第44話


「それじゃあ、改めまして。私は森島真由美って言うんだ。水高に通っていて、咲っちとは小学校の時からの幼馴染なんだよね」

「……そうなんだな。俺は島崎治だ。……こっちには高校のときに転校してきたんだ」

「へぇ、そうなんだ? どうして転校してきたの?」

「ちょっと、仕事の関係でな。ここのほうが何かあったときに都合がいいんだ」

「仕事? そういえば、咲っちも言ってたかな? 何かの仕事をしているんだって」

「……詳しくは聞いていないのか?」

「うん。咲っちが、本人の許可なく話すのは失礼だからって。私てっきりアルバイトとかの話とかだと思ってたんだけどね。違うの?」

「……あー、違うな。というか、真面目なんだな飛野は」


 治が僅かに口元を緩めた。その優しい微笑に、真由美も笑った。


「うん、大真面目。それで、差し支えなかったら聞いてもいいかな? なんだか、ちょっと興味あったし!」

「……小説を書いているんだ」

「え!? そうなの!? ……そういえば、最近咲っちが学校の休み時間に食い入るように本を読んでいたのはそれが理由だったのかな」

「……かも、な。俺の本を買って読んでくれたって言っていたし」


 治が苦笑しながらそう言った。

 真由美は咲が読んでいた本の表紙を思い出していた。


「ていうか、あれってそこそこ人気の小説じゃなかったかな? 本屋でなんだかポップ付きで紹介されているのとか見たことあるよ!」


 真由美は思いだしながら、ポップを表現するように指を動かす。空中で四角を書くように動かしていたが、治は首を横に振る。


「……まだまだ、全然だ。もっと頑張らないとな」

「そうなんだ、大変なんだね」


 治の顔は真剣そのものだった。周囲の空気を変えるほどの彼の表情に、真由美も一瞬言葉を失った。

 そして、咲が治に魅力を感じた理由も理解し、口元を緩めた。


「でも、小説家なんて、学校とかで話題になっているんじゃないの?」

「……あー、その」


 治は言いにくそうに頬をかいていた。その表情に真由美が小首をかしげていると、


「学校じゃ別に友達、とか……いなくてな」

「えー、そうなんだ。もったいなーい」

「……基本、人見知りなんだよ」

「でも、今ちゃんと話せてるよ?」

「話すしかない状況だ。集団に入ると……何も話せないって」


 治は冗談っぽく笑った。


「あー、でもちょっとわかるかも。確かに、話しだしにくい空気とかってあるしね」

「……そうだな」

「でも、それなら良かった」

「え? どういうことだ?」 

「え、だって。彼女とかもいないんだよね? ほら、わざわざこうしてお見舞いに来てもらって、変な誤解とかされたら悪いと思って」

「……ああ、そうだな。そういうのとは、一生無縁かもな」


 これは面白いことを聞いてしまった。

 真由美は笑顔の裏で、先ほどの治の言葉を反復していた。


(……咲っちの気持ちにまったく気づいてないんだぁ。ふーん、これなら……面白そう!)


 治は未だ小さく息を吐いていた。


「でも、なんだか最近咲っちとは仲良くしているんだよね? もしかして、狙ってるとか?」

「ね、ねね狙っているとかそういうのじゃない!」


 顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと振った。

 その反応が咲に似ていて、真由美はますます笑みを濃くして笑った。


「じゃあ、どうして?」

「……飛野には悪いと思っているが、飛野はなんだか俺に恩を感じてくれているみたいでな。その、俺が小説でデート描写について困っていると言ったら、協力してくれると言ってくれたんだ。それで……聞いたかどうか分からないが、昨日みたいにたまに一緒に遊びに行っているんだよ」

「なるほどねぇ。……ところで、ちょっとした質問なんだけど、島崎くんは、咲っちのことどう思っているの?」

「そ、それは……」


 治は言葉を詰まらせる。

 真由美と咲は近い関係であるため、真由美に感情を吐露すればそのままダイレクトに咲へと伝わってしまう。恐らく、そう考えているのだろうと真由美は予想した。

 だから、彼女は人差し指をたて、それを自分の口元にあてた。


「……絶対、言わないから。これだけは本当に約束」


 声のトーンも小さくした。それはもちろん本心だった。

 真由美が真剣な表情で見ると、治はしばらく考えるように視線を外に向けた。


「……悪い人、じゃない。ああ、いや……一緒にいて、楽しい人、だな」


 その頬が赤く染まっていく。それで真由美は、今の治と咲がお互いにそれなりに想いあっていることを理解して、ただ小さく微笑む。

 野暮な真似をするつもりはなく、二人が自分の気持ちを向き合い、決断するまで見守るつもりだった。


「……そうなんだ。うん、それだけ聞ければいいや。咲っち美人だから、変な男が近寄らないかって心配していたんだよね」


 治はその言葉に勢いよく首を横に振った。


「別に……何もしない。それだけは信じてくれ。……俺も小説の参考になって、色々助かっているんだ」

「うん、もちろん。でも、ちょっとだけアドバイス」

「……なんだ?」

「何もしない、っていうのは前言撤回でもいいからね?」

「……どういうことだ?」

「ふふん、なんでもない。そうだ! 連絡先交換しない? 咲っちのことで、何か聞きたいこととかあったら教えてあげるからね? それに何かあったとき、私よりも島崎くんのほうが家近いし、私から連絡できたほうがいいと思うしね」

「……そう、だな」


 治がスマホを取り出し、連絡先を交換した。

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