...?物語になっているけれどルシファー様って実在したんだよね。でも確か急に姿を消したんだよね...まあ行方不明だし物語だし作者の解釈だよね...私は倒されたと思わないんだけどなあ」
とうとう目を瞑りながら悩み出した。そんな中、通信のできる魔道具から着信があった。着信に気づくのには数秒ほどかかった。それ程アマノエルは没頭していたのだ。
通話の相手はすぐにわかった。仲の良い友達...親友とも言える仲であるあーちゃんだ。聞きなれた声というのは勿論なのだが、「もしもし」というのが一般的なのだがあーちゃんは「もっしー」と、独特な言い方をするためである。朝っぱらからどういう要件かと疑問に思ったが、単純に昼から会えるかとのことだった。アマノエルは了承し、昼まで読書を続けるのであった。
昼になると、あーちゃんから呼び出された場所へと向かった。アマノエルはやはり時間にルーズではないため集合時間の十分ほど前に着くように到着した。時間が少しあるため「ここで待ってよっと」と小言を言いながら近くのベンチへと腰をかけた...瞬間、空が黒雲に覆われ、辺りが暗くなった。
アマノエルは何が起こったのかと戸惑っていると、
近くから男の人の叫び声が聞こえてきた。そちらを振り返るとそこには、漆黒の体、頭には渦巻く山羊のような角、鋭い爪と牙、ボロボロの羽...それに朱色の瞳。天使なら誰であろうとその存在がわかるであろう...そう、悪魔だ。だが悪魔が天界に急に現れるという事は普通はない。悪魔は基本的に魔界に住んでいる生き物で、天使にとっての天敵である。悪魔が天界に攻めてくるという事は魔界から来るしかない。
アマノエルその非常事態かつイレギュラーな状態に驚愕した。悪魔は様子を見ている...まだ周りに人がいる...アマノエルは咄嗟の判断でその場にいた一般天使にその場から離れるように呼びかける。そして、腰につけていた短剣を抜き、構える。アマノエルは敵の様子を伺いように、見逃さないように睨みつけた。一般天使の避難が完了したあたりでようやく悪魔がアマノエルに喋りかけてきた。
「やっと女子供の避難が終わったようだな!全く待たせやがって...よく聞けそこのヒヨコ!俺の名前はガーガンダ。あるやつの命でお前を殺しに来たぜ!恨むならそいつを恨みな!ケケケ」
それを聞いたアマノエルは疑問点が二つ浮かび上がった。一つ、何故女子供の避難を待つ必要があったのか。悪魔ならば誰彼構わず虐殺するのではないか。二つ、あるやつとは。アマノエルは特に疑問に思った二つ目を悪魔に聞いた。
「ある奴って?誰かの差し金?」
そんな質問に敵である天使に答えるはずもなく...
「そんなの教えるわけねえだろばーーか!」
と、口に出していたものの心の中では(ま、答えたら俺様死んでしまうからなんだけどな)と呟いていた。
そしてガーガンダはアマノエルを馬鹿にしたあと尖った爪で切りつけようとする。が短剣で攻撃を受け流す。アマノエルはミカエルの厳しい訓練を受けていたため一ヶ月という短い期間だったが身体能力を高めることができたようだ。おかげでこれくらいの攻撃なら避けることが出来る。そう確信したアマノエルは攻撃を仕掛ける。羽を広げ羽ばたき、相手を凌駕する速さで後ろに回り込んだ。相手の移動を制限するため羽を落とすつもりだろう。短剣で素早く二回、根元から切り落とすと、ガーガンダは叫びながら落ちていく。地に落ちた後は大きな隙ができる。倒すなら今だと判断したアマノエルは落ちていくガーガンダを追うように短剣を構えつつスピードを出す。狙うは頭...もう少し...今なら貫ける、トドメだ!
そう思った直後、後ろから何かが飛んで来る...アマノエルは攻撃途中だったが即座に中断し回避に専念した。ミカエルの訓練で反射神経もよくなっていたようだ。飛んできた正体がわかる...火の玉だ。下級天使でも扱えるレベルの魔法、ファイアー。しかし一体どこから、誰がうったものなのか。そう思っていると今度は五つほど火の玉が飛んできた。アマノエルは避けるよりも受け止める事にした...が火の玉はアマノエルの目の前で大きく膨らみ、そのままアマノエルを覆った。アマノエルはやられた...と思ったが熱くない。だがこの炎の中から出ようとするが出られない。
アマノエルはそれに驚きの表情をうかべている。そして思わず声に出してしまう。
「これは...火炎牢獄...?!なんで同じ天使が邪魔をするの...?!」
それよりもこのままでは悪魔を逃がしてしまう...一刻も早くこの炎の中からでなければ。翼を失ったガーガンダは走って逃げようとしている。しかしそのガーガンダの目の前に、六枚の白銀の羽を持つ天使が立ち塞がる。アマノエルはまたしても驚き、声に出してしまう。
「サンダルフォンさん?!え、でも確か四枚羽じゃ...」
サンダルフォンは入隊式の時とは比べ物にならないくらいのプレッシャーをはなっている。ガーガンダはその圧に耐えきれず腰を抜かしてしまった。サンダルフォンはそれをゴミを見るような目で見下している。ガーガンダは殺されると本能的に確信した。そして咄嗟に命乞いをする。
「お、俺様は誰も殺していない!だ、だから見逃してくれ!俺様はあいつ...」
震えた声で命乞いを続けようとするガーガンダに、サンダルフォンは重ねて言った
「低俗な悪魔ごときに与える慈悲などない、消えろ」
そう言いサンダルフォンはガーガンダを睨みつけた。ガーガンダは蛇に睨まれたカエルのようになっていた。サンダルフォンは腕を組みしながら羽だけを羽ばたかせ、風を起こす。風はいずれ突風になり、竜巻を起こした。するとガーガンダの頬に突然鎌で斬られたような傷が発生する。痛みに悶えていると体中次々に切り刻まれていく。さらに竜巻に呑み込まれ、体があらぬ方向にネジ切られそうになる。そしてその竜巻には稲妻が発生しガーガンダを焼き尽くした。ガーガンダが消滅すると風も止んだ。
気がつくとアマノエルを閉じ込めていた牢獄も消えていた。アマノエルは急いでサンダルフォンの元に向かうことにした。
アマノエルはサンダルフォンの元に向かうとすぐにお礼を言った。
「あの、悪魔を倒して頂きありがとうございました。私が逃がしてしまったばっかりに...」
サンダルフォンはそれに対し、当然の事をしただけだと言いたげな表情で口を開く。
「別に俺は自分の役目を全うしただけだ。お前こそ一人で一般天使の避難をし、悪魔と戦っていたようだな。ご苦労」
アマノエルはそういえば入隊式の時と雰囲気が違うような感じ...と心の中で思っていた。圧倒的な力んを見せつけられ、アマノエルは質問する
「さっきのすごいですね...あの悪魔を一瞬で...どうやったら強くなれますか?」
と純粋な質問を投げかけられたサンダルフォンだが、すごいということに直ぐに否定をした。
「あの悪魔が雑魚だっただけだ。別に俺がすごいという訳では無いよ。」
やはりいつものように謙遜をするサンダルフォンであった。このあとアマノエルはサンダルフォンを見届け、遅れてきたあーちゃんと合流した。あーちゃんが遅れることはいつものことである。それほどマイペースであり、アマノエルはそれも知っている。アマノエルはあーちゃんに大変なことがあったと話しながら休日を過ごすのであった。夜は戦闘や遊びでの疲れもあり次の日の訓練のためしっかり休む事にした。サンダルフォンの強さを見てもっと鍛錬をしようと心に誓うアマノエルであった。
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